ユニバーサル・ベーシックインカム:新型コロナウイルスが浮き彫りにした格差への解決策
ロサンゼルスの「リージョナルフードバンク」で配布された生鮮食品を持ち帰る市民 Image: Reuters/Lucy Nicholson - RC281G9IETHY
Kanni Wignaraja
Assistant Secretary-General, UN; Regional Director for Asia and the Pacific, United Nations Development Programme (UNDP)最新の情報をお届けします:
COVID-19
危機管理における第一のルールは、穴にはまったことに気付いたら、掘るのをやめること。
新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中、複数の国が大規模な財政出動を打ち出し、紙幣の増刷を検討しています。パンデミック(ウイルスの世界的な流行)と壊滅的な経済不況が同時進行する中、その危機の緩和を狙ったものです。
こうした計画は不可欠ではありますが、戦略的かつ持続可能なものであることが大前提です。現在の危機に対処するためには、これ以上、新たな危機の種を蒔くことは絶対に避けなければなりません。なぜなら、その代償は恐ろしく大きいものになるからです。
各国政府が導入している一連の政策に、新たな要素を加えるべき時が来ています。知識として知ってはいるものの、過去に忘れ去られた制度、「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」です。これは、このポッカリと口を開けた穴から抜け出すための政策の一部として必要な制度です。
この構想に否定的な人は多く、国民全員に一定額を給付する財政的な余裕のある国は存在しないので、失敗するはずだと指摘します。持続不能な赤字を垂れ流すので、財政が成り立たないというのが彼らの主張です。
この懸念は妥当なものです。しかし、だからと言って、新型コロナウイルスによる影響に対し強力な対処策を打ち出さない場合、格差がますます広がり、社会的緊張が高まる恐れがあります。結果的に政府にとって、コストが増え、社会的対立のリスクが高まることになるのです。
中国で発生し、アジア全域とさらに幅広い地域で猛威を振るう新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、膨大な人口を抱えるこの地域の格差と脆弱性があらわになりました。これには、アジア太平洋地域の労働力の3分の2にあたる13億人の非正規労働者が含まれ、インドだけでも職を失った移民が1億人近くいると言われています。社会的なセーフティネットがない状態で、世代全体の大部分が生活に困窮した場合、社会的コストは信じられないほど高くなります。社会的緊張の急速な高まりは、経済不安につながるでしょう。
現状のように、低迷する経済を活性化させる必要がある場合、社会的安定によってもたらされる効果は計り知れず、UBIが有効であるという説得力はさらに増しています。
社会全体に根深く存在する格差を是正するには、この危機の中から新たな社会契約が生まれる必要があります。率直に言って、問題は、効果的な社会的保護のための財源を捻出できるか否かではなく、どうすれば捻出できるかなのです。UBIは、こうした枠組みを作る有用な要素になるはずです。
アメリカやカナダはすでに計画に着手しており、アラスカ州では、数十年前から、全市民を対象にUBIに近い形の年次給付が行われています。カナダのジャスティン・トルドー首相は、パンデミックの影響で収入を失った労働者を対象に、今後4ヵ月間、月額2,000カナダドルの給付を行うと約束しました。この対策は短期的なUBIと言えるでしょう。今、求められているのは、この短期型のUBIを拡大し、長期的に機能させていくことです。これは必ずできるはずです。
ただし、これまでとは異なるアプローチが必要です。UBIを「施し」や、既存のシステムを補う「絆創膏」として考えるべきではありません。むしろ、パンデミックと壊滅的な経済不況、この二つの危機をきっかけにして、私たちがどこで「今も穴を掘り続けている」のか、再評価するべきなのです。
UBIを成功させるには、公平な課税制度が必要です。各国が国境を越えて協力し、データを交換し、個人や企業が税を回避する行為を阻止しなければなりません。簡単に言えば、一人ひとりが公平に税を負担しなければならないのです。利益を独り占めしたり、損失を社会で補おうとしたりする行為を、良心に従ってやめなければならないのです。
次に、持続可能な開発目標(特に気候変動に対する目標)達成の道を阻む補助金、特に化石燃料への補助金を止めなければなりません。こうした動きが加速するなら、すべての人に利益がもたらされます。さらに、UBIだけでなく、影響を受ける化石燃料の企業を支援するための財源も生じるでしょう。
世界有数の大富豪であるウォーレン・バフェット氏とビル・ゲイツ氏は、富裕層の納税額を増やすべきだと主張してきました。こうした税制が確立されていないために、格差が広がったのです。クレディ・スイスの「2018年度グローバル・ウェルス・レポート」によると、世界の富裕層の10%が、世界の富の85%を所有しています。
正当な額の税金を納めていないのは富裕層の個人だけでなく、多国籍企業も同じです。アップル、アマゾン、グーグル、ウォルマートをはじめとする巨大企業は、莫大な利益を上げながらも、税制の抜け穴をうまく利用して納税額を抑えています。世界のトップ企業1,000社が公平に納税していれば、UBIの額としてはささやかでも、世界全体にしっかりと合理的に分配できるはずです。
より良い国家を築くために必要な資金を政府が得られないのは、間違っていることで、それは仕組みが壊れているためです。
否定論者から「それは左翼の理論だ」という批判が出ないように、経済協力開発機構(OECD)は、税競争の概念について何年も前から提言を行ってきました。OECDには、アメリカ、カナダ、西ヨーロッパの各国が加盟しています。
OECDの財政政策専門家は次のように述べています。「グローバル経済をうまく機能させるには、政府や企業を導く指針となる受け入れ可能な基本ルールが必要です。こうした枠組みがあれば、企業が利益を最適化できる場所に資本を移しやすくなります。しかも、グローバル化の利益とコストの公平な分配を求める国民の正当な期待に応えるという、各国政府の目的を妨げることにもなりません。」
「受け入れ可能な基本ルール」と「利益とコストの公平な配分」を達成するには、全世界一丸となった連携が必要です。特定の国だけがこうした課税制度を導入すれば、流動性の高い資本は、こうした制度がない国に逃げるからです。
UBIの導入が困難であることは間違いありませんが、UBIのプラスとマイナス、なぜこれまで本格的に導入されなかったのか、どのような方法であれば実施できるのかを公平な目で検討することが重要です。
UBIの実施を複雑にしている主な要因は、財政的なコスト以上に、単独では実現できない、つまり協力と提携が必要不可欠な施策だという点です。各種保険や、必要がある人が利用できる制度など、今ある一連の社会保障制度に適合し、それを補完する施策である必要があります。また、不正給付(二重取り)を防ぐためのルールの整備も重要です。
こうした制度に移行するには、仕事を持つことへのインセンティブが損なわれない仕組みづくりが必要です。これは比較的簡単なこと。UBIは、労働、貯蓄、投資に十分なインセンティブを残しつつ、最低限のラインで生活を支えられる内容にすれば良いのです。
最後に、選択的な条件については、説得力のある議論が可能です。例えば、すべての子どもが予防接種を受けられる、あるいは学校に通えるなど、公共財に関する条件です。こうした選択的条件があることで、貧困をなくすという目的を損なうことなく、低所得者が想定内のリスクを負いながら、貧困から抜け出すことも可能になるでしょう。
UBIを導入しない場合に想定される最悪の状況は、社会不安、紛争、制御できない規模の移民の発生、そして、社会的な絶望を煽りそこに付け込む過激派組織が出現することです。こうした危険を回避するためにも、綿密に計算されたUBIの導入を真剣に検討する必要があるでしょう。衝撃は受けたとしても、社会が崩壊しないように。
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