循環器医療のデジタル未来に向けた、あと一歩とは

AIとデジタルツールは循環器医療を変革する可能性を秘めています。 Image: DRL/Unsplash
- 心臓疾患などの循環器医療に携わる医師は、週に平均7時間を事務作業に費やしています。
- AIとデジタルツールにより、この事務時間の最大5時間を削減することができ、米国だけでもあと数千件の診察が可能となります。
- 4カ国300名の循環器専門医を対象とした調査では、デジタルソリューションに大きな可能性を感じつつも、現時点ではまだ実現されていないとの認識が示されました。
2025年には、高血圧や高コレステロールなど心血管疾患のリスクを高める状態を含む、心血管疾患による死亡者が2,000万人を超えると予測されています。また、2050年までには、心臓病など循環器系疾患の有病率は90%増加する見込み。死亡者数は3,500万人に達し、米国だけでも、心血管リスク要因に関連する医療費が同期間に3倍に膨れ上がると予測されています。
この課題に取り組むには、テクノロジーが不可欠です。
デジタルニーズと現実の乖離
現代の急速な変化の中で、ヘルスケアの分野、特に循環器医療におけるAIの統合は、その様相を急速に変えつつあります。AIは医療をより精密に、効率的に、そしてパーソナル化することができ、自律型スキャンや遠隔での問診、診断といった革新的なソリューションを通じて、すでに患者ケアの向上や医療従事者不足の解消に貢献しています。ただし、既存のテクノロジーでは、循環器専門医が希望する、または必要とする支援を提供できていない場合が多いのです。
循環器専門医が直面する課題と、デジタルツールがそれらの課題解決にどのように役立つと考えられているかを把握するため、ボストン コンサルティング グループは、米国、英国、ドイツ、中国の循環器専門医300名を対象に調査を実施しました。
専門医たちは、週平均7時間を事務作業に費やしていると回答。適切なデジタルツールがあれば、このうち5時間を削減することができ、特に新規患者を含む患者の治療に充てる時間を増大することができると見込まれます。全体として、米国だけでも年間8,500回の診療機会の増加につながる可能性があるのです。
循環器専門医のほぼ半数がデジタルツールの普及に価値を見出していると述べる一方、3分の2が現行ソリューションに不満を抱いていると回答。特に、患者の病歴へのアクセス、診断検査や診察予約の調整、手配に困難が見られます。また、他の医療従事者との連携や、過去の診断検査結果の確認、比較も課題です。
循環器医療をはじめ医療業界全体において、これらの課題解決は最優先事項であるべきです。現在のデジタルヘルス市場は4,000億ドル規模ですが、2030年には1兆2,500億ドルに達すると予測されています。特に重視されるのは、デジタル技術とAIにおけるイノベーションおよびブレークスルーです。これにはAIベースの診断ツール、生活習慣改善アプリ、臨床意思決定支援ツールなどが含まれ、患者の自己決定の範囲を拡大し、医療従事者の迅速かつ正確な意思決定を支援します。
ユーザー中心かつ直感的に操作が可能なデジタルソリューション
循環器分野では、治療の全過程における課題の軽減が期待できるため、デジタル技術に大きな可能性が見出されています。ただ、循環器専門医が繰り返し直面する課題の多くは、他の専門分野にも共通するものです。
一方で、既存の循環器医療向けデジタルソリューションや医療ソリューションには限界があります。循環器専門医とその患者にとって効率的かつ効果的に機能する、医療機関の業務フローに完全に統合された形ではないためです。一つの課題にのみ対処し、一つのタスクを遂行するだけのデジタルツール、AIツールでは、こうした専門家のニーズを満たすことはできません。また、これらのツールは追加コストを伴うため、医療機関がその負担に消極的になる場合もあります。
さらに、急速に変化する環境において、臨床医が新たなツールの使用方法を習得する時間と能力には限界があります。循環器専門医からは、複雑なインターフェース、直感的でない設計、不十分なトレーニングリソースに阻まれることが多いとの声が寄せられました。
デジタル技術が効果を発揮するためには、シームレスかつ直感的、使いやすくスケーラブルなものである必要があります。実用的な例として、フィリップスとAWSが共同開発したクラウドベースのサービスでは、放射線画像や診療記録など、多様な診断ソースからの患者データを統合的に把握することができます。
調査では、循環器専門医の4分の3がデジタル技術導入を検討する際、相互運用性のある統合型エンドツーエンドソリューションかどうかを重視すると回答。さらに42%が、電子カルテとシームレスに連携するツールがあることが、主要なセールスポイントだと認識しています。
全体として、循環器専門医のデジタルサービスに対する支払い意欲は依然として低い水準にあります。ただし、最大の課題解決につながるデジタルツールへの支払い意欲について尋ねたところ、その割合はほぼ2倍(28%)に上昇。デジタルツールへの投資に前向きであることが明らかになりました。
今後の鍵は連携の強化
単一の問題を解決する限定的なデジタルソリューションから、連携した医療エコシステムへと移行するには、企業間で調整するアプローチが必要です。
既存のITアーキテクチャや臨床ワークフローにデジタルツールを選択、統合し、循環器専門医やその他の医療提供者のニーズを満たすことは、単一の企業にはできません。業界を超えた連携が不可欠であり、これはすでに始まっています。
例えば、米国心臓病学会(ACC)とAI企業のアイドックは、冠動脈石灰化のAI診断精度向上と既存ワークフローへの統合に向けて提携。同様に、フィリップスとAWSは戦略的提携により、フィリップスの画像診断ポートフォリオをクラウドで統合し、ワークフローの効率化と医療現場横断的な画像データアクセス向上を目指しています。
デジタルツール間の新たな連携構築と既存連携の強化には、これを支えるエコシステムを生み出すことが求められます。業界内での共創を促進する戦略的パートナーシップが、循環器専門医やその他の臨床医の期待に応える、シームレスでユーザー中心のソリューションを開発するための鍵となるでしょう。
世界経済フォーラムの「デジタルヘルスケア・トランスフォーメーション」イニシアチブは、デジタル技術で再構築された医療エコシステムの実現を目指す旗艦的取り組みです。同イニシアチブは、医療業界の従来のサイロ化を打破し、共同イノベーションを促進することで、すべてのステークホルダー間の対話を可能にするユニークなプラットフォーム。そのネットワークは、グローバルな官民ステークホルダー間の継続的な情報交換を可能にし、医療分野におけるデジタル技術とAIソリューションの拡大を推進します。エコシステム全体として、特に循環器医療をはじめとする医療全般に革新をもたらす適切なツールを開発する上で、重要な役割を担っていくでしょう。
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