都市における水のイノベーションについて、バレンシアとシンガポールから学べること

皇居外苑のお堀周辺では、再生水の活用や親水空間の整備、緑地との連携などが一部進められており、水と都市の新たな関係構築に貢献しています。 Image: Getty Images/iStockphoto
- 都市は、水に関するイノベーションの「クラスター」として、迅速に行動し、地域社会と直接関わり、機能することができます。
- 都市レベルで効果的な水のイノベーションを実現している事例として、バレンシアとシンガポールが挙げられます。
- 水に関するイノベーションは、官民連携、学術機関との協働、そして中核的な機関が一致することで発展します。
世界的に水資源への関心が高まる中、都市は水に関するイノベーションの最前線となりつつあります。
水不足、洪水、老朽化するインフラといった課題に取り組むと同時に、都市は新たな解決策を試行・拡大する機会を提供します。大規模な国家戦略とは異なり、都市は迅速に行動し、地域社会を直接巻き込み、新技術の実証実験の場となることができるからです。
バレンシアとシンガポールという2つの都市は、異なるアプローチを採用しながらも、水に関するイノベーションにおいて同様に大きな成果を上げています。前者は企業主導の起業家精神に支えられ、後者は強固な公共機関と国家戦略によって推進されています。これらの事例は、ガバナンスの形が異なっていても、長期的なビジョンと協働に基づく取り組みが変革をもたらすことを示しています。
この2つの都市の事例は、2025年の「世界水の日」にロンドンで開催された世界経済フォーラム主催のイベントで取り上げられました。あるイベントでは、Water Futures Community(水の未来コミュニティ)を通じ、 ザイレムを含む業界リーダーが策定に関与した報告書「Water Futures: Mobilizing Multi-Stakeholder Action for Resilience(水の未来:レジリエンスに向けたマルチステークホルダー行動の促進)」を発表。また、別のイベントでは、Hoffmann Fellowship in Water Innovation(水のイノベーションにおけるホフマン・フェローシップ)を通じ、インペリアル・カレッジ・ロンドンの協力を得て開発されたシステムツールキット「Water-BOOST(ウォーターブースト)」が紹介されました。
この2つの異なるモデルから私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。また、その教訓は他の都市が水の未来に向き合う上でどのように役立つでしょうか。
2つの都市、2つのモデル
統合プラットフォーム
スペインのバレンシア市は、長年にわたり、気候変動による頻繁かつ深刻化する干ばつや洪水などの深刻な水ストレス、およびインフラの老朽化に直面してきました。2024年10月には、近年で最も甚大な洪水被害を経験。こうした状況にあっても、バレンシアのDNAにはレジリエンスが組み込まれています。1960年代、同市は中心部を流れていた川の流路を街の外に移す歴史的な決断を下し、旧河川敷を緑豊かな文化的回廊へと転換させました。この空間は、現在のバレンシアを象徴する風景となっています。
近年、同市が進めているのが、デジタル変革です。民間の水道事業者であるGlobal Omnium(グローバル・オムニアム)は15年前、水道運営のデジタル化に着手し、センサー、データマイニング、分析などの技術を導入。その目的は、バレンシアと周辺都市圏にまたがる複雑な水道ネットワークをより効率的に運用・管理し、複数の自治体と連携しながら住民に安定した水の供給を実現することでした。
デジタル化の飛躍により、2020年にはソフトウェア企業であるIdrica(イドリカ)が誕生。10年以上にわたる開発期間を経て完全に相互運用可能なプラットフォームが生まれ、現在では統合型デジタル水管理プラットフォーム「Xylem Vue(ザイレムVue)」へ進化を遂げ、リアルタイムのデータを用いた水管理を実現しています。
このプラットフォームは、グローバル・オムニアムにとって画期的な転換点となりました。水の循環全体にわたる複雑さを的確に把握し、水の損失を削減。さらに、業務効率を改善し、コストを削減するとともに、顧客サービスを向上させています。
リアルタイムでのネットワーク挙動シミュレーションや、「もしも」のシナリオ分析を行うことで、収益に結びつかない水を30%削減、水処理過程でのエネルギー消費を15%削減、運用コスト(OPEX)の保守費用を20%削減し、顧客満足度を60%向上させる成果を上げました。
ブレンデッド・ファイナンス、セクター横断的な協働、そして強力な中核機関の存在が、イノベーションの拡大を可能にします。
”バレンシアのイノベーションはこれにとどまりません。グローバル・オムニアムは、2019年にGOHub Ventures(ゴーハブ・ベンチャーズ)を立ち上げ、以降、ハイテク系スタートアップに9,000万ユーロ以上を投資してきました。スタートアップのソリューションを自社の運営に統合することで、同社は強力なフィードバックループを構築し、イノベーションを拡張すると同時に社内の効率と収益を向上させています。この取り組みは、運用上のニーズと起業家的ビジョンに基づく、再現可能な官民連携モデルとして注目されています。
国家主導のイノベーション
一方、シンガポールでは、国家主導による水のイノベーションの利点が際立っています。深刻な水資源の不足と国家安全保障上の課題に直面した同国は、数十年前から水を戦略的優先事項として位置付けてきました。現在、同国の公共事業庁(PUB)は、政策の先見性、最先端技術、国際的な協働を組み合わせることで、世界的なリーダーとしての地位を確立しています。
シンガポールのモデルは、科学とシステム思考に深く根ざしています。PUBは、シンガポール国立大学(NUS)や南洋理工大学(NTU)などの学術機関と密接に連携し、研究開発と応用イノベーションに取り組んでいます。また、ケッペル、セムコープ・インダストリーズ、ハイフラックスといった企業との強固な官民連携を通じ、ケッペル・マリーナ・イースト海水淡水化プラント(KMEDP)やチャンギ・ニューウォーター・プラントなど、水のレジリエンスにとって極めて重要なプロジェクトを展開してきました。
さらに、PUBは革新的なエコシステムの構築にも積極的に取り組んでいます。リビング・ラボやオープンテストベッドといった資金提供制度を通じ、国内の「アクアプレナー(水関連の起業家)」を支援。その一例である、安全かつ清潔な水のソリューションを必要な地域に提供するスタートアップ企業のWateroamは、官民支援を受けて国際的な展開を進めています。重要なのは、PUBが国民の意識啓発とブランディングにも投資している点です。これにより、水を国家の資産でありイノベーションの最前線と捉える認識を促しています。これは、多くの国における水政策モデルに欠けている重要な要素です。
都市の枠を超えて
都市は行動のための強力なプラットフォームであり、多くのアクアプレナーが都市を起点にイノベーションの取り組みを始めています。バレンシアとシンガポールの比較から、以下の重要な示唆が得られます。
- 企業のリーダーシップがイノベーションを解き放つ
これは特に、投資、起業家精神、運用統合が一致している場合に当てはまります。企業が自社の業績向上にもつながるイノベーションに投資することで、ユーティリティとエコシステム全体の両方に利益をもたらす自立的なループが形成されます。 - 強力な官民連携が変革を加速する
協働はどちらの側からでも始めることができますが、鍵となるのが相互の信頼です。戦略的かつ長期的な官民連携は、イノベーションの定着に必要な安定性をもたらし、スケーリングが難しい初期段階の技術面でのリスクを軽減します。政府はこれを可能にする制度設計を行い、企業はスピードと技術的専門知識を提供します。 - 学術連携と機動的な調達プロセス
これらにより、新技術の採用が促進され、特に初期段階のイノベーターに恩恵をもたらします。学術機関と政府がオープンな調達制度の下で連携することで、スタートアップやパイロット段階の技術が直面する「死の谷」を乗り越えやすくなり、研究段階から実装への移行を円滑にし、地域の人材育成や能力強化にもつながります。 - エコシステムには中核となる機関が必要
中核となる機関は、体系的な変革を推進し、先進的なユーティリティやビジョンを持つ行政機関として、ステークホルダーをつなぐ役割を果たします。中核機関はイノベーションを媒介および正当化する機能を持ち、エコシステムに新たなプレーヤーや投資を呼び込みます。
ハイブリッド型アクションへのグローバルな呼びかけ
水分野の課題は、民営化だけでは必ずしも解決されていません。一方、完全な公的モデルも十分な成果を上げてはいないのが現状です。バレンシアやシンガポールといった都市の事例が示しているのは、成功の鍵は「どちらかを選ぶこと」ではなく、公的な監督と企業によるイノベーション、資金調達、サービス提供を融合させたハイブリッド型モデルの構築にあるということです。
ブレンデッド・ファイナンス、セクターを越えた協働、そして強力な中核機関があってこそ、イノベーションは拡大します。政府、ユーティリティ、企業、スタートアップ、学術機関、そしてフィランソロピーが一体となったとき、水は単なるサービスにとどまらず、共有された機会となるのです。いまこそ行動の時です。都市は水の課題の最前線に立つだけでなく、その解決に向けて前進する道を切り拓いています。