無線給電の進化が支える、レジリエントな社会の構築

ワイヤレス送電技術は、エネルギー供給の在り方を変革しています。 Image: Unsplash / Limor Zellermayer
- 誘導、マイクロ波、レーザーを活用したワイヤレス送電技術は、インフラ整備や保守の負担を軽減し、より柔軟で自動化されたエネルギー供給を可能にしています。
- 2022年以降の政府の制度整備により、産業向けワイヤレス電力伝送に利用できる周波数帯が新たに開放されました。
- 近年の技術革新により、ドローンへの給電や被災地での電力確保、さらには宇宙空間でのエネルギー活用など、厳しい環境でも安定して稼働するシステムの実現に向けて大きく進展しています。
無線送電技術が、エネルギー供給のあり方を大きく変えようとしています。
これまでの電力供給は、携帯電話の充電から家庭や工場への送電に至るまで、電線を介して行われてきました。長く社会基盤として機能してきたこの仕組みは、充電器との接続作業や、複雑な配線管理、老朽化した設備の維持と更新など、多くの人的・運用コストを必要としてきました。これに対し、電磁誘導やマイクロ波、レーザー光などを活用する「ワイヤレス給電」は、電線を用いずに電力を送ることを可能にし、従来の制約を超えた新たなエネルギー供給の形を提示しています。
ワイヤレス給電は、伝送距離や出力規模に応じて幅広い用途への応用が可能です。その活用範囲は、身近な機器や家電の充電にとどまらず、工場のロボットや自動搬送装置、さらには電気自動車(EV)に及びます。特にEV分野では、充電時間やインフラ整備が普及拡大の課題とされてきましたが、ワイヤレス給電はそれを大きく緩和する技術として注目されています。実際、2024年にはアメリカ・インディアナ州で世界初の「ワイヤレス充電高速道路」が公開され、走行中に自動的に充電を行うことができるシステムが実証されました。これにより、運転者が充電のタイミングを意識せずに走行できるようになり、利便性と持続性の向上が期待されています。
一方、日本では少子高齢化に伴う労働力不足が深刻化しています。2025年1月時点の調査では、正社員の人材不足を感じる企業の割合は53.4%、非正社員では30.6%に上ります。送電設備の設置や保守を担う「ラインマン」と呼ばれる専門技術者も、高齢化と人材確保の難しさにより、作業員数がピーク時の6割程度まで減少しています。こうした中、配線や保守作業そのものを削減する技術の導入が、喫緊の課題となっています。
規制改正が導入を後押し
こうした背景を受け、注目されているのが、工場や倉庫で用いられる空間伝送型無線電力伝送(WPT)システムです。同システムは、電波により最大10メートルの距離で無線送電を可能にします。総務省は2022年に、920MHz帯、2.4GHz帯、5.7GHz帯の制度整備を行い、一定条件下での屋内利用を可能としました。
これにより、工場のセンサー類、搬送ロボット、物流装置、介護現場の見守り機器など、配線が難しい環境での活用が拡大。また、ファクトリーオートメーションや物流機器分野でのさらなる拡大に加え、ビルマネジメント分野や介護・見守り機器などの多様なアプリケーションへの展開も想定されています。エイターリンク社による工場内のロボットアームのセンサーやビルマネージメントにけるワイヤレス給電は、実装例のひとつです。総務省は、ワイヤレス給電関連の国内市場規模が2030年に1,685億円、2040年には8,418億円に達すると見込んでいます。
さらに、2025年現在、数十ミリワット程度の小電力用途に用いられている920MHz帯のシステムについて、設置場所の自由度向上や活用範囲の拡大に向けた検討が勧められています。また、5.7GHz帯では、スタートアップ企業のSpace Power Technologiesが、マイクロ波を用いたワイヤレス給電機「Power Gate」を開発。同年5月には大阪・関西国際万博では、電源配線やバッテリーを使わずに1m以上離れたターブル上にある人形を電波エネルギーだけで動作させる技術を公開しました。
天候に左右されにくい長距離型への挑戦
さらに近年では、長距離かつ天候に左右されにくいワイヤレス給電技術の実用化に向けた取り組みが進んでいます。2025年9月、NTTと三菱重工業は、レーザー光を用いたワイヤレス給電で世界最高水準の効率を達成したと発表。両社はレーザー光の強度を均一に保つ技術をそれぞれ開発し、地上約1メートルという気流や熱影響の大きい環境下で、1キロメートル先に15%の効率で電力を送ることに成功しました。この技術は、飛行中のドローンへの給電や、災害時での電力確保、将来的には宇宙空間から地上への送電など、新たな応用が想定されています。
ワイヤレス給電が導く持続可能で強靭な社会
ワイヤレス給電技術の進展は、日本が直面する労働力不足、老朽化インフラ、自然災害リスクといった社会課題に対して、実効性のある解決策を示しつつあります。電力を必要とする場所へ柔軟に供給できる環境は、経済活動の効率向上に寄与するとともに、災害時におけるエネルギーのレジリエンスを強化します。ワイヤレス給電が社会基盤の新たな形として発展することにより、持続可能かつレジリエントな社会を構築に貢献することが期待されます。






