自然と生物多様性

琵琶湖が示す、ネイチャーポジティブへの道

琵琶湖は、日本で最も生態学的価値の高い淡水生態系の一つです。 Image: Yanhao Fang/Unsplash

Naoko Tochibayashi
Communications Lead, Japan, World Economic Forum
  • 琵琶湖での取り組みは、流域を相互につながる一つのシステムとして捉えることが、自然と経済を守ることにつながることを示しています。
  • 「しが トライ・リンク・ローン」のような革新的な金融の仕組みは、企業への融資を生物多様性に関する目標と結び付けています。
  • 分野を超えた連携は、ネイチャーポジティブな自然環境の再生が気候変動に対するレジリエンスの強化に不可欠であることを示しています。

湖沼は生態系を構成する重要な要素であり、多くの生物の生息地であるだけでなく、水資源を供給し、産業の基盤として人々の生活を支えています。一方、気候変動や産業活動の影響は、世界各地の湖沼にも及んでいます。流入河川でのダム建設などにより、世界最大の湖であるカスピ海の水量は年々減少。また、湖の水面が藻類(もるい)に覆われる「アオコ(有害藻類ブルーム)」は、地球温暖化の進行に伴い世界各地で深刻化し、水質悪化や生物多様性の低下を引き起こしています。

日本最大の湖である琵琶湖もまた、人口増加や産業活動による水質汚染を経験しながら、その保全活動が長年にわたって進められてきました。京都に隣接する滋賀県に位置する琵琶湖は、シンガポールとほぼ同じ面積を有しています。瀬田川を経て約50キロメートル先の大阪湾へと流れ込み、その流域では京都や大阪などで約1,480万人の人々に生活用水を供給しています。

琵琶湖は、約400万年の歴史を持つ世界で3番目に古い古代湖であり、ニゴロブナをはじめとする62種の固有種が生息するなど、生態学的にも極めて貴重な湖です。

琵琶湖は山地と平野に囲まれ、森、川、水田、湖が相互につながる「琵琶湖システム」を形成しています。このつながりが豊かな生物多様性と健全な水循環を支え、湖畔ではこうした自然環境を生かした暮らしが1,000年以上にわたって営まれてきました。そのため、水を健全に保つための生活習慣が地域に根付いていました。その一例が、琵琶湖西部に位置する針江地区の「かばた」です。集落や各家庭に湧水を引き込み、調理や掃除など用途に応じて段階的に水を使い分け、最後は魚が有機廃棄物を食べることで水を浄化し、きれいな状態で湖へ流す仕組みです。

一方、人口増加による宅地開発や農業・工業廃水などにより、琵琶湖の水質は1970年代後半から著しく悪化。安全な飲み水の確保だけでなく、琵琶湖に依存する産業にも深刻な影響を及ぼしました。

こうした背景から、滋賀県では、現在のネイチャーポジティブの考え方にもつながる様々な環境保全活動が展開されるようになりました。化学洗剤の代わりに石鹸の使用を呼びかけた「石鹸運動」をはじめ、ヨシ原の保全や外来種対策、環境学習に至るまで、草の根から大規模なものまで、幅広い取り組みが進められてきました。これらは、地域住民だけでなく、行政や企業も巻き込みながら、琵琶湖システム全体の生態系保全へとつながっています。

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環境目標の達成状況に応じた融資サービス

最新の取り組みの一つが、2026年4月に開始された「しが トライ・リンク・ローン」です。この新たなファイナンスフレームワークは、滋賀県内に事業所を有する事業者を対象とし、県、銀行、事業者が連携して環境保全を推進することを目的としています。主な対象は県内の中堅・中小企業で、カーボンニュートラル、ネイチャーポジティブ、サーキュラーエコノミーの三つの分野で目標を設定し、その達成度に応じて融資条件が変動する仕組みです。

これまでも、数値で評価しやすいカーボンニュートラルを指標とした融資制度は存在しましたが、外来種の駆除や食品ロス削減、衣服のリユースといった、ネイチャーポジティブやサーキュラーエコノミーの要素を組み込んだ枠組みは国内初です。評価指標を広げることで、より多くの企業が参加しやすくなるとともに、より包括的な環境保全を促す制度として注目されています。

アジア初のブルーフラッグ受賞

滋賀県では、行政や企業に加え、地域住民が連携して環境保全を推進してきました。こうした長年の取り組みにより、水質や生態系は着実に改善しています。窒素やリン濃度の低下、外来生物の減少、環境と調和した農業や県産材利用の拡大など、様々な成果が見られています。

こうした取り組みは、国際的にも評価されています。ヤンマーコーポレーションが運営するヤンマーサンセットマリーナは、2025年に湖のマリーナとしてアジアで初めてブルーフラッグ認証を取得し、2026年も継続認証を受けました。ブルーフラッグは、デンマークに本部を置く国際環境教育基金(FEE)が運営する、世界で最も歴史ある国際環境認証制度の一つです。

環境学習の担い手を育成

こうした成果が上がる一方、琵琶湖を含む豊かな自然を伝える環境学習の担い手が、高齢化などにより減少していることが課題となっています。滋賀県では、「しが環境学習担い手育成事業」を設立。自然再生の実践スキルやファンドレイジング、環境学習とリスクマネジメントなど、多岐にわたる内容が学べる計8回の講座を開催するなど、次世代の人材育成に取り組んでいます。

湖沼の保全がレジリエンスにつながる

湖沼は多様な生態系を育み、人々の暮らしに欠かせない資源を提供しています。気候変動や産業化などにより湖沼の環境が大きく変化する中、その保全は生物多様性の回復だけでなく、水資源や地域社会のレジリエンスの向上にも直結します。

日本における琵琶湖の取り組みは、湖そのものだけでなく、森や河川、農地、人々の暮らしを含む流域全体を一つの生態系として捉え、多様な主体が連携して自然と共生するモデルとして、世界各地の湖沼保全にも示唆を与えるでしょう。ネイチャーポジティブな社会の実現には、自然と経済を対立するものではなく、相互に支え合う資本として位置づけ、地域の実情に応じた連携と長期的な投資を進めていくことが求められています。

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