第四次産業革命

伝統と革新の調和~AIグローバルリーダーとしての日本の道筋~

人間中心のテクノロジーこそが、日本のAIです。 Image: Getty Images

Chiharu Nakayama
Lead, Data and Artificial Intelligence, World Economic Forum
本稿は、以下センター (部門)の一部です。 第四次産業革命センター
  • 日本に根付いたリスク回避志向は、AIの進歩を阻害する恐れがあります。
  • しかし、厳格な倫理観を重んじる文化は、AI分野における競争優位性となる可能性もあります。
  • 日本のAIは、正確性と信頼性が最も重視される分野において特に秀でる可能性があります。

伝統と革新のバランス。AIのグローバルリーダーを目指す日本の歩みは、興味深いケーススタディを提供しています。経済産業省(METI)のGENIACプロジェクトのようなイニシアチブを通じてAIのリーダーシップを推進する日本の取り組みは、経済成長と社会発展のために生成AIを活用するという同国政府の強いコミットメントを表しています。

しかし、9月17日に日本で開催されたAIガバナンス・アライアンス・ラウンドテーブルで得られた洞察によると、文化的な力学がテクノロジーの導入のペースや性質に大きく影響する複雑な状況が明らかになりました。文化的価値観の維持とディスラプティブ(創造的破壊)なイノベーションの受け入れの間に存在するこの緊張関係が、グローバルなAI競争における日本独自の特徴です。

経済的必要性に潜む文化的抵抗

AIの導入に対する日本の慎重なアプローチは、より広範な文化的規範、すなわち失敗やリスクに対する嫌悪感に由来しています。国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の調査によると、日本の研究開発費は世界第3位。しかし、「グローバル・アントルプレナーシップ・モニター(GEM)」の調査結果が強調するように、起業家精神の観点では世界第47位です。この格差は、より深い課題を指摘しています。それは、ディスラプティブなイノベーションを受け入れることに対する消極性です。同じく、2023年の「IMD世界デジタル競争力ランキング」では、日本の強固な技術インフラと、後れを取るデジタルトランスフォーメーションの格差が浮き彫りになりました。世界トップクラスの技術力を持ちながら、多くの組織がデジタルソリューションの導入で後手に回っているのは、多くの場合、機敏さよりも合意形成やリスク回避を優先する企業文化が原因です。

スタンフォード大学の研究では、特に失敗やリスクテイクに関する社会規範がいかに深く根付いており、それが従来いかに日本の組織におけるイノベーションを抑制してきたかが明らかになっています。この研究によると、こうした文化的傾向は、企業における意思決定において完璧主義とコンセンサスを重視する傾向を強めます。その結果、高い品質基準の確保が可能となる一方で、急速なイノベーションがますます重要になっている環境下では、ディスラプティブなテクノロジーの採用を遅らせる可能性があるとしています。

「経済産業省が描く日本のAI開発のビジョンは、技術革新が社会の価値観と調和しながら進む『ソサエティ 5.0』です」と、同省商務情報政策局、情報処理基盤産業室長の渡辺琢也氏は述べています。「GENIACプロジェクトを通じて、私たちは経済成長と社会変革の両方を実現する枠組みを構築しています。日本企業は伝統的にリスクを嫌う傾向にありますが、現在の経済状況においては大胆な行動が求められています。だからこそ、J-StartupプログラムやAI導入ガイドラインを策定し、企業が品質や倫理に関する高い基準を維持したままでAI技術を採用するための明確な道筋を示しています」。

倫理基準で競争に勝つ

当初は障壁のように見えるかもしれませんが、日本の緻密な正確性へのこだわりや厳格な倫理基準は、むしろ競争優位性として役立つ可能性があります。正確性と社会からの信頼が何よりも重視されるAIにおいては、こうした特質が日本のイノベーションを際立たせるでしょう。倫理的な厳格さで定評のある日本は、安全性と信頼性が極めて重要なヘルスケアや自律システムなどの分野において、強みとなりつつあります。透明性、公平性、アカウンタビリティを優先するAIシステムの構築に尽力する日本の姿勢は、AIガバナンスに関する新たなグローバルスタンダードとも一致しています。

日立製作所デジタルシステム&サービス統括本部CTO、鮫嶋茂稔氏は「日立では、110年にわたる製造と技術における知的資産が、AIの統合に関する独自の視点をもたらしています」と述べています。「当社は、OT(物理的な装置や工程を監視・制御するハードウェアやソフトウェア技術)における従来の強みにAIの能力を組み合わせることで、私たちが『実用的なAI』と呼ぶもの、すなわち、革新的でありながらリアルワールドの課題に即座に適用できるソリューションを生み出せると確信しています。協創による当社の創造的アプローチは、日本の精密さや倫理基準がAIの進歩の妨げになるのではなく、むしろ推進力になることを示しています」。

ビジネスにおけるAIの戦略的統合

日本の企業は、特に精密さや信頼性が最も重要視される分野において、従来の慣行を尊重しながら革新的な方法でAIを統合する方法を見出すようになってきています。例えばNECは、製造業向けのAIソリューションを通じてこのトレンドを体現。伝統的な職人技と最新技術を融合して、熟練工の専門知識を継承しつつ、製造業の品質検査プロセスを向上させるのに役立ちます。

このソリューションは、経験豊富な検査員が持つ知識の収集、活用を可能とするテクノロジーの提供により、日本のテクノロジー事業者が、製造業における人間の専門知識を置き換えるのではなく、それを強化することを目的として開発を行っていることを示しています。この取り組みは、技術革新を実現すると同時に、日本企業が製造業の卓越性をどのように支えられるかを示す好例です。

同社のコンサルティングサービス事業部門マネージングディレクター、井出昌浩氏は次のように述べています。「日本は非常に専門性が高く、優秀なエンジニアを数多く擁しています。彼らの技術を適切に継承することが、日本の産業競争力を高める基盤となります。AIは、むしろ、消えつつある専門技術を次世代に伝える語り部として、日本社会に欠かせない存在になるでしょう」。

文化を変えるメディアの重要な役割

日本のメディアもまた、失敗やリスクに対する社会の意識を再構築する上で、重要な役割を果たしています。例えば、最近の宇宙航空研究開発機構(JAXA)のH3ロケット打ち上げなど、技術的取り組みに関する報道でも、メディアが世論をけん引。こうした状況について、フォーブスジャパンのコントリビューティングエディター、瀬戸久美子氏は、「メディアは社会が『制御下のリスクマネジメント』と『失敗』を区別する手助けをしなければなりません」と述べています。「H3ロケットの打ち上げ中止は失敗ではなく、フェイルセーフ機構の成功です。AI開発にも同様の考え方が必要であり、挫折は学習機会として捉え直す必要があるのです。

技術開発は試行を繰り返して進展するものです。そうした性質を報道で強調することにより、一般の人々のAIに対する理解を促進し、実験やイノベーションをより支援する環境を育むことができるでしょう。メディアは、計算されたリスクを取り、長期的な成功につなげた事例を紹介するべきです。それによって、イノベーションに伴う不確実性を受け入れるという、カルチャーの変革を促すことができるのです」。

倫理的かつ革新的なAI利用でリード

AIに関するグローバルな動向の中で、日本は、倫理的配慮と技術的進歩の統合、責任あるAI開発のモデルの提供によって、独自の地位を確立しつつあります。この2点に着目することにより、AIは革新的であるだけでなく、社会の価値観とも一致し、国民の信頼を得る上で重要な要素となるはずです。

日本のアプローチは、AIの導入という複雑な課題に取り組む他の国々にとって、貴重な教訓となるでしょう。文化的な課題を戦略的強みに変えることで、日本は人間の価値観を尊重するイノベーションの枠組みを構築しています。この取り組みの成功は、文化的な物語を再構築し、持続可能な進歩を推進するための同国政府、産業界、メディア間の持続的な協力にかかっています。

そうすることで、日本は単にグローバルなAI競争に追随するのではなく、他の国々が追従すべき基準を設定することになります。それは、テクノロジーと人間の経験の調和的な統合を重視する基準となるでしょう。

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2024年12月18日

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