世界はデータに溺れている。金融市場のように取引するには?
取引情報が、データ共有とアクセスを解放へ。 Image: Getty Images/iStockphoto
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ビッグデータ
- データ取引市場は、データがオープンかつ効率よく、信頼のおける方法で取引されることを可能にます。
- データは商品として従来の金融資産とは異なる性質を有しています。
- データ取引のために、価値評価と規制に関する新たな基準の作成が必要です。
デジタル革命により、世界はデータで溢れています。2025年には年間175ゼタバイト(175兆ギガバイト)という驚異的な量の新しいデータが生成されると予想されており、これは2018年の5倍に相当します。これらのデータの大部分はサーバーやハードディスクの中に置かれたままで、分析もされず、共有すらされないこともあります。
データは適切な人の手に渡って初めて価値を持つものです。ある人にとって無意味な統計データであっても別の人間にとっては非常に価値のあるものになる、といったことが起こり得ます。この別の人間が疫学者や気候科学者、災害対応にあたる救急隊員であった場合、共有されたデータの価値は人命に換算することさえできるのです。
世界経済フォーラムはこの課題を認識し、「共通目的データ・イニシアチブ(DCPI)」を立ち上げました。個人のプライバシー権を保護・尊重しながら、共益のためにデータ価値を開放することを目的にマルチステークホルダー・コミュニティと協働しています。幸いなことに、すでにいくつかの組織・団体がデータをより広くアクセス可能にすることの重要性を認識していますが、目的の実現までの道のりはまだ長いといわざるを得ません。
データ利用とデータ駆動によるインサイトを促進するアイデアの一つとして、データ取引市場が挙げられます。データ取引市場とは情報そのもの、または特定の条件下で情報にアクセスする権利を、オープンかつ効率よく、信頼のおける方法で取引できるプラットフォームを指します。このアイデアのわかりやすい例えに金融市場があります。データ取引市場への参加者は、株式や債券、商品先物を売買するように、医療や製造業などの幅広い分野で収集された情報を取引するのです。
このコンセプトは現在、インド、コロンビア、日本でそれぞれのデジタル戦略を達成するための仕組みとして検討・開発されています。2021年後半、コロンビア政府は第四次産業革命コロンビアセンターとDCPIとともに、広範なデジタル化の取り組みの一環として、同国で展開されるデータ取引所のフレームワークを考案しました。
第四次産業革命ノルウェーセンターも、DCPIと協力し、同センターの船舶排出量追跡イニシアチブをさらに発展させ、気候関連対策としてその知見を活用することに取り組んでいます。また世界経済フォーラムはData Marketplace Service Provider(DMSP)をデータ取引市場の主要な運営者および管理者の候補として提案しています。
ここで注目に値するのは、データの資産としての特異性です。データは他のデータとの組み合わせや再結合を通して価値を獲得し、その都度異なったインサイトを生み出すことができるため、独自の価値を持つことになります。従来の金融資産やそのオルタナティブ資産にはこのような特徴は備わっていません。
データはコピーできるが、株式はコピーできない
では、データ取引市場とニューヨーク証券取引所・ナスダックのような金融市場との間にはどのような共通点と相違点とがあるのでしょうか。その答えを探るために、まずはデータ取引市場に関する規制から立ち上げまであらゆる面から考えみたいと思います。
仮に、あなたがある会社の株式を持っていて、それを売ろうとしたとします。取引が完了すると、その株式はあなたのものではなく、別の人だけのものになります。一方でデータの場合は状況が異なります。データはコピーが可能なので、自分が使うためにデータを保持しながら、売ったり譲ったりすることができます。つまり、データは多くの「所有者」が同時に使用することができるのです。
そのため、データ取引には株式や債券の取引とは異なる課題が生まれます。金融市場(証券取引所)では、誰が何を所有しているかを管理し、その商品に対する排他的所有権が重視されます。一方で、データ取引所は無限にコピー可能な資産の仲介者として信頼性を重視するため、データが本物であるか、また、最初に収集されてから破損または改ざんされていないかといった点が注目されます。
データ利用のための信頼できるプラットフォームになるために、データ取引所は強力な認証プロトコルやブロックチェーンベースの追跡・検証ツールなどを通じて、改ざん防止策を組み込む必要があります。つまり金融市場と同じように、信頼(トラスト)がプラットフォームを最適に機能させるための基盤となるのです。このように信頼のおけるプラットフォームが構築・強化されることでデータの売り手と買い手の双方が参加しやすくなります。これは市場の流動性が高まることに繋がり、取引のボラティリティーも低下します。そしてこれが更なるプラットフォームへの参加を促し、さらに流動性が高まるという好循環につながり、取引がよりスムーズになるという流れを生みます。
所有権を簡略化する取引
証券取引所がなかったら、投資のたびに複雑な契約書を一から作成することが必要になるでしょう。投資による事業の出資比率は?配当を受け取る権利は?事業運営についての意見はどのように経営者へ伝えられ、他株主の意見とどう折り合いをつけるのか?こうした問いを埋めていく必要が生じるでしょう。
証券取引所はこうしたすべての問題を簡略化します。標準化された株券がオーダーメイドの契約書に取って代わり、すべての権利と責任を規定し投資と取引を容易にしているのです。
データ取引市場でも同様のツールが導入可能であり、されるべきです。データ取引市場によって行われる取引において、買い手は一定の条件下で特定のデータにアクセスし使用する権利を得ることができます。この取引の詳細を、複雑な契約書の形ではなく受け渡し可能な「データ権利証明書」の形で記録することで、取引コストを削減し、流動性を高めることが可能になります。高い流動性はデータの価格設定を容易にし、取引所というビジネス形態も安定させます。データ取引が進化を遂げ一般化すると、金融市場のように標準化された商品や取引フォーマットが登場するかもしれません。そうなれば、データ取引所はユーザーにとってより使いやすいものとなり、データ取引がさらに促進されるかもしれません。
バリュエーション(データの価値評価)の問い
金融市場における取引所が有用な理由の一つとして、人々が物の価値を測る上で役立っていることが挙げられます。株価は公開されているため、取引所での株の購入は、他の人がはるかに良い条件で取引をしているかもしれないという不安を払拭します。
データ取引市場でも情報を同じように扱うことが可能でしょうか。データの価値評価は難しいことで有名ですが、データ取引所は市場に一定の透明性をもたらし、需要・供給の調整にも役立ちます。ただし、これには限界があります。現在の市場価格とは対照的に、データの潜在的な価値は、それを評価するための新たな価値評価モデルの開発が必要になり、そのモデルなくしてユーザーをデータ取引所に惹きつけることは難しいかもしれません。
このような価値評価モデルは金融資産には存在しており、例えば株式価値は通常将来予想されるキャッシュフローの現在価値で評価されています。また、このモデルに基づいた計算を通して投資家にアドバイスする証券アナリストが大勢います。データも理論の上では同じように評価することができますが、その実践はまだ始まったばかりです。データの価値は、狭義の売買モデルという文脈では理解できません。むしろ、データの自然増殖的な性質やデータの文脈的な価値、独自の見解を提供するさまざまなデータセットに与える意味合いも含める必要があるのです。
データ取引を規制する
金融取引の世界では信頼(トラスト)を確保することが不可欠であり、信頼の醸成には効果的な規制が必要になります。そのため証券取引所の規則は、透明性を確保し、相場操縦などの不正行為を防止することを目的としています。日本のような国では、そのした規制の対象が暗号通貨などの新しい資産にも拡大しています。
データ取引には、米国の証券取引委員会(SEC)に相当する規制機関はなく、特定の規制に関する法律もありません。データが非公開で売買されている限り、情報開示のルールやインサイダー取引に関する罰則を設ける必要はないかもしれません。しかし、公正なデータ取引の公開市場には同様な規制やシステムが必要となり、金融取引のように一般の人々に開かれた取引所では、専門家に限定された取引所よりも厳しい規則が必要になるかもしれません。
証券取引所とデータ取引所とではプライバシー保護の担う役割の大きさが異なります。プライバシー保護は、データ取引において重要な要素となります。データ取引に関わる事業者に関する規則は、市場参加者と一般市民双方のプライバシーに関する懸念に対処する必要があります。
データ取引の仕組みを構築することと、それを利用してもらうことはまた別の問題です。流動性が高いこと、つまり多くの買い手と売り手とが活発に取引をしていることが、市場を魅力的なものにします。では、まだ何もない状態からはどのように潜在的な市場参加者にアピールすればよいのでしょうか。特にデータを売る側にとって明確で説得力のあるインセンティブの提供が重要になります。多くの企業は買い手側にまわることに関心を持っています。そのためには、金銭的な報酬だけでなく官民の幅広い関係者が協力して作り上げていく、信頼のおけるガバナンスが必要になるのです。
世界中で増え続けるデータの潮流は、良い方向に活用することができます。そして、そのためにはまずデータを共有する必要があるのです。
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