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今、すべての企業に必要な「最高地政学責任者」とは

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グローバル化が進む一方で分断化する世界のビジネスリスクを評価する、「最高地政学責任者(CGO)」が必要です。

グローバル化が進む一方で分断化する世界のビジネスリスクを評価する、「最高地政学責任者(CGO)」が必要です。 Image: Getty Images

William Dixon
Associate Fellow, Royal United Services Institute
  • グローバルな秩序が分断化されつつあることを各国政府や国際機関が認識する中、「最高地政学責任者(CGO)」の創設は企業にとって喫緊の優先課題です。
  • CGOの役割は、高度な地政学的知見をコアビジネスの意思決定に統合することです。
  • 3つのポイントからなる実施フレームワークが、この役職によって生み出される機会を最大化します。

英国内閣府は、初の「慢性リスク分析」を発表しました。これは、英国企業と政策リーダーたちに向けた、長期的に少しずつ影響を及ぼす「慢性リスク」に関する包括的リスク予測です。同報告書が指摘する構造的リスクは、安全保障、テクノロジー、そして特に地政学に及んでいます。これは、主要なG7経済国が初めて、自国のビジネス界および政策関係者に対し、国際情勢の不安定化や旧来の国際秩序の崩壊が、もはや一部の大企業だけでなくすべての企業にとってリスクであり、積極的に備えるべき課題であることを明言したものです。

この前例のない指針は、世界経済フォーラムの発表した『グローバルリスク報告書』とも一致しています。第20版となる同報告書は、地政学的、環境的、社会的、技術的な課題が複雑に絡み合い、世界の分断が深まる中で、安定と成長が脅かされていることに強い懸念を抱くリーダー層の姿を明らかにしました。2025年版の発表はまさに先見的なものであり、すでに貿易戦争サイバー紛争、さらには実際の軍事衝突など、地政学的リスクが各所で顕在化しています。

各国政府や国際機関までもが企業に対し、地政学的リスクへの警戒を明確に呼びかけている現状において、従来型の国際対応の枠組みだけでは企業にとって十分とは言えません。解決策は、政府との関係改善やリスク管理の強化ではなく、まったく新しい経営層の役職、「最高地政学責任者(CGO)」を任命することです。

地政学的緊張が高まる時代のパラダイムシフト

従来のリスク管理のパラダイムは、安定したルールに基づく国際システムにおいて、企業が予測可能かつ投資可能な枠組みの中で事業を展開することができるという前提に基づいていました。一方、貿易に伴う地政学リスク(GPRT)指数は、2020年から2024年にかけ、過去20年間と比較して約30%急上昇。グローバルサプライチェーン圧力指数(GSCPI)は同じ期間にほぼ3倍に増加しています。

その結果、財務やオペレーションに重点を置くリスク管理責任者(CRO)や、コンプライアンス対応や政策渉外を担う政府対応部門では、地政学的緊張が高まる現在の環境に十分に対応することができなくなっています。これらのリスクは、政策の分断やデジタル脅威から金融戦争まで、多岐にわたります。かつてはビジネス戦略の周辺にあった課題が、現在では重大な財務的、競争的、存在的なリスクをもたらしているのです。具体的には、以下のとおりです。

  • 規制の多様性。矛盾する各国政策により、コンプライアンスの達成が不可能になるケース:TikTokアプリは、米国で事業売却を強制されている一方、欧州では自由に事業を展開。親会社のバイトダンスは、グローバル事業の分割を余儀なくされています。
  • 軍事行動。2022年2月のウクライナ侵攻を受けて、ロシアの外国籍企業は同国から撤退。ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)が255億ドルの損失を計上するなど、1,700億ドル以上の損失を被りました。
  • サイバーセキュリティ。規制が十分行われない「デジタルセーフヘイブン」は、国際協調の停滞が生んだ象徴的存在です。こうした地域が、オンライン犯罪集団にとっての拠点となり、企業を標的にした恐喝や攻撃を可能にしています。その結果、企業は深刻な財務的ダメージを受け、場合によっては破綻に追い込まれるケースもあるのです。さらに、コスタリカのように、国家が非常事態を宣言せざるを得なくなる事態も発生しています。
  • 経済紛争。制裁、関税、輸出規制が日常的な手段となり、個々の企業にとって非常に大きなコスト負担となる可能性があります。米国の制裁措置により、ファーウェイはスマートフォンだけで年間300億ドルの損失を被っていると推定されています。
最高地政学責任者は、拡大の一途をたどるグローバルリスクを検討する必要があります。
最高地政学責任者は、拡大の一途をたどるグローバルリスクを検討する必要があります。 Image: World Economic Forum

地政学的リスクに早期に対応

地政学的な混乱を踏まえた事業再編が、企業の間で加速する傾向にあります。マッキンゼー、ラッセル・レイノルズなどによると、主要企業は政府対応部門を統括する役職を新設し、地政学情報部門を設置。また、フォーチュン500企業でも、トランプ大統領の就任後、外交や地政学の専門家を幹部として採用する動きが加速しています。

最近まで元英国副首相のニック・クレッグ氏が務めていた、メタの「グローバル・アフェアーズ担当副社長」は、同社に10年以上前から存在する役職です。テクノロジー大手である同社が欧州プライバシー規制や米国のコンテンツモデレーション要求に対応し、多様な市場への進出に伴う複雑な課題に対処する必要があったために、同氏の経験が必要とされました。

これは他の専門的な経営幹部職にも見られるパターンです。環境問題が事業リスクとして顕在化すると、「最高持続可能性責任者(CSO)」が誕生し、サイバー脅威が経営陣の優先課題に浮上すると、IT部門から「最高情報安全責任者(CISO)」が生まれました。これらの先例と同様に、CGOはかつて周辺的な課題だった地政学的リスクが、専任の経営陣のリーダーシップを要する事業存続の必須要件へと昇格したことを示しています。

CGOは、政府対応部門の責任者を昇格させたものではありません。これは、高度な地政学的な知見をコアビジネス意思決定に直接統合する戦略的ポジションです。この役職は従来型のロビー活動を超え、グローバルな政治情勢の中で主体的に行動するための戦略を担います。その職務には、以下が含まれます。

  • インテリジェンスと予測。グローバルな政治動向を監視し、経済摩擦から地域紛争まで、オペレーション、サプライチェーン、市場アクセス、戦略的パートナーシップへの影響を予測するシナリオプランニングを実施します。
  • ステークホルダーとの関係構築。相反する利害や政策を持つ各国政府、規制当局、国際機関との複雑な関係を戦略的にマネジメントし、地政学的リスクをマーケット戦略や貿易方針に組み込む意思決定を支援します。
  • 危機対応。事業運営、サプライチェーン、または評判に影響を与える予期せぬ地政学的事象に対して、迅速かつ的確に対応する体制を整え、変動の激しい環境下でも組織の俊敏な行動を可能とします。
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最高地政学責任者の導入

最高地政学責任者の導入は、地政学的リスクの管理にとどまらず、戦略的機会の創出、最大化を図るものです。的確に運用されれば、実質的な価値創出につながる可能性が十分にあります。地政学的な変化に備えることで、変化する貿易ルート、新たな有機的成長領域、またはグローバルな事業運営の再編を通じてコストや資本効率を改善する機会を捉えることができるのです。

例えば、他の西欧の自動車メーカーが中国市場から排除される中、米国のテスラの上海ギガファクトリーは世界最大の車両生産施設となり、グローバル出荷の40%以上を占めるようになりました。同様に、アップルはサプライチェーンを多様化してインドに展開することで、iPhoneの生産量を前年比50%増加させ、数十億ドルの新たな収益を創出しました。

地政学リスクに積極的に対応する企業にとって、以下のように構造化されたフレームワークが不可欠です。

  • 1. 現在の地政学的リスクの暴露状況を監査する。最初に、包括的な内部監査を実施します。これには、特定された地政学リスク地域におけるすべての事業、サプライチェーン、収益の流れを詳細にマッピングする作業を含みます。また同時に、様々な管轄区域における規制依存関係とコンプライアンス要件を特定します。最後に、現在のステークホルダー関係の評価、潜在的な利益相反の特定、脆弱な領域の特定を行います。
  • 2. 地政学的インテリジェンス能力を構築する。堅固なインテリジェンス能力の確立は不可欠です。研究開発から販売まで、地政学的分析を特定の事業部門に効果的に結び付けることのできる部門横断的なチームを編成します。また、多様な地政学的未来に備えるため、高度なシナリオプランニング・フレームワークとストレステスト用プロトコルを開発。特に、地政学的リスク評価を既存の事業継続計画に統合することが重要です。
  • 3. 地政学リスクを経営戦略レベルに引き上げる。最終ステップは、地政学的リスクを組織の最上位レベルの課題に組み込むことです。これには、既存の政府対応部門の職務を拡張することも含まれますが、より効果的に実施するためには、専任の上級役職、すなわち「最高地政学責任者(CGO)」を新たに設けます。同役職を中核的なハブとして経営幹部が密接に連携し、リスク管理と事業計画をホリスティック(全体論的)に捉えて整合を図る必要があります。

世界の多極化と断片化が進む中、「最高地政学責任者(CGO)」はもはや新奇な概念ではなく、経営幹部層に不可欠なポジションへと進化していくと考えられます。高度な地政学インテリジェンスを自社の戦略的DNAに積極的に組み込む企業こそが、激動の時代において単に生き残るだけでなく、持続的な成長を実現できるのです。単一の判断が数十年の価値創造に影響を及ぼすか、数十年の成長を阻害する可能性がある時代において、最高地政学責任者は余裕がある企業の取り組みではなく、必要不可欠な存在となるでしょう。

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