女性のキャリアにおける理系離れを食い止めるには
前途多難な道のり。職業選択も、社会障壁という構成概念と無縁ではいられません。 Image: Reuters/Suzanne Plunkett
ジェンダーバイアスの存在は、グーグルを使った単純な操作で例証できます。グーグル翻訳で、「彼女は科学者です。彼は看護師です」と英語で入力してみてください。
その文章を、ジョージア語やトルコ語のような、代名詞に性別がない言語に自動翻訳します。
翻訳後の文章を、再度、翻訳して英語に戻すと、自動翻訳では、「彼は科学者です。彼女は看護婦です」に変わってしまうのです。
まさに、悪魔は細部に宿るというように、アルゴリズムにもジェンダーバイアスが潜んでいるのです。
2015年の「ユネスコ・サイエンスレポート:2030年に向けて(UNESCO Science Report: Towards 2030)」によると、STEM(科学、技術、工学、数学)分野では、世界の学士号や修士号取得者の53%を今や女性が占めているにも関わらず、研究者の中で女性が占める割合はわずか30%。女性は男性に比べてはるかに高い割合で、この分野を離れてしまうのです。社会的投資や個人の努力が無駄になってしまっているだけでなく、女性をSTEM分野のキャリアにつなぎとめる上で構造的問題があるということを、この結果は示唆しています。
さらに、生命科学分野では、多くの国で男女の均衡が達成されているのに対して、エンジニアリングやコンピューターサイエンスといった、アルゴリズムと直接関係がある分野では、女性の数は一貫して少ないままです。
職業選択には、社会障壁という構成概念がつきまといます。そして社会障壁をつくりあげているものは、私たちが、自らや子どもたち、そしてお互いに語り続けている物語に他ならないのです。
このような、ポジティブなナラティブ(語り口)の欠如、生来のジェンダーバイアス、女性をSTEM分野のキャリアへと導くパイプラインの構造的欠陥等については、今までも多く語られてきました。しかし、実際には、科学や技術の発展過程における、女性の不在や数の少なさが、このような結果を招いているのではないでしょうか。
こうした不均衡は、これまでも人類の歴史において悪影響を与えてきましたが、アルゴリズムやAI(人工知能)、機械学習が社会的および経済的成果に直接影響を及ぼす時代に向かう今、私たち全てに悪影響を与えることになるかもしれません。
二分論の世界
例を示すために、ナラティブの話に戻りましょう。この春、人類の探検の最先端において、STEM分野の女性が直面する日常的な試練を浮き彫りにする、ふたつの出来事が起こりました。
2019年4月、史上初めてブラックホールの姿が明らかになりました。ブラックホールの撮影には地球サイズの望遠鏡の建設が必要で、これまで不可能なミッションと思われていましたが、既存の望遠鏡のブラックホールのデータをつなぎ合わせるべくアルゴリズムを利用することで、撮影が実現したのです。
マサチューセッツ工科大学のコンピューター科学者、ケイティ・バウマン氏が、この画像化プロセスで重要な役割を果たしました。彼女の話と、画像データのハードドライブを山詰みにした写真がネットで広まると、すぐに彼女は、もう一人の著名なコンピューター科学者、1960年代に人間を月へと送るアポロ計画でプログラミングを行った、マーガレット・ハミルトン氏と比較されるまでになりました。
しかし、ケイティ・バウマン氏自身が、世界中の科学者から成る素晴らしいチームの一員だとはっきり述べたにも関わらず、オンライン上では、彼女の功績はでっち上げだと主張して、彼女の担った役割を軽視しようとする、一部のネットユーザーによる荒らし行為がありました。
ブラックホール撮影画像が公表される一カ月前の、2019年3月には、アメリカ航空宇宙局(NASA)が、予定されていた史上初の女性だけの船外活動を中止する事態に追い込まれました。
理由は、女性宇宙飛行士に合う宇宙服の数が足りないという、滑稽としか言いようがないものでした。これまでの宇宙開発計画者たちは、女性はどのフライトチームでも常にごく少数にすぎないと、決めてかかっていたに違いありません。
その結果、船外活動予定だった女性飛行士の一人が、男性飛行士と交代させられることになりました。
この一部始終は、目に見えないバイアスが引き起こす、女性が遭遇しがちだけれどもほとんど議論されていない経験を、如実にさらけ出しています。世界は、宇宙も含めて、主に男性により男性のために設計、開発され、男性にとっての「当たり前」を中心に回っているようです。
女性を引き込むために
では、STEM分野に女性を惹きつけ、つなぎとめるにはどうすればよいでしょうか?さまざまな国があらゆる課題に直面しています。
最近の研究では、一定条件下にある社会において、女性がSTEM分野の専門家というキャリアに興味を引かれなくなるという現象には、複数の複雑な理由があることが示唆されています。
しかし、中でも大きな要因と思われるのは、親の期待や社会規範、情報不足といった環境下で将来の夢が形作られ、その結果、キャリア選択に悪影響を及ぼしてしまうこと、そして、女性の参入や地位向上を妨げる、制度上のバイアスです。
研究者の需要が増大し、科学界の多様性を促す必要性が高まりつつあるにも関わらず、STEM分野でのジェンダー平等は、依然として困難な課題です。しかし、ジェンダー平等の実現を優先課題として積極的に動かなければ、問題が自然に解決することはないでしょう。
全てのケースにあてはまるソリューションはありませんが、解決策は必ずしも多大な費用を伴うものである必要はありません。
国連の、開発のための科学技術委員会(CSTD)では、ジェンダー平等の実現という難題に取り組み、この問題を取り巻くナラティブを変えようとしています。5月に開催された直近のCSTDセッションでは、デイム・ウェンディ・ホールや、デイム・ジョスリン・ベル・バーネルといった、STEM分野を牽引する世界の女性たちが、専門知識や経験を共有すべく、一堂に会しました。
デイム・ジョスリン・ベル・バーネルは、この問題に関してこう述べています。「女性を欠いた職場は、才能を逃してしまっているのです。職場の多様性を向上させることで、男性だけの職場に比べて、より力強く柔軟で、生産性の高い職場へと発展できます」。
CSTDは、研究の現場における格差是正や女性の地位向上をいかに推進するかに関して、科学や技術、イノベーションの政策担当者に向けた、具体的な勧告を伴う対話にも着手しています。
政策レベルでのナラティブの変革は、この問題に関する私たちの意識変革を促進する、最初の一歩です。法による上からのアプローチは、心温まる話による下からのアプローチと、対になって機能します。
勧告では、研究職への女性の参入促進、社会規範、研究設計、研究資金配分機関に関して主に取り上げています。
シャーリー・マルコム氏、ロンダ・シービンガー氏、ドロシー・ナジラ氏、ロシュニ・アベディン氏による、CSTDへの寄稿は全て、高い研究レベルを担保しながらジェンダー平等に配慮した活動を促進するための、研究資金配分機関の責任について指摘したものでした。
女性を科学の道へと導き、つなぎとめるべく、これまで数々の取り組みに多くのエネルギーや情熱、資金が注ぎ込まれてきましたが、満足な結果が出ているとは依然として言えない状態です。今後は、女性がSTEM分野で心穏やかに成功を収められるという自信が持てるような環境の構築を、政策、家庭、学校、職場環境の各面から促進していくことが求められます。
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