公平なエネルギー転換を加速させるための、5つの重要な洞察
公平なエネルギー転換に向けたモメンタムを、今一度高めていくことが求められています。 Image: Getty Images/iStockphoto
Roberto Bocca
Head, Centre for Energy and Materials; Member of the Executive Committee, World Economic Forum- 世界規模で進められてきたエネルギー転換は、公衆衛生や地政学、経済などのさまざまな危機の煽りを受け、現在その勢いに陰りが見られます。
- 多くの国が、経済成長や安全保障のために安定したエネルギー供給を確保しようとしてきましたが、その過程で、公平性が犠牲にされることが少なくありませんでした。
- 世界経済フォーラムが公表した「効果的なエネルギー転換の促進 2023年報告書(Fostering Effective Energy Transition 2023)」では、エネルギー転換のモメンタムを維持するとともに、公平性とレジリエンスを確保するために各国政府や企業がすべきことについて、いくつかの洞察を示しています。
「効果的なエネルギー転換の促進2023年報告書(Fostering Effective Energy Transition 2023)」で言及されているように、世界の脱炭素化とそのインフラ開発は着実に進展しています。
こうした中、近年の新型コロナウイルスのパンデミックやウクライナ侵攻などの危機により、エネルギーにおけるセキュリティ(安定供給)、アフォーダビリティ(手頃な価格での供給)、サステナビリティ(持続可能性)が、現実には非常に危ういバランス関係にあることが浮き彫りになりました。
当然のことながら、多くの国が自国の経済成長と安全保障を維持する目的でエネルギーの安定供給へと重点をシフトしてきました。しかし、その目的が達成されたとしても、その過程で、エネルギーの公平性と包摂性が犠牲にされることが少なくありません。
国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)の開催に先立ち、本稿では、前述の報告書で示された調査結果を掘り下げ、各国政府やステークホルダーが気候変動に関する誓約の達成に向けて何を成し遂げたのか(成し遂げられなかったのか)、その洞察を紹介します。
パリ協定の目標達成に向けた世界全体の進捗状況を評価する仕組みであるグローバル・ストックテイクは、各国政府とステークホルダーの取り組みがどの程度進捗しているかを5年ごとに評価します。その最初の評価の実施と、COP28の開催が重なる今年は、報告書で示された洞察がより一層大きな意味を持つことになるでしょう。
世界全体がエネルギー転換への道を模索している今、以下に紹介する5つの重要な洞察が、より力強い連携とより適切な意思決定を促進する後押しとなることを期待します。
1. 低下するエネルギーの公平性
公衆衛生、地政学、経済などに関する危機の煽りを受け、先進諸国を含む世界中の国で、暖房や照明という基本的なニーズを手頃な価格で満たすことが困難になっている家庭が増えています。脆弱な状況に置かれた開発途上国の家庭では、状況はさらに深刻です。あるデータでは、最近になり電気を利用できるようになった人々のうちの約7,500万人が、電気料金の支払い能力を失う可能性があると推算されています。
近年、先進諸国では、エネルギー安全保障の強化とエネルギー転換の加速が期待できる大規模な政策が打ち出されています。しかし、これらの政策は、補助金競争を招くリスクもあり、財源が限られている国では不利益がもたらされる恐れがあります。
エネルギーの安全保障と持続可能性を確保することは重要ですが、エネルギーの公平性の確立・維持も軽んじられるべきではありません。公平性の実現には、低所得国に対する大規模な国際的な財政支援が必要です。経済水準に関わらず、すべての国に恩恵をもたらす包摂的なエネルギー転換には、財政面での国際的な取り組みが不可欠なのです。
2. 莫大な規模の投資が必要
低炭素エネルギー技術への投資額は、2022年に1兆ドルを超え、初めて化石燃料への投資額を上回りました。この投資額の上昇傾向は過去10年間続いており、2021年比で19%増加、パンデミック前の2019年比で70%増加となっています。
クリーンエネルギー開発においては新たに大国が出現しており、6カ国が国内総生産(GDP)の1%を上回る額を再生可能エネルギー投資に振り向けています。投資額が最も多いのは、GDPの1.5%を割り当てている中国で、後にベトナム、アゼルバイジャン、ボスニア・ヘルツェゴビナが続いています。
これは、前向きな流れではありますが、2050年目標を達成するには、クリーンエネルギー供給の増加とそれに資する技術の普及を拡大するために、年間1.7兆ドルという巨額な資金が必要となります。この追加投資は、サプライチェーン全体を対象に行われる必要があり、代替燃料や水素、二酸化炭素回収・貯留など、クリーンエネルギーのソリューション全般の商業化に向けた投資に重点を置くことも欠かせません。
今後も、クリーンエネルギーへの財政投資が、エネルギー転換を進める上で生命線となるでしょう。こうした投資は、新興国や開発途上国への新たな技術の移転とともに、公平なエネルギー転換を確実なものとするために不可欠です。
3. 開発途上国に支援の手を
世界人口は、2022年11月に80億人を突破し、人口の増加に伴うエネルギー需要も高まり続けています。
この10年を振り返ってみると、95%の国で総計のエネルギー転換指数(ETI)が向上しています。中でも顕著なのは、中国やインドなどのエネルギー消費大国です。
そして今、多くの人口を抱える開発途上国の動向に注目が集まっています。当然のことながら、世界全体でのエネルギー転換の成果は、開発の度合いにかかわらず人口の多い国のコミットメントと進捗状況に左右されるためです。
排出量削減にかかる平均的な費用が、先進諸国の半分と見積もられているなど、開発途上国の状況を考えると、短期間で成果が出る可能性も期待できます。しかし、脱炭素化にコミットしてはいるものの、資金力と技術力が乏しいために実現するための機会が失われている国が多いのです。世界中で着実かつ公平にエネルギー転換を進めていくには、エネルギー転換の先進国がこうした国と提携し、支援を提供することが欠かせません。
4. モメンタムの維持が課題
エネルギー転換の長期的な目標を達成するには、目先のマクロ経済的な混乱や地政学的な緊張に直面しても、そのモメンタムを持続させていくことが重要です。しかし、エネルギーの公平性、持続可能性、安全保障の実現に向けた、バランスよいモメンタムが維持できているのは、インドとシンガポールの2カ国のみと見受けられます。それ以外の国は、十分とは言えないでしょう。ここ数年、ETIが伸び悩んでいることを踏まえると、エネルギー転換を実現する機会が開けているとは言い難いのが現状です。
バランスと一貫性に欠けたエネルギー転換の進捗状況から、多くの国が直面している課題が見えてきます。各国は、今後10年のうちに、エネルギー転換に向けた現在の準備状況を評価し、課題の解決に向けた計画やロードマップを策定する必要があるでしょう。
5. 政策とパートナーシップ、その適切な運用がエネルギー転換を進展させる鍵
政策や規制がエネルギー転換のペースを決定づけています。エネルギー政策や気候変動政策、特に、バリューチェーン全体の革新的な連携モデルによって打ち出されたこうした政策が、今、各国の国内および国際情勢の重要な要素となっています。
エネルギー転換を成功に導くには、規制面や財政面での環境整備にさらに注力してく必要がある、というのがその理由です。しかし、規制や政策を新たに策定しても、適切に運用されなければ、費用がかさむばかりか、不平等のさらなる拡大を招きます。そして、その影響を特に受けやすいのが、世界で最も脆弱な人々なのです。
クリーンエネルギーの普及を図るとともに、イノベーションを促進して脱炭素化を加速させるために、米国のインフレ抑制法(Inflation Reduction Act)や、EUのネットゼロ産業法案(Net Zero Industry Act)などの、画期的な法規制の導入を検討すべきでしょう。
これらの政策は大きな可能性を秘めています。しかし、気候変動の政治問題化により、こうした効力のある政策の安定性が危ぶまれています。
エネルギー転換が、政治イデオロギーの対立の火種になっている限り、包摂的なエネルギー転換のニーズを巡るステークホルダー間の調整はますます困難になるでしょう。政策内容と国家としての優先事項を明確にすることが、大局的な意味で資本とビジネスのソリューションを実施する上での足がかりとなります。
エネルギー転換が大きく前進してきたことは紛れもない事実です。そして今、パブリックセクターと企業が、革新的な連携を加速・増加させるとともに、公平かつレジリエント(強靭)なエネルギー転換を推進するためにさらなる一歩を踏み出す時期が訪れています。
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