日本発世界へ、人工光合成が照らし出すグローバルな解決策

人工光合成は、人類が挑む最も野心的な科学のフロンティアの一つです。 Image: Photo by Kumiko SHIMIZU on Unsplash
- 人工光合成は、自然界で最も基本的なプロセスである、太陽光、水、二酸化炭素を生命の基本構成要素へと変換する過程を、産業規模で再現することを目指しています。
- 太陽光、水、二酸化炭素から直接、燃料や原材料を生成する手法は、画期的な解決策となるでしょう。
- 日本はこの取り組みを、大胆な世界的プロジェクトとして位置付けています。「日本版アポロ計画」とも言うべき本計画は、気候変動対策を加速し、生産性を高め、人類の持続可能な未来の確保に資する決定的な国際事業です。
人工光合成は、人類が挑む最も野心的な科学のフロンティアの一つです。人工光合成には世界、そして日本の課題解決につながる夢があり、意義の高いプロジェクトです。私は、これに「日本版アポロ計画」と名付け、その実現に全力で取り組みます。日本版アポロ計画は、植物が行う光合成を人工的に再現し、太陽光をエネルギーに地球上にあまねく存在する二酸化炭素と水を有機化合物に変容する壮大な計画です。
今、世界が抱える最大の課題は何でしょうか。気候変動です。気候変動の緩和策の実現は、世界の課題解決につながります。気候変動に懐疑的な声も聞こえていますが、忘れてはならないことは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が30年の歳月と世界中の科学者の叡智をかけて評価した結果、「人間活動が主に温室効果ガスの排出を通して地球温暖化を引き起こしてきたことには疑う余地がない」と表現していることです。引き続き気候変動への対策は人類全体で取り組まねばならない課題です。
グローバルな課題の解決策となる人工光合成
近年、世界中に気候変動の影響が現れています。線状降水帯、ハリケーン、山火事もその一例です。2025年の夏、日本では過去最高の回数で熱中症警戒アラートが発せられています。また、2024年は世界全体が産業革命以前と比較して1.5度の気温上昇を記録しています。温暖化対策は待ったなし。緩和策はもちろん、適応策も必要でしょう。
人類が経済発展を続けるにはエネルギー消費が不可欠です。産業革命以前の空気中の二酸化炭素濃度は280ppmでしたが、現在は430 ppmです。人間は経済活動のため、太陽エネルギーの缶詰である石油や石炭を開けました。そして産業革命以降の250年で化石燃料を燃やし続け、二酸化炭素濃度を急激に上昇させました。その結果、地球温暖化が進みました。では長い地球の歴史の中で空気中の二酸化炭素濃度はずっと一定だったのでしょうか。そんなことはありません。地球が45億年前に誕生した時点での空気中の二酸化炭素濃度は96%でした。しかしその後、約20億年前に生物が誕生して光合成を行うようになり、二酸化酸素濃度は低下に向かいました。
植物の後に光合成を行わない動物も誕生し、それぞれが進化をとげながら長い年月をかけ、空気の組成は約80%が窒素、約20%が酸素、ごくわずかな280 ppmが二酸化炭素という割合で落ち着くようになりました。しかし、前述のように産業革命により二酸化酸素濃度は再度高まり地球の温暖化を促進しました。45億年の地球の歴史を一年に換算するとすれば、250年前は1.75秒前ということになりますので、まさに、今の出来事と表現しても言い過ぎではないはずです。実は、地球に降り注ぐ太陽エネルギーの量は膨大です。仮に、一時間地球に降り注ぐ太陽エネルギーをすべて集めることができたら、人類が一年間で使う全エネルギーを賄うことができるとも言われています。自然界はそのごく一部を植物が行う光合成により、でんぷん等の有機物に変換し、さらに化学反応により、タンパク質や脂質を作って植物や動物を育んで来ました。そして長い年月をかけて二酸化炭素は石炭や石油といった太陽エネルギーの缶詰として地球に蓄積されてきたのです。
自然界が使う太陽エネルギーは地球に降り注ぐ太陽エネルギーのごく一部と指摘しましたが、その証拠の一つが植物の葉っぱが緑であることです。植物は、葉っぱに当たる光のエネルギーすべてを吸収する訳ではありません。すべてを吸収すると力が強過ぎて細胞を壊してしまうからです。葉っぱが緑色をしているのは、緑色の波長の光を吸収せず、反射しているからです。太陽光発電のパネルが黒いのはすべての波長の光を吸収しているからです。その方がエネルギー効率が高いからですが、太陽光パネルは20年から30年で発電できなくなってしまいます。エネルギーをすべて吸収した方が効率が良く見えるかもしれませんが、それでは永続的ではないのです。
植物は細胞分裂を繰り返しながら、木によっては樹齢何千年というものも存在します。そして、動物も植物も子孫を残し、進化もします。長い進化の過程の中で、光合成も進化発展をして来ました。ですから、このプロセスを人工的に実現することは簡単なことではありません。しかし、だからこそ挑む価値がある作業なのです。
人類は何をするにもエネルギーを使います。また、その量は日々増えており、それにつれ地球の気温も上昇を続けています。とくに1970年代前後からの上がり方は顕著です。人類は常に便利さを求めます。言い方を変えれば、機械に物事を任せることで発展をしてきました。馬車での移動から、鉄道や自動車、あるいは船、飛行機での移動で世界の距離は縮まりました。そして、これからは、AI(人工知能)の時代を迎えます。AIの普及に伴うデータセンターの増設による、電力消費量の大幅な増加も、エネルギー消費の飛躍的な伸びにつながってゆくことでしょう。
早期の社会実装に向けたロードマップ
経済発展を止めることはできません。ヒトは常に便利なものを求めます。では、再生可能エネルギーだけで増加するエネルギー需要すべてを満たすことはできるでしょうか。極めて難しいと言わざるを得ません。では、どうすべきか。私が人工光合成を提言する理由がここにあります。
2024年に、環境大臣に就任した後、私のリーダーシップの下、2025年5月に「人工光合成の早期社会実装に関する検討会」 を設置し、社会実装に関するロードマップを同年9月にとりまとめました。幸いなことに日本は、この分野の研究において、世界最先端を走っています。すでに、二酸化炭素と水さえあれば太陽光を使って有用な化合物を造る技術は確立されています。ただ、問題は価格です。コストが大き過ぎて、実用化には至っていません。現段階ではせいぜい香料など少量かつ販売価格を高く設定できる製品しか、市場に出すことは難しいと考えられます。私は太陽光だけをエネルギー源として、二酸化炭素と水からエタノールを生成できるようにすること、そしてその価格を現在の石油価格と同じかそれ以下にすることによって初めて人工光合成の実装につながると考えます。また、そうなった時に消費しきらない分で空気中の二酸化炭素濃度を下げ、本当の意味での温暖化の緩和につなげられると考えております。このことは、世界全体の課題である気候変動の抜本的な解決策にもなると信じています。
人工光合成の社会実装は簡単ではないかもしれません。しかし、それを実現するという強い意志と予算があれば不可能ではありません。1961年にヒトを10年以内に月に送って無事に地球に返すと米国議会でケネディ大統領がアポロ計画についての演説をした際、米国が有していた技術は、地球の周回軌道に宇宙船を打ち上げるレベルにはまだ至っておらず、垂直にロケットを打ち上げて、下にパラシュートで宇宙船を落とす程度のものでした。それが、1969年には、宇宙船が月に着陸し、地球に無事帰還させることができたのです。その際に使われた予算は、現在の貨幣価値で年間1兆円というものでした。
「人工光合成の早期社会実装に関する検討会」では、国内外の専門家から意見聴取を行い、現状の技術開発動向や課題を整理した上でロードマップをまとめました。ロードマップでは、2030年には人工光合成技術の一部を社会実装化し、2040年には人工光合成による基礎原料の量産化、高付加価値物質の製造を目指します。そして、これらの目標を達成するため、技術面、経済面、社会面の課題と解決の道筋を明示しました。また、電解技術や光触媒技術といった要素技術についても2030年、2035年、2040年の段階的な目標等を示しています。加えて、環境省では、このロードマップを後押しするため、令和8年度概算要求において社会実装の一歩手前の人工光合成技術に関する設備導入補助、産官学が一体となり情報交換を行うプラットフォームの設立に関する予算を盛り込みました。
日本の生産性を飛躍的に上げる人工光合成
日本版アポロ計画で人工光合成を実現することで、我が国が抱える課題の解決へと向かうでしょう。かつて、ジャパンアズナンバーワンと評された日本は、2000年の一人当たりのGDPはルクセンブルクに次ぐ世界第2位でした。それから四半世紀を経て、2024年は世界第38位にまで落ち込みました。人口が減少する中だから仕方がないと言う声も聞かれますが、一人当たりのGDPは人口減少期だからこそ、増やす努力をしないと社会保障費等の負担をしっかりと賄えなくなる危険性に陥ります。そのためには、潜在成長率を引き上げることが必要です。潜在成長率を引き上げる最大の解決策は、今ないものを生み出すイノベーションに尽きます。新たな製品やビジネスがイノベーションにより生み出されることで、経済は成長します。人工光合成の結果生み出されるエタノールの製造コストがバイオエタノールやガソリン価格より安ければ、その製品への需要は世界規模で広がるはずです。地上には、どこでも二酸化炭素と水は存在し、太陽エネルギーは地球上すべての地に降り注ぎます。ですから生産施設を日本に置く必要もありません。生産技術を輸出することで、我が国の生産性を高めることもできます。
日本版アポロ計画は、我が国をエネルギー生産国にするだけではありません。米国のアポロ計画でも、後に技術者がロケットサイエンティストとして金融界に転じて、米国金融界の革新につなげたように、思わぬ所で研究技術が応用されイノベーションが生まれる可能性があります。このことで、我が国の生産性を飛躍的に引き上げ、一人当たりのGDPで今度は世界一を目指すこともできると考えます。
国家的コミットメントの必要性
日本が人工光合成の分野で現在有している技術は、アポロ計画の当時に米国が宇宙技術で有していたものと同レベルです。よって、現状で世界最先端とはいえ、人工光合成の実用化にはまだ遠いことになります。しかし、これから10年をかけて、先述したロードマップに従い、どこの分野に力を入れたら良いかを検証し、進めていけば、2040年に実用化と言っていたものを2035年に前倒すことも可能でしょう。そのためには、米国がアポロ計画に費やしたのと同じ、年間1兆円の予算をかける必要があるかもしれません。逆に、年間1兆円の予算があれば、10年間で、人工光合成を実用化レベルに押し上げることは充分にできるはずです。そして、そのことは、先述の世界の課題解決だけではなく、日本の課題解決にもつながるのです。
繰り返しになりますが、我が国の最大の課題は、人口が減少する中で、潜在成長率が低いままであることです。人工光合成の実現により、我が国がエネルギー生産国になることで、潜在成長率を飛躍的に上昇させることができます。人工光合成を我が国の国家プロジェクトにし、世界と日本の課題の同時解決を目指します。
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Bushra AlBlooshi, Hoda Al Khzaimi and Heba Ahmad
2025年10月9日