し烈さが増すインドのIT人材獲得競争

インドでは、IT技術者にとってかつてないほど恵まれた時代が訪れている。
Image: 2021年 ロイター/Danish Siddiqui
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デジタルエコノミー
インドでは、IT技術者にとってかつてないほど恵まれた時代が訪れている。デリーに拠点を置く、あるフィンテック新興企業の新人は、BMWのオートバイの無償供与が約束され、17日にドバイで始まるT20ワールドカップ(トウェンティ20方式のクリケットの世界選手権)観戦ツアーもプレゼントされる。外国ブランドへの憧れが強く、まるで宗教のようにスポーツに熱狂するインドのお国柄からすれば、いずれも非常に魅力のある特典だ。
こうしたインセンティブが必要になったのは、インドのハイテク産業が成熟期を迎え、国内のIT人材需要が膨れ上がっているという事情も反映している。米国のシリコンバレーは20年余り前にこの状況を体験。中国は10年前から今もその渦中にある。エコシステム全体を通じて適切な訓練と経験を持つ人材が痛切に不足しており、特に急速に拡大を続けるチームを監督するのに不可欠な中間から上級レベルの管理職が足りていない。
IT人材のひっ迫は、インドに外資が流入して企業価値10億ドル(約1,130億円)以上の新興企業、いわゆる「ユニコーン」がすさまじいペースで生まれていることが一因だ。背景には、インドにおけるデジタル技術普及の驚くほどの速さがある。カウンターポイント・リサーチによると、2015年末段階で2億5,000万人だったスマートフォン利用者数は現在、5億5,000万人に達している。
クレディ・スイスが3月に試算したところでは、インドのユニコーン100社の合計価値は2,400億ドルだった。先週には新たに3社が誕生。食肉の流通・宅配サービスを手掛けるリシャスや、暗号資産(仮想通貨)取引プラットフォームのコインスイッチ・クバーで、後者はカリフォルニア州を本拠とするベンチャーキャピタル企業アンドリーセン・ホロウィッツによる初のインド投資先の座を勝ち取った。残るユニコーン1社は、クラウドキッチン方式でインターネット飲食店を運営するレベル・フーズだ。
既存のユニコーンも猛スピードで事業を拡大。ソフトバンクグループが出資する配車サービス大手オラの電動二輪車部門、オラ・エレクトリックは3カ月足らずで企業価値が52億ドルとほぼ2倍になった、と事情に詳しい関係者は話す。7月に初の製品となる電動スクーターの予約受付を開始してからたった24時間で10万台余りを受注したことがきっかけだった。
これで拍車が掛かったのは、ベンガルールにあるオラの新拠点での人集めだ。ここは電気自動車(EV)の設計やスクーターの走行試験が行われているほか、未来型のキッチンでビリヤニなどの料理が作られている。オラは、ウーバーと競合している配車アプリを利用した料理宅配サービスにも進出しており、同拠点で働く従業員は4,000人に上る。
IT技術者の獲得競争があまりにし烈なので、オラの共同創業者バービッシュ・アガルワル氏からは、一部の業務をサンフランシスコの「低コスト」センターに移管するのを考えないといけないといった冗談まで飛び出した。何十年にもわたるハイテクブームの結果、米国で一、二を争うほど住宅価格が高いサンフランシスコでさえ安上がりに見えるほど、インドでの人材獲得コストが跳ね上がっていることを意味している。
インドでは新興企業がわが世の春をおう歌しているだけでなく、西側企業からの外注で発展してきた従来のIT企業も、引き続き堅調な需要環境を享受している。新型コロナウイルスのパンデミックで企業のオンライン化が一層進んだためだ。50万人を雇用するタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)は未曽有の規模で採用を拡大し、急激に早くなった従業員の回転と格闘中だが、これは業界全体の問題にもなっている。
TCSが8日発表した7〜9月期の売上高は16%増加。ゴピナタン最高経営責任者(CEO)は、銀行や企業が外注を増やし、気候変動評価能力などの構築を急いでいるので、今後も顧客からの需要は強いと自信を見せた。ただ賃金上昇は、この業界が重視する営業粗利益率を脅かしかねない。同業インフォシスも同じように過去10年で最も高い成長を遂げている半面、従業員の給与支払いが増大しつつある。
人材獲得競争を助長する要因として、インドの伝統的な大手企業が対面サービスのデジタル化に奔走している点も挙げられる。複合企業リライアンス・インダストリーズを率いる富豪のムケシュ・アンバニ氏が進めているのは小売り実店舗のオンライン化。タタ・グループのトップは、消費者が1つの画面で宝石から自動車の購入、ホテル予約まで何でもできる「スーパーアプリ」の試験を行っている。政府が中小企業向け融資市場を一変させる新たなデジタル・インフラの導入を後押しする中で、銀行勢も取り組みを早急に強化しているところだ。
インドは世界中からIT案件の外注が集まる場所だったが、逆に外注しなければならなくなる近未来も見えてくる。国内のIT技術者はこれまでに大規模プロジェクトの運営経験を積んだことで、海外で働ける能力が身についた。人材の奪い合いで、既にアマゾン・ドット・コムやマイクロソフト、フォルクスワーゲン(VW)といった多国籍企業やJPモルガンをはじめとする世界的な銀行など、競争相手が増えているインドのIT業界にとっては、頭痛の種がさらに増える形になる。もっともパンデミックで経済が痛めつけられたインドにおいて、人材獲得競争を制する道をいかに見つけ出すかという問題は、少なくとも贅沢な悩みとは言える。
*この記事は、Reutersのコラムを転載したものです。
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