グローバルとローカルの二項対立:オンラインの安全性を向上させるソリューション
経済発展とオンラインの安全性向上には、デジタル管轄域を横断するマルチステークホルダーの連携が最も有効でしょう。 Image: Getty Images/iStockphoto
- 欧州や北米を含む国々で、デジタルガバナンスに関する政策のアップデートが進目られています。
- 経済発展とオンラインの安全性向上には、デジタル管轄域を横断するマルチステークホルダーの連携が不可欠でしょう。
- 今こそ、異なる国々が直面する共通の課題解決に向け、マルチステークホルダーが連携する時です。
8月25日、欧州でサービスを提供する19の大手オンラインプラットフォームと検索エンジンに対し、厳格な規制が施行されました。これ以降、主要なテクノロジー企業は、欧州連合(EU)による新たな法律「デジタルサービス法(Digital Service Act,DSA)」の規定の遵守が求められることとなり、オンライン上の言論と行為は広範囲にわたり管理統制されることとなりました。
こうした画期的な法律に続き、英国は、包括的なオンライン安全法案(Online Safety Bill)を成立させ、来年には、オンラインプラットフォームに対しDSAの要件と重複するリスクベースの義務を課す予定です。
他にも、以下の国々が法律を制定済み、あるいは審議中です。
- オーストラリア:オンライン安全法2021(Online Safety Act 2021)、2022年1月施行。
- ブラジル:フェイクニュース法案(Fake News Bill)、2023年4月導入
- カナダ:デジタルチャーター法(Digital Charter Implementation Act)、審議中
- インド:デジタル・インディア法(Digital India Act)、2023年3月成立
- 米国:2023年2月 Safeguarding Ageinst Fraud, Exploitation, Threats, Extremism and Consumer Harms (SAFE TECH) Act(詐欺、搾取、脅威、過激主義、消費者への損害から保護する法律)、2023年5月 子どもオンライン安全法(Kids Online Safety Act)導入
- シンガポール:オンライン安全法(Online Safety Act)、2022年11月施行
- イギリス:オンライン安全法案(Online Safety Bill)、2023年9月成立
分断するデジタルガバナンス
オーストラリア、ブラジル、米国、インド、カナダなど、多くの国でデジタルガバナンスに関する規定が制定または審議されています。目的は、各国の管轄域内におけるオンラインコンテンツや行為に関して、違法なもの、そして合法ではあるが有害なもを制限することです。
しかし、このような断片的なアプローチにはジレンマが生じています。グローバルなものであるインターネットを管理する法律が、ローカルであるためです。サイバーブリング(ネット上のいじめ)、偽情報、ディープフェイク、ジェンダーハラスメント、児童性的虐待コンテンツ、選挙操作など、ネット上のコンテンツや行為の悪用から生じる危険は、国境を越えた影響を持つ一方、それらを管理する法律は国ごとに異なるのが現状です。
グローバルとローカルの二項対立を越えて、管轄権の主権と基本的権利を尊重しながら、民主国家の連携を強化することは可能であり、実現しなければならないことです。世界経済フォーラムの、グローバル・コアリション・フォー・デジタルセーフティ(Global Coalition on Digital Safety)や、アネンバーグ公共政策センターのモジュラリティ・プロジェクト(Modularity Project)は、その実現に向けた実践的な道筋を示しています。
現実には、国境を越えて危害のリスクがあるにもかかわらず、提案された法的枠組みや義務は国ごとに大きく異なり、混乱や重複、矛盾、コストの増加を引き起こしています。そして、泥沼化するこうした規制の問題は、中小企業がグローバルなオンラインサービスを展開する障壁となっています。
深刻な課題が浮き彫りになる中、進化するテクノロジーは、私たちの仕事、暮らし、遊びのあり方に変化を起こし続けており、規制がそのスピードに追いついていません。
昨年11月30日には、生成AI(人工知能)アプリChatGPTが登場。わずか2ヵ月後には、1億人以上のアクティブユーザーを獲得し、デジタル技術政策に大きな影響を与えています。これを受け、米議会は公聴会を急遽開催。欧州議会は、当時、人工知能(AI)法(Artificial Intelligence Act)に関する交渉の終盤を迎えていましたが、そこに生成AIに関する具体的な規定を新たに盛り込む対応をとりました。
オンラインの安全性確保に、マルチステークホルダー・アプローチ
今こそ、マルチステークホルダーが、国境を越えた課題解決に取り組むべき時です。
民主国家は、基本的権利と管轄権の主権を尊重しながら、国境を越えたオンラインの安全性を向上させるため、条約や迷路のように入り組んだ外交協定の交渉を待つ必要はありません。プラットフォームや市民社会は、今すぐにでも複数の国々と連携し、実用的な共通ルールとそれを運用するためのシステムを作ることができます。
「モジュラリティ」と呼ばれるこの考え方は、複数のステークホルダーが各国政府と協力し、共通の課題に対処するために、管轄を越えて共有される特定の機能、行動規範、プロトコルを、共同で設計・実施する規制アプローチです。参加する国々は、モジュールのアウトプットが自国の法律に沿ったものであるとを認識した上で、その実施の権限を担います。
他の業界では、何十年もの間、グローバルなモジュラー・ガバナンスシステムが導入されています。例えば、独立した非政府の非営利委員会である国際会計基準審議会は、国際的に認識されている企業向けの国際会計規則を定めています。各国の証券規制当局が諮問委員会の委員を務めますが、会計規則に関する権限はありません。
デジタルガバナンスのツールとして、オンラインサービスから生じる潜在的なリスクの特定、評価、軽減、開示を、プラットフォームに課す手法が広まりつつあります。DSA、シンガポールのオンライン安全法、英国のオンライン安全法案、ブラジル、米国、台湾の立法案はすべて、リスク評価の要件を何らかの形で盛り込んでいます。
多国間のリスク評価基準委員会として、モジュールを設置することも可能です。複数のステークホルダーで構成された委員会は、リスク評価を実施するためのベストプラクティスや、プラットフォームの自己評価をレビューする独立監査人のための基準やプロトコルを定めることになります。
デジタルセーフティに関するコアリション
世界経済フォーラムの、グローバル・コアリション・フォー・デジタルセーフティは、最近発表されたリスク評価実施のためのフレームワークで、こうした連携の具体例を示しています。このフレームワークは、法律の管轄域にかかわらず、あらゆる種類や規模のオンラインプラットフォームとサービスから生じるリスクを評価するための、実践的なガイダンスを提供しています。同コアリションは、政府の規制当局や業界の専門家、アカデミアや市民社会のメンバーで構成されています。
現在、欧州委員会は、巨大プラットフォームにリスク評価の実施を義務付けるDSAの規定を施行するための詳細な委任規則を起草しています。同時に、英国の規制当局であるOfcomは、オンライン安全法案の遵守についてプラットフォームへ助言を行う準備を進めています。この2つを含む法律が抱える施行上の課題を、同じプロセスと基準で解決する方法があります。
政策立案者は、施行規則を策定する際に、マルチステークホルダー・モジュールが明確に定義されたタスクを実行できるようにする必要があります。また、参加国の専門家や規制当局が協力し合えるモジュール構成にするべきでしょう。
国境を越えた共通のプロトコル、コード、システムを採用することで、規制当局は、カスタマイズされたルール作りのための時間と費用を削減することができ、そのために基本的な主権を放棄する必要もありません。こうした取り組みが、デジタルガバナンスに関する国同士の連携を強化し、インターネットの地理的分断の進行を食い止める助けになるのです。
また、規制の合理化は、より多くの小規模なプラットフォームを成功に導くでしょう。ChatGPTのようなアプリが、突如としてまた現れ、急速に普及した場合にも、ステークホルダー・モジュールをアップデートするだけで対応できるとすれば、政府の規制を改正するよりもはるかに効率的でしょう。
最初のモジュールを作成、承認、管理するのは容易なことではありません。拡大する一連のデジタル規制「ブリュッセル・エフェクト」に自信を持つEUは、施行の権限がとどまるとしても、デジタル規則の策定権や監督権を譲り渡すことに消極的かもしれません。
しかし、規制当局とマルチステークホルダーが連携し、異なる国々が直面する共通の課題への実践的なソリューションを見出すことで、国際的な調和を促進し、効果的なデジタルセーフティとガバナンスの成果を実らせるための道筋が築かれるでしょう。
オンライン安全規制の複雑な状況を改善するためには、ステークホルダーが迅速に行動を起こし、多国間モジュラーアプローチへと政策立案者たちを導くべきです。世界経済フォーラムのコアリションのようなマルチステークホルダーによる組織は、こうした目的を果たす上で、規制当局と効果的に連携することができる機会を提供しています。
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