正しい成長を実現するアプローチ
成長至上主義から、そろそろ脱却する時です。 Image: Getty Images/iStockphoto
- GDPのような従来の成長指標では、包摂性、持続可能性、レジリエンスなど経済発展のより幅広い側面を捉えることができません。
- 気候変動、技術革新、グローバルな相互のつながりによってもたらされる課題に対処するには、「成長のためなら何でもする」という成長至上主義のマインドセットからの転換が必要です。
- この記事は『フォーリン・アフェアーズ』誌にも掲載されています。記事はこちら。
2024年の米国大統領選挙が示したように、経済見通しに対する国民感情は投票行動に大きな影響を与えます。現時点では、世界中で経済見通しは厳しい状況にあるようです。
国際通貨基金(IMF)は今後5年間の世界経済の年間成長率を平均3%程度と予測していますが、これはここ数十年で最も「弱い」中期的見通しです。中でも最も厳しい状況にあるのは先進国であり、成長率は停滞したまま推移すると予想されています。
経済成長は依然として、生活水準を向上させるための最も確実な手段であり、ほぼすべての政策課題の進展に不可欠です。低成長の環境下では、必需品が手頃な価格で手に入らなくなるため、家計の収入がますます圧迫されるからです。
企業は自社の製品やサービスに対する需要を見つけるのに苦労しています。政策立案者は、競合する優先事項の間のゼロサム的なトレードオフに直面することが増えるでしょう。
新興国や開発途上国では、成長の鈍化により、開発が10年以上も後退する恐れがあります。長年にわたる安定した成長により、生活水準の一貫した上昇を実現してきた先進国でも、成長の鈍化により、社会経済的な流動性の向上が覆される懸念が出ています。
しかし、従来型の経済成長は、もはや目的に適合しません。世界は根本的に大きく変化し、経済政策に対する要求がまったく異なった形になっているからです。また、グローバルな国内総生産(GDP)の半分以上が天然資源に中程度から高度に依存しているため、気候危機が経済的意思決定に影を落としています。
加えて、AIなどの急速に変化するテクノロジーが、新たな機会を生み出すと同時に、新たなリスクも生み出しています。さらに、多くの国々で不平等が社会の絆を損なっています。
相互のつながりが強まりつつある世界では、地域単位のレジリエンスがこれまで以上に重要になるでしょう。このことは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックや、地政学的な混乱によるサプライチェーンの混乱がもたらした経済的ショックからも明らかです。
政府や企業の役員室で一般的だった「成長を何としても実現する」という成長至上主義は、環境破壊の一因となり、社会経済的不平等を悪化させ、最大限の効率性を追求するあまり、経済的ショックに対するセーフガードを弱めてきました。
問うべきは、世界にはまだ経済成長が必要なのかどうかではなく、他の重要な政策目標の進歩を促進しながら成長を達成する最善の方法とは何かということです。
ヒューマンキャピタル(人的資本)、グリーンテクノロジー、インフラ、そして世界的な衝撃に対するレジリエンスの向上を優先する成長こそが、より高い生活水準と真の共有された繁栄につながります。
この新しい成長アプローチは、従来の知恵と革新的な政策を融合させるものです。これにより、経済政策への信頼を回復し、誰もが経済的に取り残されないようにし、新しい経済時代の不確実性に対処する助けとなるでしょう。
新しい時代のための新しいツール
GDPは経済の動向を把握するためには便利な指標ですが、資源や機会の分配、環境の状態、特定の地域のレジリエンスといった点を明らかにするには不十分です。
リーダーたちが成長の捉え方を広げることは、単なる知的挑戦にとどまらず、現実的な課題でもあります。同様に、不確実な環境に直面するビジネスリーダーたちも、経済の再編に伴う大きな変革を最大限に活かすため、成長の在り方を見直す必要があります。
世界経済フォーラムは、各業界の主要企業や団体のチーフエコノミストを対象に、政策立案者は経済成長を最優先すべきか、それとも成長の恩恵を受ける人々を考慮すべきかについてアンケート調査を実施しました。
その結果、回答者の65%が、成長率が低下する可能性があっても、経済成長と社会の結束、環境の持続可能性、経済的平等、国家安全保障といった他の重要目標を組み合わせた政策を優先すべきだと強く同意または同意しました。
さらに、約3分の2の回答者が、成長とこれらの目標の間に大きなトレードオフはないと考えています。
経済政策の新しい時代には、どのような新しいツールが必要になるのでしょうか。世界経済フォーラムの「成長の未来」フレームワークは、成長率と世界や各国の優先課題とのバランスを取るため、多次元のアプローチを導入しています。
このフレームワークでは、最新のデータを基に、107カ国の成長に関する革新性、包摂性、持続可能性、レジリエンスを84の指標で測定しています。これは、世界が根本的に大きく変化し、経済政策に対する要求がまったく異なるものになったからです。
調査結果は衝撃的なものでした。約40億人が低品質な成長を遂げている国々に住んでいます。従来の指標では経済成長が進んでいるように見えるかもしれませんが、その進歩は革新性、包摂性、持続可能性、レジリエンスの高い成長につながっていません。
言い換えれば、高成長が質の高い成長を保証するわけではないのです。過去5年間にGDP成長率が平均3%以上を記録した国はいずれも、人材や技術への投資を行い、資源利用の持続可能性を目指し、経済をショックから守ることを目標とする「成長の質」の高い層には達しませんでした。
経済政策の目標間の関係は本質的に複雑であり、ある程度のトレードオフは避けられませんが、まだ活用されていない相乗効果も存在します。
例えば、ある国の物的資本ストックと環境フットプリントの間には複雑なトレードオフが存在します。多くの国ではインフラ開発が成長の主要な推進要因ですが、国連環境計画によると、建物は世界のエネルギー需要の34%、エネルギー関連の二酸化炭素排出量の37%を占めていると推定されます。
しかし、AI、温度・流量センサー、ビッグデータなどの技術を活用して、建物や都市環境でのエネルギー利用を最適化し、成長による環境への影響を軽減する取り組みが進んでいます。
貿易や海外投資の開放性は依然として質の高い成長の重要な促進要因です。特に、グローバル経済に統合されている国々は、質の高い成長の重要な要素である知識や技術移転の恩恵をより多く享受しています。
世界は根本的に大きく変化し、経済政策に対する要求はまったく異なった形になっています。
人間こそが基準
質の高い成長の定義や実現に向けた各国のアプローチは、それぞれ異なると考えられます。しかし、世界中で質の高い成長のサイクルを促進する上で役立つ共通の原則があります。それは、「後悔をしない」手段を選択することです。この原則に従うことで取るべき行動が見えてきます。
人的スキルと創意工夫は経済成長に不可欠な要素であり、人々の幸福の向上こそがすべての経済政策の最終的な目標であるべきです。労働者の知識、スキル、健康状態を含む強力なヒューマンキャピタルのエコシステムがなければ、経済生産は停滞し、国は目前の機会を活かすことができません。
ヒューマンキャピタルへの投資を怠ると、その悪影響は深刻です。世界銀行の推計では、1人当たりGDPにおける国ごとの差異の最大30%は、ヒューマンキャピタルの差によるものだとされています。
その水準が低い国では、成長の利益が一部の小さなグループに集中しやすく、長期的な成長の見通しが限られてしまいます。
一方、ヒューマンキャピタルへの投資が広範に行われれば、生産性が向上し、その経済的利益が再び人口に再投資されることで、成長の好循環が生まれる可能性があります。
新興テクノロジーなどのフロンティア市場が成長を促進する上で重要である一方で、基本的な商品やサービス、デジタル接続、電力といった経済および社会基盤への投資は、国内の多くに変革をもたらす可能性があります。これにより、多数の人々が成長の恩恵を受ける手段を得ることができます。
10億人以上の人々が、清潔な水、健康的な食品、インターネットへのアクセスを確保することに苦慮している国に暮らしています。また、多くの高所得国や上位中所得国でも、交通手段や住宅への確実なアクセスを提供できていません。
これらの分野で有意義な進歩を遂げるには、大規模な投資が必要となります。国連貿易開発会議(UNCTAD)は、途上国が国連の持続可能な開発目標(SDGs)を達成するには、官民から年間4兆ドルの資金が必要になると試算。これは、2015年の2.5兆ドルから増加しています。
最大の資金不足は、経済開発の主要分野であるエネルギー、水と衛生、インフラ、食料と農業に生じているのです。
嵐の克服
グリーンエネルギーへの移行は、気候変動を緩和するだけでなく、イノベーションを推進し、地域に根ざしたレジリエンスを育み、新たな成長モデルを促進します。風力や太陽光などのクリーンエネルギー源の拡大は、すでに技術の大幅な進歩を促すとともに、新たな雇用を生み出しています。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、再生可能エネルギー業界は2050年までに世界中で4,000万人以上を雇用する可能性があるとのこと。持続可能な方向への転換は、気候リスクに対する耐性を高め、エネルギーのグローバルサプライチェーンの混乱リスクを低減することにより、レジリエンスを強化します。
レジリエンスを高めるには、多数のサプライヤー、ロジスティクスのネットワーク、生産手段による冗長化が必要です。強固な国際バリューチェーンと貿易は、これを実現する最善の方法の一つです。「成長の未来」フレームワークの総合的なレジリエンス指標で最高得点を獲得した国々は、エネルギー源と輸出品の多様化が進んでいる場合が多いからです。
また、開放性の高い国は、より急速に成長し、ショックからの回復力も高い傾向があります。自給自足は魅力的ですが、最も経済が発展し、国内生産能力が発達した国にとってさえも容易ではありません。
同時に、相互依存関係は、商品やエネルギーの供給が集中するなど、根本的なリスク要因を軽減しない場合はレジリエンスを低下させる可能性もあります。
各国は内向きになるのではなく、重要なグローバルサプライチェーンを確保し、監視するとともに、衝撃に耐えることのできるサプライヤーのネットワークを構築し、必要かつ可能な場合には国内生産や戦略的商品の備蓄を強化することが望ましいでしょう。
イノベーションの解放
しかし、グリーンな移行を推進し、レジリエンスを確保するために必要な投資は実行されていません。「成長の未来」フレームワークで取り上げた107カ国のうち、GDPの0.5%以上を再生可能エネルギーに投資しているのはわずか14カ国です。
同様に、国際エネルギー機関(IEA)は、2020年から2050年の間に世界が実現すべき炭素排出量削減のほぼ半分は、市場にまだ出ていない技術によるものであるべきだと推定していますが、グリーンエネルギーのイノベーションは少数の国々に限られており、潜在的なソリューションの開発を遅らせています。
各国政府と産業界は、大気汚染、廃棄物管理、水供給と衛生、エネルギー貯蔵と配電、土地と水の保護に取り組むことができる環境技術のグローバルな普及を促進するため、協力してより強力な推進力を生み出す必要があります。
テクノロジーの進歩は、他のさまざまな政策分野での進歩とともに、成長を促進する好循環を生み出すこともできます。しかし、主要な技術への投資だけでは、特に開発途上国が技術進歩の経済的利益を享受することはできません。
新しいテクノロジーを誰もが利用できるようにするためには、パブリックセクターも含めて、新しいテクノロジーを扱う人材の教育と訓練も重要です。しかし、世界中の1万人以上の経営幹部を対象とした同フォーラムの調査によると、必要なデジタル人材を確保できている国は、全体のわずか20%にとどまっています。
また、健康、教育、高齢者・児童のケアなど、社会にポジティブな成果をもたらす分野でのテクノロジーの展開を促すために、政府による行動やインセンティブも必要となる可能性があります。
質の高い成長を促進する上でテクノロジーの可能性を実現するには、研究開発費の確保、競争力のあるビジネス文化、知的財産保護の強化、規制監督、法律など、さまざまな制度や慣行からなるイノベーションのエコシステムが欠かせません。
また、技術的統合においては、倫理、安全、セキュリティ、プライバシーに関して、各国政府がガードレールを設ける必要があります。
今後進むべき方向
グローバル経済は、先進国と開発途上国の両方において、低成長、不平等、社会的流動性の停滞に苦しんでいます。これは政策立案者にとってジレンマです。成長至上主義から脱却しなければなりませんが、収益の成長を無視して、社会、環境、安全保障に関する課題を追求することはできないからです。
この難題を解決するには、政策立案者は国の経済パフォーマンスを評価する際に、成長の量だけでなく質も考慮し、複雑性を受け入れなければなりません。
このバランスの取れたアプローチは、単なる新しい言葉で覆われた社会政策ではなく、国家の利益を確保し、グローバルな繁栄を促進しながら成長率を再び高めるための確かな経済戦略なのです