産業界をネットゼロの軌道に乗せるための5つのステップ
重工業が脱炭素化を実現しなければ、ネットゼロの未来はありません。 Image: UNSPLASH/Christopher Burns
Roberto Bocca
Head, Centre for Energy and Materials; Member of the Executive Committee, World Economic Forum- 重工業の脱炭素化を徹底的に加速しなければ、2050年までにネットゼロ・エミッションは達成できません。
- 世界経済フォーラムがアクセンチュアと共同で開発した初のネットゼロ・インダストリー・トラッカーは、課題の規模を明らかにし、産業界をネットゼロの軌道に乗せる方法に光を当てています。
- データのギャップに対処することで、解決手段がよりクリアになり、課題解決のペースが上がります。
- ネットゼロの実現に必要なテクノロジー、インフラ、需要シグナル、政策、投資を促進する、具体的な行動を起こすことが、これまで以上に急務となっています。
業界全体の課題には
今日、産業部門が世界のエネルギー消費に占める割合は40%近くにのぼります。また、世界の温室効果ガス排出量において産業部門は30%以上を占めています。このうち約80%は、鉄鋼、セメント、アルミニウム、アンモニア、石油・ガスの5つの産業から排出されています。エネルギーや産業用製品に対する需要は、2050年までにさらに30%から80%増加すると予測されています。産業界の脱炭素化を徹底して加速しなければ、産業排出量は需要増とともに増加する一方です。つまり、世界が目指すネットゼロ達成がますます遠のきかねないということです。
業界レベルの解決策が必要
産業界の脱炭素化が実現しなければ、ネットゼロの未来はありません。課題の範囲や産業部門にとってのさまざまな機会を理解し、産業界における脱炭素化の進捗を包括的に一貫して追跡することが、極めて重要です。
このため、世界経済フォーラムは、透明性を高め、産業界の変革を加速させるためのネットゼロ・インダストリー・トラッカーを立ち上げました。このイニシアチブは、ネットゼロに向けた産業界の進捗をモニタリングするための包括的な枠組みを提供。加えて、産業界のリーダー、政策立案者、消費者に、最も重要で効果的なアクションに関する洞察を紹介しています。
産業がネットゼロを達成するための5つのアクション
トラッカーに関する初回報告書の洞察に基づき、産業排出量が多い5つの産業のステークホルダーに対する5つの提言をご紹介します。
1. 「低排出」生産の閾値を定義して脱炭素化の軌道に乗せる
ネットゼロ目標は長期的な目標を定めるために必要ですが、前年比での進捗を促すには不十分です。基本素材および石油やガスについては、国際的な持続可能性基準により、ネットゼロの世界における「低排出」生産の指標となる、排出原単位の閾値を設ける必要があります。これらの閾値は、技術に関わりなく、かつ、さまざまな製品仕様を考慮しなければなりません。例えばセメントのクリンカ比や、アルミまたは鉄鋼のスクラップ含有量などです。アルミニウム・スチュワードシップ・イニシアチブ(Aluminium Stewardship Initiative)やレスポンシブル・スチール(Responsible Steel)などの業界基準、およびマルチステークホルダーコラボレーション(G7参加国の重工業部門でネットゼロを達成する国際エネルギー機関(IEA)の提言など)は、各部門のしきい値を定義するために不可欠になるでしょう。
現在、5つの産業のいずれにおいても、IEAの「Net Zero by 2050 Scenario(2050ネットゼロシナリオ)」で概説されている2050年排出量の閾値を達成するには大きなギャップを埋める必要があります。
2. クリーンテクノロジーのコストを低減するための官民の投資課題を設定する
多くの低排出生産技術が大規模に実証されており、例えば、天然ガスでは80%、セメントと鉄鋼では95%、アンモニアでは-100%と、排出量を劇的に削減することができます。ところが、これらの技術は従来のものに比べるとコストが格段に高くなっています。現在の開発ペースでは、2020年代後半までに低炭素技術が商業的に利用可能になることはおろか、競争力のあるものになるかもはっきりしません。つまり、そうした態勢が整うのは、鉄鋼は2025年、セメントとアルミニウムは2030年以降になるということです。今後、規模の経済、効率性の向上、さらなるイノベーションがコスト低減を後押しする可能性が高いと思われます。ただし、それはより本格的なプロジェクトが展開された場合にのみ、実現可能です。パブリックセクターと企業が一体となり、全世界でこのようなプロジェクトを早急に増加させる必要があります。
3. 低炭素化への需要を促し、生産者の透明性と可視性を確立する
産業の脱炭素化の資本要件として、2050年までに2兆米ドル以上の支出が必要と試算されています。こうした投資は、低排出製品に対する需要とグリーン・プレミアムが存在し、生産者と投資家が必要なリターンを得られる場合にかぎり、実現可能です。今のところ、消費者の間でプレミアムを支払おうという意欲やその能力は確認されていません。産業界のステークホルダーが低排出製品に対する需要シグナルを強化し、規模を拡大することが重要です。グリーン製品の購入数量と価格を可視化するために、官民のバイヤーのコミットメントが欠かせません(例えば、ファースト・ムーバーズ・コアリション(First Movers Coalition)やクリーンエネルギー大臣会合産業深層脱炭素化イニシアチブ(Clean Energy Ministerial IDDI)。また、カーボンフットプリントに関する製品表示基準は、材料の差別化を促し、プレミアムの支払いに対する消費者の意欲を高めます。
4. ネットゼロ政策と規制を増強し、低炭素製品生産者に平等な競争環境をつくる
グローバルな競争力を維持することは、産業界のリーダーたちと各国政府の最優先事項です。コストのかさむ低排出生産設備に投資するファースト・ムーバー(最初に参入したプレーヤー)は、その競争上の優位が低下するリスクを負うことになります。公平な競争環境をつくり、低炭素市場に進出するインセンティブを企業に与えるためには、安定的で野心的な政策枠組みが必要です。一方、各国政府は、経済的に存続可能な市場の構築を促すことが必要です。国境調整メカニズムと組み合わせたカーボンプライシングは、炭素リーケージのリスクを抑える可能性のあるアプローチの一つです。そのほか、炭素契約、特恵的な公的調達(California Buy Clean Act(カリフォルニア・バイ・クリーン法)など)、材料の義務化や割り当てなどのアプローチもあります。
5.投資リスクを軽減し、資本を呼び込むために、リスク共有メカニズム、グリーンタクソノミー、公的資金調達を促進する
イングランド銀行(英中央銀行)元総裁、現国連気候変動対策・ファイナンス担当事務総長特使であるマーク・カーニー氏は、今年ダボスで開催された年次総会において次のように宣言しました。「産業革命と同様の規模のエネルギー変革を、デジタルトランスフォーメーションのスピードで起こす必要があります。そのためには、金融革命が必要です」。
産業の脱炭素化には莫大な資金が必要です。例えば、必要とされる追加資本支出は、鉄鋼業界の40%を資本増強することに匹敵します。企業のリスク・エクスポージャーを減らし、資本流入を促すためには、革新的なリスク共有と資金調達の仕組みが重要になります。これまでにない商業規模の資産に資本を呼び込むためには、多国間の官民連携、産業やバリューチェーンを超えたジョイントベンチャー、サステナブルな金融タクソノミー、助成金や低利融資、譲許的融資といった公的な資金調達などが必須となります。
総力をあげた取り組みとは、すべてを受け入れるということ
抜本的な変革がなくては、産業用製品の需要増とともに産業排出量も増加するでしょう。世界は、産業界の脱炭素化という課題に総力をあげて取り組む必要があります。これは、透明性とコラボレーションを全面的に受け入れることを意味します。産業界が一丸となって努力することが、ネットゼロを達成する唯一の方法です。
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