テクノロジーが拓く、農業と食料安全保障の未来
テクノロジーは、農家がサステナブルな方法で食料安全保障に貢献する助けとなります。 Image: Shutterstock
- 現在の食料生産と消費のあり方は、地球と食料安全保障を脅かす多くの看過できない課題を抱えています。
- 気候変動の影響に適応し、82億人を超える人口を養う必要がある世界の農業食料システムにおいて、食料生産、流通、消費の方法を変えなければならないことは明らかです。
- 世界経済フォーラムは、スケーラブルなインパクトを持つ高度かつ低コストな包括的イノベーションを推進するため、フード・イノベーション・ハブを立ち上げました。
農業におけるテクノロジー活用は目新しいものではありません。遊牧民のライフスタイルが廃れて以来、文明社会は道具や方法を開発して土地を耕し、動物を飼い馴らしてきました。しかし、現在の食料生産と消費のあり方は、地球を脅かし、将来私たちが自給自足できなくなるかもしれない多くの課題を引き起こしています。これらには一見、解決策などないように見えるかもしれません。
農業は、エネルギーに次いで温室効果ガス排出量が世界で2番目に多い分野です。また、世界全体の淡水取水量の70%を占めるのも農業です。さらに、過剰生産と持続不可能な農法が気候変動によってさらに悪化し、土壌を劣化させています。現在、農地の半分以上が劣化しており、結果として年間4,000億ドル(約60兆円)もの生産性が失われています。背景にあるのは、世界の農作物の29%を生産する零細農家です。
気候変動の影響に適応し、82億人を超える人口を養う必要がある世界の農業食料システムにおいて、食料生産、流通、消費の方法を変えなければならないことは明らかなのです。
本稿では、自然と水に優しいポジティブな農産物生産への道を拓く、いくつかのテクノロジー・ソリューションを紹介します。
二酸化炭素排出量
世界の二酸化炭素排出量の実に14.5%が畜産業によるもので、その65%が肉牛と乳牛から排出されます。投資家は現在、これをタンパク質のイノベーションに注力する好機ととらえています。2022年、ヨーロッパにおけるこの分野への投資は24%増加し、企業は5億7900万ユーロ(約940億円)を調達しました。しかし、生活、栄養、環境を確保できるタンパク質への転換を確実にするためには、サステナブルな集約化の支援、目的に合った多様化の推進、消費者のニーズをサポートするイノベーションなど、多様な経路が必要です。
精密発酵は、従来の酪農生産方法に新たなソリューションを提供し、タンパク質イノベーションの可能性を示すだけでなく、環境負荷の削減にも貢献します。動物性タンパク質を含まない乳製品を製造するリミルク社は、イスラエル保健省とシンガポール食品庁から製品の規制認可を受けました。同社は、1億2,000万ドル(約180億円)の資金調達に成功し、牛を使用しないミルク生産施設としては最大規模の建設に着手しています。
技術的な進歩は見られるものの、この分野の変革は複雑で、技術革新に極めて高いコストがかかります。成果をあげるためには、協調的な行動、的を絞った政策と投資が必要です。そして、最も重要なのは、テクノロジーによってタンパク質分野の公平かつサステナブルな移行が促進され、予期せぬ結果を招くことのないよう、信頼関係を構築することです。
淡水の利用
年々悪化する干ばつの状況が報じられる中、淡水の使用量削減を求める声はかつてないほど高まっています。必要な灌漑量を正確に特定できる精密農業から、より干ばつに強い作物を作るバイオテクノロジーの進歩まで、淡水の供給を枯渇させる農業慣行を変えるには、イノベーションが大きな役割を果たします。
アルゼンチンのキリモ社は、ビッグデータと機械学習の力を活用し、農業における水利用の検証、改善、オフセットを行っています。この『ソフトウェア・アズ・ア・サービス(サービスとしてのソフトウェア)』ソリューションのユニークな点は、農家が『ウォーター・ニュートラル』(事業活動による取水・排水による水資源への影響を最終的にゼロにすること)を目指す企業に水のオフセットを販売できることです。ラテンアメリカの37万エーカー以上の農地を監視し、これまでに720億リットル以上の水が節約されました。
土壌劣化
テクノロジーは、気候変動との闘いに貢献しつつ、土壌の健全性を守り、回復させるために、気候や自然にやさしい農法を拡大する可能性を秘めています。この分野にインパクトを与える鍵は、土壌の健全性に関する知識のギャップを埋めること。多くの場合、これは、テクノロジーとデータを活用することで実現することができます。
ブーミトラ社のような最先端企業は、世界中の炭素除去クレジットのモニタリング、報告、検証を可能にするために、衛星とAI技術を導入しています。同社は、アフリカ、南米、アジアで500万エーカーの土地を管理する15万人以上の農家や牧場主と協力しています。同社のプラットフォームは、土壌の改良と土壌の炭素貯蔵能力を長期にわたって測定することができ、第三者によって検証された炭素クレジットを市場で販売することができます。この革新的なモデルは大成功を収め、ブーミトラ社は2023年のアースショット賞の最終選考に残りました。
パートナーシップの力
機械学習、AI、精密発酵は、農業・食料システムにおける長期的な課題に対処する道筋を提供する数多くのテクノロジー・ソリューションの一部です。しかし、商業的にサステナブルなエコシステムを伴わない単独のソリューションでは、これらのテクノロジーは拡大しません。テクノロジーを有意義な形で普及させるためには、私たちの協働のあり方にもイノベーションが必要です。
こうした目的のために、世界経済フォーラムは、パブリックセクター、企業、市民社会の利害関係者と共に、フード・イノベーション・ハブ(Food Innovation Hubs)を立ち上げ、スケーラブルなインパクトをもたらす高度かつ低コストな包括的イノベーションを推進しています。ボトムアップかつ地域に合ったアプローチをとるフード・イノベーション・ハブは、インド、コロンビア、ベトナム、ヨーロッパ、アラブ首長国連邦、そしてスコーピング段階にあるケニアとルワンダで開発が進められています。それぞれのハブには異なるストーリーとインパクト・ビジョンがあり、バーチャルなハブから物理的なハブまで、掲げるビジョンも様々です。
インドでは、マディヤ・プラデーシュ州で運営されているフード・イノベーション・ハブが、ブーミトラ社を官民パートナーシップのリーダーに起用。農民の生活向上にもつながる健康な土壌環境のためのサステナブルなアプローチ確立に向け、技術の拡大を目指しています。アラブ首長国連邦の最新のフード・イノベーション・ハブは、乾燥気候の生態系における生産を促進するテクノロジー・ソリューションを模索しており、コロンビアのハブは、環境再生型農業を大規模に展開するための通年サービスと技術による農家の支援に重点を置いています。
継続的な前進を可能にするため、フード・イノベーターズ・ネットワーク(Food Innovators Network)は、ハブ内のこうしたイノベーションを、食料システム・イノベーション・コミュニティのベストメンバーとともに結集させ、知識交換を促進し、投資可能なテクノロジーの可能性を紹介することで、それらの大規模な採用機会を促進しています。このネットワークは、200を超えるメンバーを巻き込み、目的に合ったソリューションの提供と導入のために官民連携の力を引き出すグローバルな取り組みを進めています。
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