ウェルビーイングとメンタルヘルス

男性更年期の認知向上により、健康で包摂的かつ持続可能な社会へ

発行 · 更新

日本では男性更年期への支援に向けた動きが広がっています。 Image: Unsplash/Falco Negenman

Naoko Tochibayashi
Communications Lead, Japan, World Economic Forum
  • 男性が中年期に差し掛かる際に生じるホルモン変化である男性更年期(後期発症性性腺機能低下症:LOH)は、当事者のみならず、支援を提供し得る制度や組織においても、依然として十分に認識されていません。
  • 政府の推計によれば、未治療の男性更年期は、日本において年間1.2兆円の経済損失につながる可能性があります。
  • 現在、日本では政策強化、官民連携の拡大、企業の健康支援サービスの充実などを通じ、男性更年期への支援を推進する動きが広がっています。

どれほど健康であっても、ホルモンの変化は心身の健康やウェルビーイングに大きな影響を及ぼします。特に中年期には、生活の質や生産性、さらには経済面にも深刻な負荷をもたらす可能性があります。こうした影響は高齢化が進む社会において一段と顕著となり、個人レベルの問題にとどまらず、社会全体の持続可能性にも関わる重要な課題として認識されつつあります。

多くの地域では、女性の更年期に対する社会的認識や支援体制が着実に整備されてきました。一方、医学的に「後期発症性性腺機能低下症(LOH)」とされ、一般的には「男性更年期」と呼ばれる、中年期以降の男性のホルモン変化については、十分な理解と対策が進んでいません。男性更年期に対する認識の向上と、エビデンスに基づいた支援体制の構築は、人口動態の変化に対応するうえで不可欠となっています。

日本内分泌学会によると、男性は40代から穏やかに男性ホルモンであるテストステロンが減少します。しかし、減少の速さや度合い、時期には個人差があり、40代以降はいつでも更年期障害が起こり得ます。女性の場合、更年期は女性ホルモンが急激に低下する閉経前後の数年間に起こるのが一般的です。一方、男性のテストステロンは穏やかに減少するため、更年期の明確な終期を特定しにくい点が特徴です。症状としては、関節症や筋肉痛、疲れやすさ、ほてりなどの身体症状に加え、イライラや不安、うつ、不眠などの精神症状、さらには性欲低下などの性機能症状も見られます。

30〜69歳の男性922名を対象に行った調査によると、自分は更年期に「当てはまる」と回答したのは27.1%、「当てはまらない」は51.6%を大きく下回りました。50代(38.7%)が最も「当てはまる」と感じている一方、それ以外の年代では半数以上が「当てはまらない」と回答。また、頭痛や尿漏れなどの身体症状の訴えが精神症状より多く、さらに、更年期障害について「抵抗なく話せる」と回答した人は13.2%にとどまり、認知や対話のハードルの高さが浮き彫りになっています。

対応強化のための施策

男性の更年期に人間関係や退職など社会的ストレスが重なると、疲労感や気分の落ち込みといった症状が出やすくなり、欠勤などにつながる可能性があります。こうしたことから、経済産業省は、男性更年期障害による経済損失が年間1.2兆円に上ると試算しています。日本では男性更年期障害の認知度はまだ低く、その向上と対策強化に向けた動きが始まっています。

2025年6月、日本政府は男性更年期障害の対策強化に向けた「経済財政運営と改革の基本方針」を閣議決定しました。その中で、「女性特有の健康課題及び性差に由来した健康課題への対応」の注釈として、「男性の更年期障害を含む」が明記されています。今後、厚生労働省はこれに関連する調査や研究を本格化し、メカニズムの解明および啓発活動を強化していく予定です。

関連記事を読む

官民による認知度向上と支援制度

男性更年期に対する取り組みも始まっています。鳥取県庁では2023年10月から、性別を問わず更年期障害に対応する休暇制度を設置し、年間5日まで有給の特別休暇を取得できるようにしています。制度開始前に実施した職員向けアンケートでは、女性の41%、男性の31%が更年期症状「有り」と回答しており、開始から半年で16名の女性、9名の男性が休暇を取得。さらに、24時間アクセス可能な「更年期だれでもチャットボット」や、電話および面談で相談できる「更年期だれでも相談室」を設置し、県民が気軽に疑問や悩みを相談できる環境を整備しています。

また、従業員の9割が男性かつ平均年齢が40代半ばであるホンダでは、男性更年期の認知向上を目的とした啓蒙活動を2022年10月から継続的に実施しています。医師による症状や治療法に関するオンラインセミナーの開催やメールによる社内報での情報発信に加え、2025年には専門医を招き、副社長と社内保健師による座談会を動画で社内配信しました。症状が重い場合に休暇を認めるといった更年期支援制度を導入している企業は、他にもSMBC日興証券、三菱UFJ、野村ホールディングスなどがあります。

6月の基本方針の決定を受け、新たな動きも生まれています。携帯電話事業を行う沖縄セルラーは、2025年10月に同社社員および県内企業の人事・健康経営推進担当者などを対象とした男性更年期障害に関するセミナーを開催。泌尿器科医が基礎知識、簡易チェック、セルフケアの方法、職場での対策について分かりやすく解説し、対策として効果があるとされる筋力トレーニングや瞑想も実施しました。

男性更年期の支援サービス

企業による、男性の更年期に関する支援サービスも広がっています。法人向け健康サービスを手がけるLIFEM(ライフェム)は、2025年1月に働く男性向けの「男性更年期プログラム」の提供を開始しました。泌尿器科医による啓発セミナーの動画の視聴、オンライン診療、症状に合わせた漢方薬の配布などをパッケージとして提供しています。同社はこれまで女性向けサービスが中心であり、このプログラムは初めての男性向け商品となります。人目を気にせずに利用できる設計となっており、ポーラ・オルビスホールディングスで実証導入を経て、ニチレイを含む大手企業で採用が進んでいます。

さらに、もともと女性のウェルビーイング向上を目的とした製品を中心に展開してきたmederiも同様のサービスをスタートさせています。支援の対象を男女双方に広げたことで、事業領域が拡大し、新たな企業顧客の獲得にもつながっています。

男性更年期への理解と支援を広げ、包摂的な社会へ

更年期を迎える個人を支えることは、本人の健康や働きやすさを高めるだけでなく、生産性の維持や経済のレジリエンス向上にもつながります。男女共に更年期を「誰もが向き合う健康課題」として捉えることが、より健全かつ包摂的な社会の実現に向けて不可欠です。こうした取り組みを広く社会に根付かせ、性別を問わず誰もが安心して働き続けられる環境を整えることが、持続可能な成長と多様性を尊重する未来への重要な一歩となるでしょう。

関連トピック:
ウェルビーイングとメンタルヘルス
ヘルスとヘルスケア
公正、多様性、包摂性
シェアする:
コンテンツ
対応強化のための施策官民による認知度向上と支援制度男性更年期の支援サービス男性更年期への理解と支援を広げ、包摂的な社会へ

もっと知る ウェルビーイングとメンタルヘルス
すべて見る

脳の健康と食料システム~神経科学が変える食と農業のあり方~

Stephanie Peabody and Steve Magami

2025年10月21日

癒やす手、傷ついた心~欧州医療従事者のメンタルヘルス危機~

世界経済フォーラムについて

エンゲージメント

リンク

言語

プライバシーポリシーと利用規約

サイトマップ

© 2025 世界経済フォーラム