湿地帯が、気候変動や生物多様性のカギとなる理由とは
レバノン、アミー(Ammiq)湿地帯のブロンズトキ。 Image: Reuters/Ali Hashisho
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環境と資源の安全保障
- 湿地帯には気候変動と異常気象による影響を緩和させる可能性があるものの、これまで見過ごされてきました。
- 1970年以降、世界の湿地帯の3分の1以上が消滅しています。
- 湿地帯保護のため、政策立案者は数値化できる目標を立なければなりません。
気候変動対策の中で自然を活用しようとする時、最も経済的で効果的な方法は何でしょうか。答えは、世界中の湿地帯を保護し、回復することです。湿地帯とは、こけに覆われた湿原や湖、マングローブ湿地や泥沼、泥炭地や河川、干潟、草に覆われた氾濫原の低湿地帯などを指します。
では、温暖化が急速に進む世界で、異常な洪水や干ばつを防ぐ最も効果的な方法は何でしょうか。それも、湿地帯を保護し、回復することです。
生物多様性がもたらす生態系の中で、森林より早いペースで消滅しているにも関わらず、これまで生物多様性条約(the Convention on Biological Diversity)交渉ではほとんど注目されてこなかったものは何でしょうか。そうです、これも湿地帯です。
科学者、自然環境保護推進者、政策立案者の誰もが、気候変動と生物多様性保護に関する議論の中で、世界中の湿地帯がもたらす生態学上の多くの恩恵をあまりにも軽視しています。その結果、東南アジアのマングローブ湿地から南アフリカの草々が茂る湿地帯、中央アフリカの木々の生える湿地帯に至るまで、人々は何ら罰せられることなく干拓や堰き止めを続けています。
英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)においては、2030年までに森林破壊に歯止めをかけ回復に取りかかるとする宣言に各国が署名しました。しかし湿地帯に関しては、非常に重要な天然の炭素貯留庫であるにも関わらず、その消失を食い止め、干拓地を湿地に回復させるという、森林破壊対策と同等の申し合わせはほとんどありませんでした。
また、スイス、ジュネーブで開催された「ポスト2020生物多様性枠組(the post-2020 global Biodiversity Framework)」に関する検討を行う生物多様性条約の交渉会合でも、ほぼ同じことが起きました。湿地帯は地球表面のわずか7%を占めるに過ぎませんが、世界中の動植物の40%が生息し、森林より生物多様性が高いにも関わらず。
ある指標によれば、地球に存在していた湿地帯の80%以上がすでに消失しています。その3分の1以上が消滅したのは1970年以降。これは他のどの主要な生態系よりも速いペースです。干拓や堰き止めは、森林伐採よりもはるかに多くの損害を自然界に与えています。
世界の湿地帯の保護、回復を今後も軽視し続ければ、気候変動や生物多様性の目標はほぼ達成できなくなることでしょう。湿地帯は、環境保護交渉という「舞踏会」において、真価を認められない「シンデレラ的」存在であり続けるのです。
海岸沿いのマングローブ湿地は、ヘクタール当たり、近隣の熱帯雨林の4倍もの炭素を貯留。泥炭地を干拓し続けるだけで、地球全体の炭素排出量が5%以上増大します。しかし、マングローブ湿地や泥炭地の重要性は、カーボンキャプチャー(二酸化炭素回収)の役割を果たすことに留まりません。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告書は、湿地帯などの生態系が高温、火災、干ばつに対して脆弱であることに注目し、このような生態系の消失により大量の温室効果ガスが放出され気候変動が増幅する、と警告しています。しかし、気候変動から人や野生生物を守るために湿地帯が果たす重要な役割については、あまり語られていません。
湿地帯はスポンジのような役割を果たし、雨が止んだ後も長期間、貯水、放水することで河川流量を維持し、渇水を緩和させます。また洪水対策にもなります。2021年7月、ドイツ北西部で河川が氾濫し200人以上が犠牲となった際には、気候変動による豪雨が要因であると非難されましたが、泥炭地上流に作られた干拓地がその一因であることに気付く人はほとんどいませんでした。干拓を行ったために泥炭地が雨を吸収できなくなり、雨はたちまち地面からあふれ、川の中へ流れ込んだのです。
湿地帯は山火事も防ぎます。南米の中心にある世界最大級の熱帯性湿地帯のパンタナール湿地帯は、2020年にその4分の1が焼失。火災の大半は、農業開発が進んでいる北部で発生しました。
消失した湿地帯の回復は、気候災害による被害を抑えるために不可欠です。2021年の洪水後、ドイツ政府は被害修復のために300億ユーロを確保しました。しかし湿地帯のスポンジ機能をも修復しなければ、このような洪水は何度も起きることでしょう。
この問題に気づいている国もあります。インドネシアは、250万ヘクタールの乾燥した泥炭地帯を湿地に回復するために干拓を中断し、海岸沿いのエビ養殖業のために伐採された60万ヘクタールのマングローブ湿地を回復させることを予定しています。私たちの組織では、アフリカ各国政府と協力し、大しけや高潮から海岸線を守るために100万ヘクタールのマングローブ湿地の回復に取り組んでいます。
湿地帯が、世界規模のさまざまな問題に対する有効な解決策となることは、科学によって明らかになっています。干拓を中断したり、自然再生への障害を取り除いたりして湿地帯を回復する方法は、多くの場合安価に行うことができです。不足しているのは、政策立案者の背中を押し、責任を負わせるための数値化できる目標です。
私たちは、現存する湿地の最低30%を保全のための正式な管理下に置くことを提案します。そしてその保全計画制度により、自然が残る未開墾の湿地はすべてそのままの状態で保持し、それ以外の湿地については生物多様性の価値を前面に出し、管理していくことを確実にします。
さらに私たちは、2023年までに、人間の活動により被害を受けた湿地帯の少なくとも20%を回復することを提唱します。これには最低1,000万ヘクタールの泥炭地の回復と、マングローブ湿地面積の20%増が必要です。干潟は護岸を撤去することで少なくとも10%増やし、渡り鳥にとって重要な湿地として特定された7,000カ所のうち少なくとも半数は、渡り鳥が必要とすることを優先して管理しなければなりません。
そして最後に、私たちがすべきことは、特定の湿地帯だけでなく、水系全体を保護、回復することです。河川はその水源から海に至るまで、湿地帯を潤し、また湿地帯から水を得ているのです。水系は風景をつなぐ存在であり、他の生態系を維持しています。私たちが湿地帯を保護、回復しない限り、森林や海洋を保護するための目標は達成されません。
世界中の残存する自然河川は、ダム、堤防、砂の採掘から保護し、管理河川は可能な限り、自然河川のように流れるようにすることが求められるのです。
しかし、目標達成以上に必要なのは気持ちのリセットでしょう。多くの人々は未だに、湿地帯に対して不思議と悪い印象を持っています。そこは豊かな生態系というよりも、じめじめとした悪地と感じています。それでも、薄気味悪いジャングルは、20世紀には魅力的な熱帯雨林というイメージに生まれ変わりました。21世紀には、苔むす湿地、泥沼、木の生えた沼地も同様に生まれ変わる必要があります。私たちの気候や生物多様性の目標達成、そして何億もの人々の安全と暮らしは、気持ちのリセット次第なのです。
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