医療システムに潜む深刻な「質」の問題、改善に向けた対応策とは
低・中所得国では、医療の質が不十分であることが原因で毎年570万人の命が失われている Image: REUTERS/Damir Sagolj
Gabriel Goldschmidt
Director, Latin America and the Caribbean, International Finance Corporation (IFC)Muhammad Ali Pate
Julio Frenk Professor of Public Health Leadership, Harvard T.H. Chan School of Public Health開発途上国で、治療が必要な人が助からずに亡くなってしまう一番の原因は何でしょうか。「医療へのアクセスの欠如」と思われる方が多いでしょうが、実はそうではありません。「良質な医療システムに関するランセット・グローバル・ヘルス委員会」は先ごろ、低・中所得国では、医療の質が不十分であることが原因で、毎年570万人の命が失われていると報告しました。これに対し、医療そのものへ手が届かないことが原因で亡くなる人は、毎年290万人。つまり、多くの国では、医療自体が受けられないからではなく、低質な医療を受けたために、命を落とす可能性の方が高いのです。
9月に開催された国連総会のハイレベル会合では、2030年までに、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成を決意する宣言が、各国の首脳や政府代表によって採択されました。これは、グローバル・ヘルスの向上に向けて、政治的合意が得られた重要な瞬間であり、非常に有意義な進展です。UHC実現への道を歩みつつある中、今こそ、この決意を具体的な取り組みに結びつけるとともに、医療の質をその中心的な課題に据えなければならない。世界銀行グループはそのような思いを強めています。
世界銀行グループは先ごろ、コロンビアの首都ボゴタで、コロンビア政府と共催した会議において、医療分野の質の向上に向けた助言を発表しました。この助言は、最前線の医療現場の質を高める上で関わってくる、すべてのステークホルダー(医療提供者、保険会社、地方自治体、政府、患者など)を対象としたものです。そして助言の内容は、世界銀行と国際金融公社(IFC、新興国の民間セクター開発を支援する、世界銀行グループの一機関)が開発した、医療システム全体の質を評価するまったく新しいツールを試験的に利用することでした。
この助言をコロンビアで発表したのには理由があります。コロンビアでは、2006年に優先的に取り組むべき分野として、初めて医療分野における質の向上が確認でき、それ以来、政府は、見事に主導的な役割を果たしてきました。これを受けて、世界銀行グループは、コロンビア政府と協力してより具体的な成果を上げたいと強く望んでいるからです。
世界銀行グループの専門チームは、良質なことで知られる世界中の医療システムの、包括的な手法とノウハウをベースに、コロンビアの医療システムの長所と短所を総合的に分析し、全国民のために医療水準を向上させる助言を策定しました。ボゴタでの会議では、この分析結果も公表されました。その結果を踏まえて、世界銀行グループは、医療の質の向上に向けて財政支援を行い、コロンビア政府と医療分野のステークホルダーの多くも、取り組みを精力的に推進していく予定です。この支援と取り組みの中心となるのは、政策と規制の枠組みの強化で、決済システムの改革を通じた報奨金などが含まれます。一方、IFCは投融資や助言サービスにより、民間の医療提供者を支援していくことになります。
コロンビアは、医療保険加入率が94~96%と他の中所得国に比べて平均を大きく上回っており、UHCをほぼ達成している国といえます。それでも、医療の質という面では、まだまだ改善すべき点が多いのも事実で、他の中所得国と同様に、妊産婦死亡率は依然としてきわめて高く、社会集団ごとに、医療の質と医療へのアクセスに深刻な格差も存在しています。例えば、小児科医の診察を受けるのに、都市部では、平均で1週間待つだけで済みますが、農村部では、平均で1カ月以上待たなければなりません。また、50~69歳の女性で、マンモグラフィーによる乳がん検診を受けているのは、全国平均では3人に1人ですが、最貧困地域では、100人に1人と極端に少なくなっています。こうした格差も是正していかなければなりません。
コロンビアで実施した医療の質の評価では、その一環として、医療システム全体の質を評価する世界銀行グループのツールと、施設レベルの医療の質を評価するIFCの品質評価ツールを組み合わせて利用し、医療分野における質の差を総合的に評価しました。
IFCは、誰もが良質な医療を、支払い可能な費用で受けられるようにするという重要な使命を胸に、世界の200以上の病院、診療所、保険業者、製薬会社、薬局を対象に、アクティブ・ポートフォリオによる資金200億ドルのうち20億ドルを投資するとともに、助言を行ってきました。「医療の質は影響力が大きく、改善すべき問題ではあるが、どう取り組むべきか分からない部分もある」と語るクライアントも少なくありません。そのような背景から、これまでの投資運用で、医療の質に関するノウハウを蓄積してきたIFCでは、助言サービス部門を拡大しつつあります。
IFCが提供する品質評価ツール「IQヘルスケア」は、医療の質を評価する草の根レベルのツールで、これにより、インフォームド・コンセントの徹底、医薬品の安全管理、施設内感染の予防など、施設レベルでの多種多様な問題に取り組むことが可能になります。IQヘルスケアは、「初期評価」「助言」「追跡調査」の3段階で構成されています。「初期評価」では、対象施設が8つの重要な分野で、34の国際基準をどの程度達成しているかを評価します。さらに、施設の視察も実施します。そして「助言」の段階では「初期評価」で特定された問題に、IFCが対処します。さらに「追跡調査」では、助言した対応策が、どの程度実行されているかを半年から1年後にチェックします。
IFCはこれまでの活動の中で、世界中の医療施設が、医療の質の問題にとても意欲的に取り組んでいることを実感しており、これは大きな励みになっています。IFCの品質評価ツールは、これまで、2年に満たない短期間のうちに、コロンビアをはじめエジプト、エチオピア、メキシコ、ネパール、パキスタン、ウガンダなど30以上の国で活用されています。
医療システムの質の改善への道は、まだまだ始まったばかり。しかしながら、世界銀行グループとIFCのノウハウを組み合わせて、トップダウンとボトムアップの2つの方式で取り組めば、必ず効果が表れると確信しています。事実、質向上という意識を、医療システムのあらゆるレベルにおいて定着させることがいかに重要であるかを、さまざまな国の政府や施設が、これまでにないほど強く認識するようになりました。医療システム全体の質を評価する世界銀行グループのツールが、世界中のあらゆる地域で活用されるようになることを期待せずにはいられません。質向上という意識を医療システムに定着させる。それこそが、確実な救命と、お金を使って得る医療ケアにより、私たちが維持している健康の更なる向上につながるのです。
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Naoko Tochibayashi and Mizuho Ota
2024年11月8日