経済成長

デジタル経済の公正な未来を築く、貿易政策の役割

デジタル経済を実現するデジタルサービスは、すでに世界のサービス輸出総額の半分以上を占めています。

デジタル経済を実現するデジタルサービスは、すでに世界のサービス輸出総額の半分以上を占めています。 Image: pressfoto/freepick

Mekhla Jha
Specialist Inclusive Trade, World Economic Forum
本稿は、以下センター (部門)の一部です。 地域、貿易、地政学
  • デジタル経済は前例のないスピードで人々の生活を変革しており、デジタルサービスはグローバルなサービス輸出総額の50%以上を占めています。
  • 多くの開発途上国にとってデジタル労働が重要な輸出品目となる中、貿易政策や基準に関する課題は、雇用の課題と密接に関連しています。
  • 最優先すべきは、世界中の労働者にとってイノベーションと成長をもたらすとともに、尊厳と公正性、安全性が確保されたデジタル経済を構築することです。

デジタル経済が、前例のないスピードで人々の生計を変革しています。デジタルサービスは現在、グローバルなサービス輸出の50%以上を占めており、AIへの企業投資は2024年に2,520億ドルへと急増しました。

2016年に発表されたマッキンゼーのレポートによると、米国と欧州では1億6,000万人以上が何らかの形態の独立型労働に従事。ライドシェアリング、フードデリバリー、オンラインフリーランス、リモートデータアノテーション、AI駆動型マイクロタスクなどの分野で成長が続いています。

各国政府はこのモメンタムを取り込もうと、競争を繰り広げています。ケニア、インド、フィリピン、アラブ首長国連邦(UAE)などの国々は、AI戦略やデジタル・インフラ、人材育成に投資し、この国境を越えたデジタル経済競争において世界的なデジタルハブとしての地位を確立しようとしています。

一方、イノベーションと機会の陰に、格差の拡大という深刻な課題が潜んでいます。デジタルプラットフォームが数百万もの雇用を生み出している一方で、これらの雇用の質はそれに追い付いていないことが多いのが現状です。これに加えて、多くの労働者は不安定な収入に直面し、社会的保護を欠き、公正な条件を交渉する手段もほとんどありません。

ここで、貿易政策が重要になります。多くのデジタル職種は本質的にグローバルであり、労働者とプラットフォームは最初から国境を越えて取引を行っています。デジタル労働が多くの開発途上国にとって主要な輸出品となるにつれ、貿易政策や基準に関する課題が雇用と生計に関する議論と切り離せなくなっているのです。

デジタル時代の労働課題

多くのデジタル雇用が労働保護の範囲外に置かれており、デジタル労働者は、正式な契約の欠如、最低賃金の保証がないこと、職業安全衛生(OSH)対策の不備など、いくつかの重要な課題に直面しています。

健康保険や年金などの給付対象から外れ、正規の労働者であれば権利を守ってくれる集団交渉の仕組みからも除外されることが多いのです。

例えばケニアでは、190万人(多くの若者や女性を含む)がデジタル労働に従事。柔軟に収入が得られるという期待をもって参入したものの、アルゴリズム主導の報酬システムや突然のアカウント停止に直面し、救済手段がない状況に置かれています。

こうした課題はケニアに限ったものではありません。インドでは、複数のプラットフォームで働く770万人以上のギグワーカーが、報酬の不安定さや福利厚生の欠如といった同様の課題に直面。フィリピンでは、オンラインフリーランスは国境を越えた国際的なクライアントを相手にすることで高い賃金を得られますが、国内の健康保険や年金制度の利用が困難な状況です。

この状況は、AI駆動の自動化によってさらに複雑化しています。データアノテーション、カスタマーサービス、コンテンツモデレーションといった分野で、低スキル作業が置き換えられる可能性があり、これらは多くの開発途上国がデジタル労働力の輸出基盤として築いてきた分野です。

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ビジネスモデルとその課題の重要性

デジタル経済が一様ではないことを認識することが重要です。以下のように、異なるビジネスモデルは、労働者にとって異なるリスクと機会をもたらします。

  • 位置情報に基づくギグワーク(例:ライドシェアや配達など)は、労働安全衛生リスク、不安定な収入、長時間労働といった課題があるにもかかわらず、保護策が十分ではありません。
  • オンラインフリーランスやリモートタスクは世界的な需要に依存するため、通貨変動、突然のクライアント喪失、現地の法的保護の欠如といったリスクに労働者が晒されることが多々あります。
  • AI駆動型のマイクロタスクやコンテンツモデレーション業務では、心理的リスク、過剰な監視、賃金抑制がもたらされています。特にAI技術の進歩により人間の労働力に対する需要が減少する中で、この傾向は顕著です。

ケニアのグローボが提供する損害保険や、1回の配達につきわずか5ケニアシリング(0.039米ドル)でギグワーカーに医療保障を提供するブリタム・コネクトのマイクロ保険など、個別の対応策も生まれています。一方、国際プロジェクトのフェアワークによる評価システムのような倫理基準はプラットフォームに労働条件の改善を促しますが、これを裏付ける規制がなければ執行力に欠けたものとなるでしょう。

政策の空白と分断化のリスク

世界的に、労働法は急速な労働形態の変化に追い付いていません。デジタル分野で働く労働者の多くは、既存の法的カテゴリーである「従業員」や「独立請負業者」に明確には分類されないからです。この法的なグレーゾーンにより、デジタル労働者は従来の正規雇用に付随する保護を受けられずにいます。

一部の国ではこの空白を解消しようとする動きが見られます。シンガポールでは、ギグワーカーを対象とした強制的な傷害補償制度と退職貯蓄制度が導入されました。英国では、「従業員」と「自営業者」を除く第三の「労働者」カテゴリー(通常はより非正規的でフルタイムの単一雇用主下での就労形態に該当する人々)に対して、基本的な雇用保護を適用する非法定ガイダンスが策定されており、これはギグワーカーやプラットフォーム労働者にも拡大適用されています。

一方、スペインの「ライダー法」では、フードデリバリーの配達員を従業員として再分類する措置が取られています。ただし、過度な規制は若者や女性、介護者などをギグワークに惹きつける要因である柔軟性を損なう恐れがあるため、法的枠組みでは、保護と柔軟性のバランスを適切に保つ必要があります。

さらに、これらの改革は依然として断片的な状態にあります。デジタル労働は本質的に国境を越えた性質を持っています。例えば、ナイロビのフリーランス労働者が、米国のサンフランシスコ、英国のロンドン、インドのバンガロールなどのクライアントと仕事をするケースも少なくありません。基準の調和が図られない場合、雇用や投資を誘致するために管轄区域が保護を弱める「最低基準への競争」のリスクが高まります。

この分断化は、経済成長の原動力としてデジタル労働の輸出に期待をかける発展途上国にとって特に懸念すべき課題です。

調和に向けたグローバルな機運の高まり

こうした課題に対し、デジタル経済におけるディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)のための国際的な規範を確立するモメンタムが高まっています。具体的には以下のような取り組みが進められています。

  • 国際労働機関(ILO)は、プラットフォーム経済におけるディーセント・ワークに関する議論を推進し、国際基準の策定を提案。貿易協定においても、労働に関する配慮が盛り込まれ始めています。
  • 例えば、英国とシンガポールの間で締結されたデジタル経済協定には、労働者の権利と責任あるAI利用に関するコミットメントが含まれています。

こうした取り組みは、デジタルトランスフォーメーションには利益だけでなく保護も伴わなければならないという認識の高まりを示しています。

また、デジタル労働の国境を越えた性質を考慮すると、各国の政策だけでは不十分です。貿易協定や投資協定は、労働の未来を形作る上で強力な手段となるでしょう。

ケニアをはじめとするアフリカ諸国にとって、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)ケニア・EU経済連携協定、そして最近締結されたケニアとUAEの包括的経済連携協定といった貿易協定は、デジタル経済に労働保護を組み込む好機となっています。

このような貿易政策と投資政策は、以下の点において重要な役割を果たすことができます。

  • デジタル分野におけるディーセント・ワーク基準へのコミットメントを義務付けること。
  • 投資優遇措置を労働者のスキル向上、社会的保護、公正な契約慣行と結びつけること。
  • プラットフォーム労働、デジタルサービス、AIガバナンスに関する調和された地域基準を促進し、投資や雇用を誘致するために各国が労働保護の弱体化や基準の引き下げを迫られる「底辺への競争」を防ぐこと。

こうした措置がなければ、デジタル労働は社会全体が共有する繁栄ではなく、不安定な労働の要因として残るリスクがあります。一方で、各国が自国の労働市場を規制する主権を保持していることも認識する必要があります。貿易協定は規制の調和を促すことはできますが、労働基準の設定と執行に関する最終的な判断権は各国政府に帰属するからです。

より公正なデジタル経済に向けて

包摂的なデジタル経済は、自然に発生するものではありません。その実現のためには、意図的に設計し、適切にガバナンスを整備しなければならないのです。

ケニアの事例は、急速なデジタル変革がもたらす可能性と落とし穴の両方を浮き彫りにしています。デジタル・インフラとAI戦略への積極的な投資は高く評価されるべきですが、労働保護の面で残された課題も、同様の道を歩む他の国々にとって重要な教訓となります。

これらの課題に対処するには、政府、企業、労働者代表が参加する包摂的な三者対話が必要です。国際労働機関(ILO)での議論、貿易交渉、国内改革など、働き方の未来に関する国際的な議論が加速する中、優先すべき課題は明確です。それは、イノベーションと成長だけでなく、世界中の労働者にとって尊厳、公正、安心を実現するデジタル経済の構築です。

ケニアの事例と政策の道筋に関する詳細な分析については、世界経済フォーラムの貿易、投資チームがTASCプラットフォーム(Thinking Ahead on Societal Change (TASC) Platform)の協力を得て発表した白書『Trade and Labour Pathways for Decent Work in Kenya’s Digital Economy(ケニアのデジタル経済におけるディーセント・ワークのための貿易と労働の道筋)』をご参照ください。同白書は、「貿易、労働プログラム」の一環として作成されています。

本寄稿文はコンサルティング企業、アフリカ・プラクティスの協力を得て作成されました。

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