アートとカルチャー

変革する博物館の資金調達~利益と社会的目的の両立に向けて~

東京のチームラボボーダレス美術館では、来場者がインタラクティブなアート作品を体験することができます。東京には国立博物館をはじめ、多数の博物館もあります。

東京のチームラボボーダレス美術館では、来場者がインタラクティブなアート作品を体験することができます。 Image: Wikimedia Commons/Amr Alfiky

Elena Raevskikh
Head, Research and Analysis Unit, Department of Culture and Tourism of Abu Dhabi
Giovanna Di Mauro
Lecturer, Zayed University
  • 博物館は、複数の分野で多様な価値を生み出すために、新たな資金調達形態を模索しなければなりません。
  • ハイブリッド型の資金調達により、博物館はインパクト企業として効果的に機能し、持続可能性を高めることができます。
  • 新たな枠組み「文化資本ファイナンス」を構想することにより、公的資金と民間投資、デジタルイノベーション、社会的起業の融合が可能となります。

博物館は、静的な遺物の保管庫から、文化、テクノロジー、持続可能な開発を結びつけるイノベーションのエコシステムへと進化しています。例えば、東京のチームラボボーダレスやチームラボプラネッツでは、双方向の没入型3Dデジタルアート作品を展示。アラブ首長国連邦、アブダビのサディヤット文化地区には、ルーブル・アブダビ、ザイード国立博物館、アブダビ自然史博物館、アブラハムファミリーハウスなどの文化施設が集結し、技術革新と文化遺産を結びつけるデジタル体験と歴史的体験を提供しています。こうした文化施設が、クリエイティブ産業とその周辺産業にとって大きな機会を生み出しているのです。同文化地区が位置するサディヤット島では、文化施設やホテル全体の訪問者数が14%増加しました。

こうした進展を踏まえ、博物館や文化施設の長期的な持続可能性を確保する上で、その展示物と同じくらい革新的な資金調達モデルが重要です。投資、パートナーシップ、創造的経済イニシアチブを統合することで、博物館は観光、教育、研究、地域開発、環境レジリエンスなど、多くの分野において多様な価値を生み出すことができるでしょう。

これに向けた新たな枠組み「文化資本ファイナンス」を構想することにより、公的資金と民間投資、デジタルイノベーション、社会的起業の融合が可能となります。その目的は、文化機関を包摂的な成長、環境レジリエンス、将来を見据えたガバナンスと調和させ、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に沿ったものにすることです。

複合的かつインパクト重視の資金調達

博物館は、アイデアを多様な形態の価値へと変容させるプラットフォームとなり得ます。新たな金融枠組みは、文化機関がインパクト企業として機能するための方法を示すものです。特に、文化的な目的と経済戦略を融合させたハイブリッドな金融モデルの採用により、これらの機関の財政的持続可能性を確保することが可能になります。

信託、民間財団、または公益慈善団体によって設立される基金は、米国のほとんどの博物館や美術館が採用する一般的な資金調達手段です。ただし最近では、追加的な戦略と組み合わされるようになりました。米国ニューヨークのグッゲンハイム美術館とシカゴ現代美術館は、共同購入により美術品を共同所有する取り組みを実施。個別購入の財政的負担を軽減すると同時に、総コストの最適化を図りました。また、オハイオ州トレド美術館は、オークションで取得しようとする美術品に対して保証を提供する取り組みを開始しました。これは、自館での落札に至らなくても、最低落札価格を保証する見返りとして落札価格の一定割合を受け取るものです。

文化資本ファイナンスが新たな戦略を模索する中で、 制度的正当性、市場革新、市民の信頼を統合するよう設計された 「官民慈善パートナーシップ(Public-Private-Philanthropic Partnerships、(4P)」が次世代のガバナンスおよび資金調達モデルとして位置付けられています。この枠組みにおいて基金やインパクト投資ファンドは、文化資産への倫理的かつ持続可能な投資を確保すると同時に、長期的なリターンを生み出すことが可能です。これらの取り組みを補完する形で、インフラ整備や事業開発予算の一定割合を文化事業に充当する「パーセント・フォー・アート」制度により、文化をより広範な経済計画に組み込みます。

最後に、中小企業との連携により、美術館、博物館は創造的起業家精神と持続可能な地域サプライチェーンの拠点としての役割を担い、遺産を守る存在であるだけでなく、経済発展への積極的な貢献者としての立場を強化することができるでしょう。ルーブル・アブダビ美術館と、2025年12月に開館するザイード国立博物館は、いずれも中小企業、職人、創造的実践者を支援する経済的な相乗効果を発揮し、文化インフラがイノベーションのエコシステムをいかに促進するかを示しています。2025年には初の「Made with Louvre Abu Dhabi(ルーブル・アブダビでできた製品)」イニシアチブを実施。アラブ首長国連邦に拠点を置く企業に対し、同館の独創的なデザインと豊かな文化的織物からインスピレーションを得た、国内外の観客の共感を呼ぶ革新的で高品質な製品群の創造を呼びかけました。

デジタル変革で国境を越えて進化する博物館

デジタル化は構築、測定、学習というスタートアップのイノベーションサイクルを反映し、文化的な関与を拡張可能な価値創造へと転換します。これにより、運営コストの削減、インクルージョンの強化、グローバルな収益源の開拓を実現し、財務的、文化的なレジリエンスの再定義につながるでしょう。

文化分野のデジタルトランスフォーメーションは、アクセスの向上、透明性の確保、持続可能性の強化をもたらす革新的なモデルを生み出しています。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)を活用した展示は、地理的境界を越えて文化体験の到達範囲を拡大し、新たな観客参加の形態と収益創出を可能にしています。例えば、英国ロンドンの自然史博物館では、マイクロソフトの「HoloLens 2」ヘッドセットを活用した取り組みを開始し、イカ、ダーウィンガエル、ヤシガニなどの生物や、スコットランド高地、アフリカのグレート・グリーン・ウォールといった自然景観のインタラクティブなホログラフィックアニメーションを展示。マルチメディア技術と実物展示の融合は、より豊かなインタラクティブ体験と、わかりやすい情報を提供します。

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また、デジタル活動の拡大と同時にデータセンターのグリーン化を行うことにより、文化のデジタル化を広範な生態系革新目標と整合させ、技術拡張の環境負荷を最小限に抑えることができるでしょう。最後に、データ分析とデジタル会員システムは文化参加を継続的な収入源へと変革し、機関が創造的なプログラムに再投資すると同時に観客との長期的な関係を育むことを可能にします。

エコシステムの促進に向けた政策

これを成功させるためには、各国政府の政策が文化分野の金融においてイノベーション、投資、そして誠実性を促進できるものでなければなりません。文化セクターの持続可能性と革新能力を強化するため、資金調達、スキル、国際協力を統合する包括的な政策枠組みを構築する必要があります。

各国政府は、文化分野への企業の投資を促進する財政的インセンティブを導入することにより、従来の助成金を超えた新たな資金源を開拓することができるでしょう。並行して、文化地区や再生プログラム内に文化インパクト基金を設立し、創造的起業家精神と遺産主導の再生を促進しなければなりません。大エジプト博物館建設における日本とエジプトの協力や、イスラム国(IS)が破壊したイラクの文化遺産、モスル文化遺産の復興におけるアラブ首長国連邦とユネスコ等の連携は、連携、知識の共有、資金の分担がいかに効果的な成長を生むかを示しています。

この進化するエコシステムを効果的に管理する上で、キュレーション、起業家精神、テクノロジーを融合した分野横断的スキルの構築が不可欠です。さらに、文化機関、投資家、イノベーション機関間の国際協力が、文化資金調達に関する知識の交換を促進し、文化経済におけるグローバルなレジリエンスと包摂性を育むことができるでしょう。

この転換を確固たるものとするため、以下の分野に今後注力する必要があります。

  • 文化ベンチャーキャピタル(CVC):創造的技術、AI応用、文化遺産イノベーションに投資する。
  • 分散型文化ファイナンス(DeCuFi):ブロックチェーンを活用し、美術館、博物館や文化機関へのマイクロ投資と透明性のある資金調達を実現する。
  • 文化のサーキュラー・エコノミー(循環型文化経済):文化が観光、ウェルビーイング、環境持続可能性に及ぼす波及効果を可視化、拡大する。
  • AI倫理文化的多様性:アルゴリズムによるキュレーションやデジタル文化プラットフォームにおける包括性と表現を促進する。
  • グローバル文化投資プラットフォーム:投資家、政策立案者、クリエイター機関を結び付け、文化的インパクト投資を促進するプラットフォームを設立する。
  • インパクト測定フレームワーク:文化的投資成果を評価するため、財務的、社会的、環境的指標を統合したモデルを採用する。
  • 文化金融リテラシー:政策立案者、アカデミア、投資家の連携を通じ、文化分野における金融リテラシーの向上を推進する。

世界経済フォーラムの報告書『Toward Common Metrics and Consistent Reporting of Sustainable Value Creation(持続可能な価値創造の共通指標と一貫した報告に向けて)』が指摘するように、長期的な価値創造をESG(環境・社会・ガバナンス)の考慮と切り離すことはできません。文化機関は、収益の多様化により経済的リターンを生み出すだけでなく、ソーシャル・インクルージョンや教育、環境責任を促進することになります。この財務的レジリエンスは最終的に、美術館、博物館が社会的影響力を最大化し、持続可能な価値創造の触媒へと変容することを可能にするでしょう。

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