水素社会への道を拓く日本が示す、スケール化を支えるグローバルな連携

水素とその派生製品は、エネルギー転換を実現する上で重要な役割を果たす可能性があります。 Image: Getty Images
- 世界的なカーボンネットゼロ目標の達成には、既存の代替策だけでは対応が難しい分野を脱炭素化することができる、新たなエネルギーエコシステムが必要です。
- 水素やe-メタン、グリーンアンモニア、鉄鋼向け低炭素素材といった水素派生物は、この移行を支える重要な推進力となり得ます。
- 日本の取り組みは、政策・資本・技術・供給・需要が一体となって進むことで、水素が実社会でインパクトを生み出し得ることを示しています。
世界がカーボンネットゼロの実現を目指す中、既存の代替策だけでは脱炭素化が難しい分野に対応可能な、新しいエネルギーの仕組みが求められています。水素やe-メタン、グリーンアンモニア、鉄鋼向け低炭素素材などの水素派生物は、こうした移行を支える中核的な役割を担っています。
一方で、水素の社会実装は期待通りのスピードで進んでいるとは言えません。国際エネルギー機関(IEA)の『Global Hydrogen Review 2025』によれば、原材料コストの上昇や世界的なインフレ圧力、供給と需要のミスマッチが、世界各地で最終投資判断(Final Investment Decision)を遅らせる要因となっています。
これらの課題が解消されなければ、水素は「有望な技術」にとどまり、エネルギーシステム全体の脱炭素化には結び付きません。航空、海運、鉄鋼、重工業といった分野では、クリーンな燃料の導入だけでなく、生産・物流・消費を一体で捉えた新たな産業構造の構築が不可欠です。ハイドロジェン・カウンシルの『Global Hydrogen Compass 2025(グローバル・ハイドロジェン・コンパス2025)』も、政策・資本・技術・供給・需要が連動して進むことで、初めて水素は社会的インパクトを発揮できると指摘しています。
水素社会の実装に向けた分岐点に立つ日本
日本は今、水素社会の実装に向けた重要な分岐点に立っています。脱炭素が困難な(Hard-to-abate)産業が集積し、エネルギー供給の多くを輸入に依存する日本にとって、エネルギー安全保障と脱炭素の両立は避けて通ることのできない課題です。
こうした背景から、水素は日本にとって産業的かつ戦略的な選択肢となっています。ただし、水素社会の実装への道のりは平坦ではありません。生産・輸送・利用の各段階でインフラ整備は道半ばにあり、グリーン水素やその派生物は依然として高いコスト構造にあります。投資の前提となる長期オフテイク契約も、未だ十分な規模で確立されているとは言えません。
2023年6月改定の水素基本戦略、2024年10月に施行された水素社会推進法により政策の方向性は明確になりましたが、商業化を本格的に進めるには、民間資本のさらなる動員と国際協力の深化が不可欠です。IEAの『Hydrogen Breakthrough Agenda Report 2025(水素ブレークスルー・アジェンダ・レポート2025)』も、技術実証だけでは市場は形成されず、システム全体としての協調的な進展が求められると強調しています。
その観点において、日本は厚みのある産業基盤や高いエンジニアリング力、明確なエンドユーザー需要を背景に、グローバルな水素エコシステム形成において独自の役割を果たすことが可能です。
政策・産業連携・資本を動かす日本の取り組み
日本では、政策や法律等によって国家としての水素社会の実装への方向性が示されると同時に、525社以上の企業・自治体が参加する日本水素協議会が、製造、エネルギー、輸送、金融、技術といった多様な産業を結びつけています。
こうした動きをさらに支える存在として、2024年にはジャパン・ハイドロジェン・ファンド(JHF)が設立されました。日本水素協議会、アドバンテッジパートナーズ、三井住友DSアセットマネジメントの協働により立ち上げられた同ファンドは、国内外の資本を、水素社会の発展に必要な技術やプロジェクトへと繋ぐ役割を担っています。
JHFの特徴は、産業知見、投資機能、需要の可視化を一体的に備えたプラットフォームである点にあります。JHFの取り組みは、以下の三つの柱を軸に展開されています。
- 日本の技術・産業および需要に関する豊富な知見提供
日本水素協議会(JH2A)が有する幅広い会員ネットワークを活用することで、水素関連技術・産業の動向や実務上の制約、さらには実現性の高いオフテイク需要についての可視性を高めることが可能です。 - グローバルな案件ソーシングおよび協働関係の構築
国内外の企業、投資ファンド、専門家との国内外のネットワークを通じ、日本国内のみならず海外においても有望なプロジェクトを発掘し、グローバルな潮流や基準との整合性を確保しながら、資金供給を行っています。 - 確実な投資実行と価値創出
JHFの共同運営者であるアドバンテッジパートナーズが培ってきたインフラ投資および企業価値創出の経験を最大限活かし、厳格なデューデリジェンス、プロジェクトマネジメント、事業性・収益性の観点からの継続的なモニタリング等を通じて、精度の高い投資実行と長期的な価値創出を実現しています。
これら三つの柱を通じて、JHFは単なる水素バリューチェーンへの資金提供者にとどまらず、実効性ある水素エコシステムの形成を加速させるための橋渡し役としての役割も果たしています。

水素社会の実装に向けて動き出す日本の水素イニシアチブ
日本の水素関連の取り組みは、実証段階を超え、商業化を見据えたフェーズへと移行しつつあります。政策的枠組みと、JHFという投資基盤の確立を背景に、JHFはすでに複数の初期段階および最終投資決定に近いプロジェクトに投資を行い、水素インフラや技術の商業化を後押ししています。
また、水素知見共有の場や継続的な情報発信を通じて、製造業者、エネルギー供給者、物流、金融、技術開発企業等の連携が進み、需要の可視化や技術連携の精度も高まりつつあります。その結果、最終投資決定に必要な条件が徐々に整い始めています。
JHFにはフランスのトタルエナジーズをはじめとする国際的な企業も出資者として参画しており、日本の水素市場がグローバルな早期展開の拠点として注目されています。CO2変換技術や合成燃料(e-fuel)を手がけるトゥウェルブ(Twelve)への投資は、日本の産業需要と国際的なイノベーションが結び付きつつあることを象徴しています。
日本の経験が示す、水素市場形成への示唆
このような日本の成果は、水素市場がどのように立ち上がり得るかについて多くの示唆を与えています。水素は単一の技術ではなく、生産・物流・利用が相互に関連するエコシステムです。従い、政策、資本、技術、需要が一体となり連動していくことで、初めて商業化への道筋が明確になります。その中でも重要なのが、長期的な需要の確保です。航空、海運、エネルギー、鉄鋼といった分野での予見可能性の高い水素需要の見通しが、開発者や投資家の意思決定を支えます。日本で導入が進む価格差支援制度や長期脱炭素電源オークションといった政策は、初期コストの壁を越え、民間資本の流入を促す重要な役割を果たしています。
政策支援・資本提供・国際協調を次の段階へ
水素は、今後のグローバルな脱炭素化において中核的な役割を担う存在です。これまでの日本の取り組みは、政策支援、産業界の連携、そしてJHFを通じた資金提供を軸に、構想段階から水素社会実装段階へと進む、一つの現実的なモデルを示しています。
これは日本にとって日本の産業界の成長機会であると同時に、国際社会への貢献でもあります。供給、需要、金融、政策を統合する日本型のアプローチは、国際社会がカーボンネットゼロ目標に向けて進む際の一つの例となるでしょう。
水素社会の実現には、継続的なリーダーシップ、資金提供、そして国境を越えた国際協力が欠かせません。日本の初期的な取り組みは、これらの要素がどのように結び付き、より強靭で多様性に富んだ持続可能な水素エコシステムが形づくられていくのかを示しています。国際社会が共に前進するための実践的な道筋が、いま日本から描かれつつあります。
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