インテリジェント時代におけるヘルスケアの改善には、文化の変革と協力が不可欠
コラボレーションモデルは、再生可能な医療エコシステムへの道を切り開くことができます。 Image: Shutterstock / Pressmaster
- 医療に人工知能(AI)を導入するためには、協力、オープンな姿勢、そして時代遅れのワークフローの変革を優先する、マインドセットの転換が必要です。
- AIを活用したツールは、オーダーメイド治療を提供する一方、その効果を最大限に引き出すためには、患者の関与とデータの同意が不可欠です。
- フェデレーテッドラーニング(連合学習)やオープンデータセットのようなコラボレーションモデルは、プライバシーに関する懸念に対処しながらイノベーションを促進し、再生可能な医療エコシステムへの道を切り開きます。
私たちが前例のないディスラプション(創造的破壊)の時代に生きていることは、もはや周知の事実です。イノベーションは驚くべきスピードで進んでおり、人々のつながり方や、コミュニケーションの取り方において、世界の産業全体に影響を与えています。
人工知能(AI)のイノベーションは、他の技術的なブレークスルーをはるかに上回るスピードで進んでおり、製薬会社、バイオテクノロジー、学術機関、スタートアップとの協力により、ヘルスケア市場に新しい革新的なツールをもたらしています。
AIは、科学的発展の開発から患者との接点に至るまで、あらゆるレベルで最適化し、向上することができます。チームの構築を促し、それぞれの分野でAIにオープンなマインドセットを採用させるための鍵となるのが、リーダーシップです。
BCGは、生成AIの変革を成功させるために「10-20-70ルール」を提案。これは、10%を新しいアルゴリズムの構築、20%をインフラ、そして70%を人材とプロセスに充てるというものです。
文化的な変革を促進し、人々の間に変化を受け入れる姿勢を生み出してこそ、AIイノベーションの能力を最大限に活用できることを、リーダーは認識しなければなりません。
変革的な発見ツールとしてのAI
AIツールは、創薬ターゲットをより迅速に検証し、臨床試験デザインの構造を最適化し、新薬のスクリーニングプロセスを最大50%加速させることにより、研究開発を前進させることができます。
例えば、Iambic Therapeutics(イアンビックセラピューティックス)社は最近、AIによる新薬発見モデル「Enchant(エンチャント)」を発表しました。このモデルは、研究プロセスを効率化し、開発の初期段階であっても、薬剤がどのように作用するかを予測することにより、時間と費用のかかる前臨床開発プロセスを数年短縮することができます。
AIの導入は、古い仕事のやり方を手放すことを意味します。最も有望な投資プロジェクトと成功する可能性が低いプロジェクトを見分け、リソースのシフトや一部のプロジェクトの廃止につながるため、文化やマインドセットの変革が必要です。これを達成するのは、容易なことではありません。
組織におけるあらゆるレベルのリーダーは、チームが創造的な能力を広げ、最も可能性の高い領域に集中するよう奨励しなければなりません。
臨床試験の募集に革命を起こす
臨床試験において、常に課題となるのが被験者の募集です。年間約20億ドルのコストがかかるにも関わらず、臨床試験の85%が十分なサンプルサイズを募集または維持することができないため、失敗に終わっています。
リーダーは、AIツールを活用することにより、試験に参加する資格のある個人を迅速に特定し、この困難なプロセスを効率化することができます。ジョンソン・エンド・ジョンソンのような企業は、機械学習とAIアルゴリズムを使用し、臨床試験を患者に直接提供しています。
サノフィ、オープンAI、Formation Bio(フォーメーション・バイオ)は最近、臨床試験の募集を迅速化する初のAI搭載ツール「Muse(ミューズ)」を共同開発しました。サノフィは、多発性硬化症の第III相試験にミューズを導入することを計画しています。
これらのAIツールを活用することにより、被験者をタイムリーに募集するという共通の課題に対処し、アクセスの向上と全体的な体験の改善を実現し、臨床試験への参加を促します。
今日の時代において、ステークホルダーの賛同を確保するためには、エンゲージメントへのシフトが不可欠になるでしょう
”個別化医療と治療計画
人々が期待し、受けるに価するのは、医療従事者がすでにAIを活用して開発しているパーソナライズされたソリューションです。こうしたソリューションには個々の治療計画が含まれており、薬剤と要因の関係を分析して予測される患者の転帰を決定し、最適な治療法を特定することができます。
ゲノミクスとスタンフォード大学の研究によると、新しい遺伝子スクリーニング検査は、高血圧、乳がん、糖尿病などの一般的な早発疾患リスクがある人を特定することができます。
こうしたツールは、これらの疾患に対する遺伝的な警告サインを特定し、医療従事者が脆弱なグループに早期介入と治療を提供することにより、早期の死亡を24.5%防ぐ可能性を示しています。
AIを活用した技術と治療は、患者がより多くの情報に基づく、積極的な医療上の意識決定を行うのに役立ちます。一方、医療アドバイスに対する信頼を築き、患者が自分のリスク要因について自発的に学び、治療計画を守るよう促すためには、患者とのコミュニケーションが不可欠です。
データを活用して社会貢献
生成モデルは、与えられたデータに依存することを忘れてはいけません。データを研究開発に使用することを承認してもらうためには、患者へのアウトリーチが必要です。これにより、実際の使用事例を含んだデータセットが補完され、研究者が参照できるデータのプールが拡大するからです。
例えば、ジェネンテック社は、自社で生成したデータに基づくAIの「lab in the loop(ラボ・イン・ザ・ループ)」トレーニングを開始しています。
プールされたデータの能力が高まるにつれ、プライバシーに対する懸念も高まっています。このような懸念に対処するため、オーキンなどはフェデレーテッドラーニングを活用。学術機関ごとに保存されているデータでそれぞれデータセットを構築し、このデータセット内にて分析して重要な発見を導き出します。安全性を確保したソリューションを出すことができる一方、データは各学術機関の保護下にあります。
また、複数の医療機関の間でイノベーションを共有する取り組みもあります。サノフィは、全体の状況が良くなると個々の状況も良くなることを意味する「上げ潮はすべての船を持ち上げる」という考え方を採用し、小規模なAIイニシアチブが利益を得られるよう自社のデータセットを開放しています。
ヘルスケア産業に対する認識と希望を、単一の企業と消費者をつなぐ直接的なパイプラインではなく、再生可能かつ循環的なモデルにシフトすることにより、社会貢献を広げることができるのです。
視点の変革
新しい技術には常に抵抗が伴います。初期の導入者やリーダーは、これらのツールをどのように使うことができるのか、現実的かつ具体的な方法を示さなければなりません。その中心にあり、不可欠なのは、実験とイノベーションを奨励する学びの姿勢への文化的転換です。
「私たちは教育型組織から学習型組織へ移行しなければならない」と、サティア・ナデラ氏は述べています。伝統的に、医療は教育とアドバイスを提供することに重点を置いてきました。今日の時代において、ステークホルダーの賛同を得るためには、エンゲージメントへのシフトが重要です。
ヘルスケアのリーダーは、どれほど素晴らしい革新であっても、それ単体では実現できないことを認識しなければなりません。科学的なブレークスルーには、信頼を築き、導入を促進し、最終的にはすべての患者の人生に影響を与える素晴らしいブレークスルーを実現するための、包括的なコミュニケーション戦略におけるサポートが必要なのです。