サイバーセキュリティ

経済安全保障の基盤、宇宙におけるサイバーレジリエンス

宇宙の可能性が広く開かれていく中、宇宙におけるサイバーレジリエンスの構築が不可欠です。

宇宙の可能性が広く開かれていく中、宇宙におけるサイバーレジリエンスの構築が不可欠です。 Image: REUTERS/Dado Ruvic/Illustration

Bushra AlBlooshi
Director, Governance and Risk Management, Dubai Electronic Security Center (DESC)
Hoda Al Khzaimi
Associate Vice-Provost for Research Translation and Entrepreneurship, New York University Abu Dhabi
Heba Ahmad
Future Studies Specialist, Dubai Electronic Security Center (DESC)
  • 宇宙は重要でありながら脆弱なインフラとなる可能性があります。サイバー攻撃などの脅威にさらされた場合、その影響は経済や社会全体に波及します。
  • 商業活動の拡大と宇宙利用の一般化が進む中で、攻撃対象領域は広がり、サイバーセキュリティ上の構造的リスクや紛争時の標的型攻撃の危険性も高まっています。
  • 現行の宇宙条約や規制は技術的、商業的現実に追いついておらず、より強固なグローバルガバナンスと宇宙におけるサイバーレジリエンスが不可欠です。

国際金融や気候監視からナビゲーション、人道支援に至るまで、宇宙からの衛星サービスは現代生活の基盤に深く組み込まれています。宇宙の経済価値は、2023年に6,300億ドル以上2035年までに1兆8,000億ドルを超えると予測されており、宇宙はフロンティアから基盤的インフラへと変貌を遂げました。

宇宙が不可欠なものになるにつれ、その支配権をめぐる争いも激化しています。これに伴い、サイバー攻撃や電磁波による妨害、地政学的駆け引きが、急速な革新に伴う脆弱性を浮き彫りにしています。

近年、数百の新興企業と数百億ドル規模の投資により拡大を続ける新たな宇宙システムとビジネスは、前例のない機会を生み出すと同時に脆弱性も増幅。イノベーションと安定のために、グローバルな宇宙インフラの安全確保が不可欠な課題となっています。

軌道の争奪戦
軌道の争奪戦 Image: Dubai Electronic Security Center

宇宙インフラが危機にある理由

宇宙システムは「システムの集合体」として機能します。そのために、相互に連携する軌道上の衛星、地上管制局、通信リンク、ユーザー端末のそれぞれが潜在的な障害点となり、1カ所の侵害が他のシステムに波及する可能性があるのです。

従来のITシステムを基盤とする地上セグメントは特に脆弱です。2022年には通信衛星KA-SATがサイバー攻撃を受け、欧州全域で4万台以上の端末が機能停止。軍事通信と緊急通信が阻害されました。2025年7月には、スターリンクのソフトウェア障害によりグローバルなサービス停止が発生。数百万人のユーザーに影響が及びました。これらの事例はいずれも、ソフトウェアの脆弱性が宇宙と地上の両方で連鎖的な混乱を引き起こし得ることを示しています。

宇宙脅威リスク・マトリクスとエスカレーションのタイムライン
宇宙脅威リスク・マトリクスとエスカレーションのタイムライン Image: Dubai Electronic Security Center

通信を行うリンクセグメントもまた、危険にさらされています。全地球測位システム(GPS)の妨害や偽装信号送信は、欧州全域の航空交通を混乱させ、数千便に影響を与え、航法サービスの脆弱性を浮き彫りにしました。

商業衛星事業者は日々の攻撃に対抗しています。様々なレベルの暗号化やその他の安全設計手法、サプライチェーン管理、基準の適用が行われていますが、脅威が進化する中、衛星や宇宙プラットフォームの保護は不十分になりがちです。

さらに、数十年前に設計されたレガシー衛星はサイバーセキュリティに関する考慮がなされていないまま、あと15年以上稼働し続ける可能性があります。2000年以前に打ち上げられた1,700基以上の衛星が現在も稼働しており、その多くは重要かつ交換に多額の費用がかかる一方で、ソフトウェアの改修やハードウェアの改造が不可能です。その寿命の長さこそが、今や脆弱な資産となっているのです。

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新たなゴールドラッシュとセキュリティの不足

スタートアップから各国政府まで、宇宙関連事業者は記録的なスピードで大規模な衛星コンステレーション(連携して運用される人工衛星群)を打ち上げており、宇宙利用の一般化が進んでいます。2024年までに、11,500基以上の稼働衛星が地球を周回し、その80%は民間企業による運用。これらの衛星コンステレーションは、経済的機会を創出する一方で、サイバー攻撃対象領域を大幅に拡大しています。

これは、コスト圧力により脆弱性が増大しているためです。民間プロバイダーは効率を求めて市販部品やオープンソースコードに依存する傾向がありますが、これらは高度に競争的なサイバー環境を想定した設計がなされているとは限りません。

商業宇宙開発競争とそのセキュリティ債務、特有の脆弱性、ガバナンスの分断
商業宇宙開発競争とそのセキュリティ債務、特有の脆弱性、ガバナンスの分断 Image: Dubai Electronic Security Center

商業と軍事の宇宙活動の境界が曖昧であることも、リスクを高めています。商業衛星は数十年にわたり、軍事作戦を支援するために利用されてきました。

今日では、スターリンクのような衛星コンステレーションが紛争地域で活用され、軍事標的となる可能性も生じています。宇宙システムへのサイバー攻撃がより一般的になる中、各国政府はこれらのシステムへの依存度を高めていますが、それらは望ましいソフトウェアおよび運用基準を満たしていない可能性があります。

新興テクノロジーは、可能性と複雑性の両方を増す存在です。例えば、中国の量子実験衛星(「QXSS」など)や欧州と日本の宇宙太陽光発電実証機、地球観測用人工知能(AI)駆動衛星コンステレーションなどは、変革をもたらす可能性を秘めた進歩ですが、それぞれによって新たな依存関係と潜在的な脆弱性が増大するのです。

宇宙はもはや、私たちの経済や安全保障にとって周辺的な存在ではありません。宇宙は私たちのあらゆる活動に組み込まれています。

カリッサ・クリステンセン、ブライステック最高経営責任者(CEO)

ガバナンスと規制の空白

地上と同様に、宇宙分野のサイバーガバナンスにおいても、商業化がガバナンスの強化よりも早く進展しています。例えば、宇宙条約(1967年)は平和利用の広範な原則を定めていますが、サイバーセキュリティやデジタル・レジリエンスについては言及されていません。複数の国連機関やその他の組織が宇宙サイバー枠組みと基準の策定を試みてきましたが、今日においても宇宙システムのサイバー完全性を完全に網羅する国際的枠組みはまだ存在しないのです。

衝突によって破片が発生し、他の多数の衛星に長期にわたる損害をもたらす恐れがあるために、特に重要となるのが宇宙システムの指令、制御に関する国際合意です。これにより運用妨害や衝突リスクを防止することができるでしょう。

防衛アーキテクチャ
防衛アーキテクチャ Image: Dubai Electronic Security Center

一方で、管轄区域ごとに規制が分断された状態が続いており、不均一性が生じているほか、共有資産が構造的なリスクにさらされています。これらの不備は、宇宙分野における持続可能性と運用安全性の重要性を踏まえると、特に懸念すべき課題です。「グローバル・フューチャー・カウンシルズ - 宇宙テクノロジー」もこの点を強調しています。

統一された国際的な基準が確立されていない状況では、宇宙インフラはつぎはぎだらけの「パッチワーク領域」となり、安全性、持続可能性、デジタル・レジリエンスが同時に損なわれる危険性があります。サイバーセキュリティは、適切なガバナンスと規制という目標にとって周辺的な課題ではなく、基盤となる要素です。

連携によるレジリエンスの構築

軌道上システムの安全確保には、テクノロジー、ガバナンス、国際協調を統合したアプローチが必要です。これには、体系的な検討を行い、設計段階からのセキュリティ組み込みなどの重要な柱を打ち立てる必要があります。衛星やその他の宇宙資産には、プログラムの1行目から運用開始までのすべてに、サイバーレジリエンスを組み込まなければなりません。

さらに、システムにはゼロトラストアーキテクチャを採用し、すべてのユーザー、デバイス、接続を継続的に検証する必要があります。サプライチェーンのセキュリティは極めて重要です。ハードウェアやファームウェアが製造過程で侵害された場合、数十億ドル規模の衛星群を危険にさらす可能性があるからです。

最後に、デジタル・レジリエンスを予防策よりも重視するということは、侵害の発生を前提とすることを意味します。したがって、システムは侵害を耐え抜き、適応し、回復できるように設計されなければなりません。各国政府は調達と規制を通じて影響力を行使できますが、産業界のアジリティも不可欠です。

各国政府は、引き続き執行責任を主に担い、国際的なベンチマークを規制や政策に組み込んで活用することができるでしょう。

また、宇宙情報共有分析センター(Space ISAC)などのモデルは、産業界と政府がリアルタイムで脅威情報を共有するためのプラットフォームとなります。国際的な舞台においては、国連政府専門家グループやオープン・エンド作業部会などで策定されたサイバー外交の規範を取り入れることで、責任ある行動のための共通基準の確立が可能です。

宇宙におけるサイバーレジリエンス

宇宙は今や、多くの国や企業が競争を繰り広げる場となっています。この領域で障害が発生すれば、世界中の経済、社会、安全保障システムに波及するでしょう。その保護を任意の課題や二次的な課題として扱うことはできません。

宇宙分析会社ブライステックの最高経営責任者であり、世界経済フォーラムの「グローバル・フューチャー・カウンシルズ - 宇宙テクノロジー」のメンバーであるカリッサ・クリステンセン氏は、次のように述べています。

「宇宙はもはや、私たちの経済や安全保障にとって周辺的な存在ではありません。宇宙は私たちのあらゆる活動に組み込まれています。宇宙システムにおけるサイバーセキュリティの強化、透明性の向上、信頼性の確立によって、宇宙は繁栄と安定を促進する原動力であり続けられるでしょう」。

脆弱性は明白であり、今後取るべき重要な道筋もまた明確です。それは、宇宙システム設計の基本原理にDNAレベルでセキュリティを組み込むこと、サプライチェーン全体でアカウンタビリティを徹底すること、そして宇宙資産を重要インフラとして扱うガバナンス体制を構築することです。

これらの措置は決して贅沢品ではなく、安定性を確保するための必須条件です。

分断とシステム的な脆弱性がもたらされ、私たちの頭上にある軌道だけでなく、地上の世界までもが損なわれることにならないように、各国政府、産業界、そして国際社会は今すぐ行動を起こし、宇宙が連携、イノベーション、そしてレジリエンスを支える信頼できる基盤であり続けるようにしなければならないのです。

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