老化を科学で再定義~年齢は目安に過ぎない~
今日、加齢とは単に年齢を重ねることではありません。私たちの臓器にはそれぞれ「真の年齢」があり、ヘルスケアの効果を高めるためには、この情報を活用することが重要です。 Image: Getty Images
- 老化に関する研究は急速に進歩しており、心臓や脳など身体器官の「真の」健康状態を測定できるようになっています。
- 私たちの臓器にはそれぞれ時計があり、それを通してその年齢、ひいては健康状態を知ることができるようになってきています。
- 重要な次のステップは、この発見を実用的なヘルスケア対策に変えることです。
老化の度合いを測定するには、どうすればよいでしょうか。経営学者ピーター・ドラッカーが掲げた「測定できなければ改善できない」という原則は、今日、老化に関する研究にも等しく当てはまります。今、年齢という単なる数字を超えた、より深い生物学的洞察が明らかにされようとしているのです。
科学者たちは、生物学的年齢が、細胞や臓器レベルでマッピングされた個人差によって、実年齢とは大きく異なる可能性があることを認識するようになりました。急速に拡大する老化生物学研究分野の重要な目標は、老化バイオマーカーの特定と評価です。最近、生物学的情報(=生物学的経路)に基づき、因果から導かれた(つまり疾患予測のもととなる)「エピジェネティック・バイオマーカー」が開発されました。ここから、将来の健康介入の基礎となるより詳細な情報が得られ、個人の健康アウトカムを改善する可能性が生まれます。このような生物学的老化の理解は、臓器特異的な「老化時計」の発見によってさらに洗練され、加齢が個々の臓器のレベルでどのように変化するかを調査することができるようになりました。
臓器特異的な老化時計
研究段階では、特定の臓器の血漿タンパク質を利用した心臓、脳、肺、腎臓などの主要臓器の老化のモデル化が行われました。これにより、作成が可能になったのが、特定の臓器が他の臓器と比較してどのように老化するかを追跡する「臓器年齢ギャップ」です。各臓器に固有の老化情報を把握することで、特定の疾患に対する感受性が明らかになる可能性があります。
また、最近の臓器特異的老化時計の進歩により、個々の臓器の生物学的年齢が、関連する疾患リスクを知る上で信頼性の高い予測因子であることが分かりました。例えば、脳の生物学的年齢の高さはアルツハイマー病のリスクの高さと相関し、肺の老化は慢性閉塞性肺疾患(COPD)のような疾患への感受性の高さを示唆します。特に、「若々しい」脳と免疫系は無病長寿との関連が極めて深く、バイオマーカーによって脳と免疫系が若いとされる人は、死亡リスクが顕著に低いことが明らかになっています。健康寿命を延ばし、より長く健康的な生活を実現する上で、脳と免疫系の健康を維持することは極めて重要なのです。
単一の推定値を超えて
これまで、生物学的年齢の予測に役立ってきたのは、前述の「エピジェネティック・バイオマーカー」に基づく老化時計でした。これは極めて正確な予測値を示しますが、そこから得られるものは通常、単一の年齢推定値であり、老化の根本的なメカニズムは示されません。一方、「エイジオーム」と呼ばれる新しいアプローチが、単一値で個人の生物学的年齢の全体像を捉えることができるという考えに異議を唱えています。エイジオームとは、身体の部分とその機能によって老化する速度が異なる可能性があることを踏まえて、様々な細胞経路と機能の生物学的年齢を同時に測定するものです。
このアプローチでは、高次の生物学的老化マップを作成し、体内の異なる生物学的機能、つまり「モジュール」の老化が様々である様子を捉えます。これにより、個体内、個体群全体、さらには種を超えて、より包括的に老化状態を評価することができるようになるのです。重要なのは、エイジオームによって驚くべき発見がすでになされていること。例えば、「細胞リプログラミング」のようなある種の介入は、ある経路を若返らせる一方で、その他の経路で老化を加速させる可能性があります。さらに、エイジオームから得られる経路固有の洞察をヒト集団に適用すると、従来の老化時計よりも効果的に疾患リスク(特にがん)を予測できる可能性があることが示されています。
このようにエイジオームによって多様な老化パターンを明らかにすることにより、体内で老化が進行していく様子をより詳細に知ることができるだけでなく、健康と長寿を改善するために対処可能な特定の経路が明らかになることで、標的を絞った介入の新たな可能性を開くことができるでしょう。
効果的な介入の追求
次のステップは、今日の高精度な老化時計を活用したヘルスケアの改善です。
老化の速度は臓器、細胞、経路ごとに異なるという理解が深まるにつれ、老化プロセスの特定の側面をターゲットとした介入が注目を集めています。ライフスタイルの変革から実験的治療までにわたるこうした取り組みは、生物学的老化を減速させ、疾病リスクを低減し、健康寿命を延ばすことを目指しています。
このような模索の中、アカデミアでは、「バイオマーカーズ・オブ・エイジング・コンソーシアム(Biomarkers of Aging Consortium)」のような、科学者たちが老化バイオマーカーに関するコンセンサスを形成し、健康状態への影響を評価する共同イニシアチブの形成が進んでいます。また、食事や運動などのライフスタイル因子が特定の臓器における老化を遅らせることがすでに示されている一方で、細胞機能に対する抗老化効果を試験中の薬もあります。こうした取り組みの背後にある野心的なビジョンは、いつの日か生物学的老化の特定の側面を遅延、一時停止、あるいは逆転させる介入策を発見することです。
こうした高度な老化時計を活用することによって、最終的には、健康寿命を延ばす上で最も効果的な介入策を評価する強力な手段が得られるようになります。個々人に合わせて的を絞った戦略によって、年齢を重ねても活力とレジリエンスを維持することのできる未来が期待できるでしょう。
筆者らは、本稿の老化科学に関する議論を深める上で貢献をいただいた、ハーバード大学院生クラブ主催「病気と健康に関する学際的討論会(Interdisciplinary Discussion on Disease and Health)」(2024年10月、米国マサチューセッツ州ボストン)におけるケジュン・アルバート・イン氏、ジェシー・ポガニック氏、ソン・ジニョプ氏の発表、『AIが老化研究を変革する方法に関する学際的考察(Interdisciplinary Discussion on How Can AI Transform Aging Research)』に感謝いたします。