気候対策

貧者に海が牙をむく〜ギニアビサウの貧村の悲惨な状況は気候正義を確立することの重要性を訴える〜

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ギニアビサウでは海面上昇の影響が顕在化し、住民が深刻な貧困に追い込まれています。 Image: Unsplash/Tim Oun

Tetsuji Ida
Senior Staff Writer and Editorial Writer, Kyodo News
  • ギニアビサウでは、海面上昇により、ジョベルのような沿岸部の村は絶滅の危機に瀕しています。
  • 海水が農地を荒らし、飲料水を汚染し、家屋を破壊するため、村人たちは深刻な貧困に直面しています。
  • ギニアビサウのコミュニティは、温室効果ガスの排出量はごくわずかであるにもかかわらず、気候危機の影響を他より多く受けており、世界的な気候正義の必要性が浮き彫りになっています。

「海がどんどんこっちに向かってくるんだよ。畑も海水に浸かってだめになった。土地は少なくなり、村を捨てた人も少なくない。私もいつかはこの家を捨てる決断をしないとだめなんだろうなと思う」。水辺に立つ電気も水道もない粗末な草ぶきの家。薄暗い部屋の中で、アゴティ・サンハがつぶやいた。「誰もがこの土地にとどまりたいと思っている。でも、水がそれを許してくれない」。70歳を超えるという彼女は「長く生きてきてこんなことになるとは思いもしなかった」と言うと、後は無言でうつむいた。

この3月、西アフリカの最貧国の一つ、ギニアビサウを取材で訪れた。標高の低い沿岸域に暮らす人々が直面する気候危機の現状をレポートすることが目的だった。ギニアビサウをはじめとする西アフリカ諸国の沿岸地域には多くの人が住み、半農半漁の暮らしをしている。今世紀に入ってからこれらの地域では、地球温暖化による海面上昇、規模の拡大が続く暴風雨や高潮などの影響が顕在化し始め、気候危機が深刻な貧困に追い打ちを掛けている。

危機に瀕する村

ギニアビサウは、3万6000km2余り。約210万人の国民のうち、約7割が1日1.90米ドル未満の収入で暮らす貧困層だ。

首都のビサウから車で5時間、いくつかの町を通り過ぎた場所から、金属製のボートに乗り換えて2時間ほどたどり着いた目的地の沿岸の村、ジョベルも湿地帯の中にある。村人は入り組んだ水路の周囲や生い茂るマングローブ林の中のわずかな土地で米などを育て、魚やカキを捕って生計を立ててきた。だが、今世紀初めごろから海は人々に牙をむくようになった。海面上昇や高潮の影響で、村は今や消滅寸前に状態にまで追い込まれている。

村長のバシロ・ナンゴは「20年くらい前から気候や海が大きく変わり始めた。海の広がり方は異常だ。雨期には村全体が水の下に沈んでしまう。田んぼも農地もほとんどだめになって、役に立つ土地はほんの少ししか残っていない。去年、新たに開墾した農地も今年の大水でだめになってしまった。遅かれ早かれこの村はだめになる。なんの希望もない」とまくし立てた。

水をめぐる争い

大きな難題は、飲み水だ。少し前までは村の中の井戸から淡水を得られたのだが、5年ほど前から海水が井戸に入ってくるようになり、飲用に適さなくなった。人々は片道4時間、ボートに乗って遠くの村の井戸まで行って、水をタンクに入れて持ってこなければならなくなった。往復で8時間、水を汲むのに1時間以上、計10時間近くかかる重労働が村人、特に女性や子どもにのしかかる。

潮が満ち始めた海に散在する小さな島の上、水面ギリギリの危うい場所に粗末な家が建っている。「あそこに少し前に放棄された家がある」と、バシロが指さす先に、半分、壊れかけた住居が見えた。家の周囲の柱は何本も倒れ、草葺きの屋根はボロボロになり、白いシートが掛けられている。

海面上昇と高潮で破壊された廃屋が並ぶギニアビサウのジョベル村。 Image: Tetsuji Ida

乾期の熱帯の強い日差しの中を歩くと、村のあちこちに、真っ白な塩に覆われて使えなくなった土地が広がっているのが目に入る。ほとんどの農地に作物が育つ気配はなく、盛り土を破って、海水が畑に入り込んでいる様子も見えた。

バシロが、自宅から少し先の小島にある廃虚となった家に連れて行ってくれた。茶色い盛り土の上に残る木の柵の跡と盛り土の頂上に残された土の壁が、かつてここに人が暮らしていたことをうかがわせる。子どもの黒い小さなTシャツと、割れた食器のかけらが足元の土に半分埋もれていた。

気候危機の影響に対応しようにもこの国には技術も資金もほとんどない。既に取り返しのつかない被害が出ている。

ギニアビサウ環境省、ジョアン・チェデュナ氏

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、世界の海面水位は平均で1900年から現在までに既に20センチほど上昇した。気温上昇による海水の膨脹と南極やグリーンランド、各地の氷河など地上にある氷雪の融解が進んでいることが原因だ。産業革命以降の気温上昇を1.5度に抑えるような大幅な排出削減が実現したとしても、今世紀末には海面はさらに50センチ程度、排出量が多ければ1メートル近く高くなる可能性もある。もし、南極の氷床の崩壊が加われば1.5メートル以上も高くなるとされる。しかも、世界気象機関(WMO)によると、1971年から2006年に年平均1.9ミリだった上昇のペースが、2013年から2022年は2倍超の4.5ミリと近年、加速傾向にある。

IPCCは、排出量を抑えたとしても海面上昇は2100年以降も続き、2300年には場合によっては7メートル、南極氷床の不安定化が起きた場合には15メートルも上昇する可能性があると指摘している。人間が引き起こした海面上昇はまだ、始まったばかりだ。WMOのペッテリ・ターラス前事務局長は以前、筆者とのインタビューの中で「海面は長期間にわたって上昇を続け、世界の人々の暮らしや経済にとって大きなリスクとなる。われわれは海面上昇との闘いに敗北しつつあるのだ」と述べた。

ジョベルの村の小さな希望は、内陸への移転だった。ギニアビサウ政府は国連の支援を受けて、海面上昇の影響を受けにくい土地に村人を移住させる計画を立てた。だが、この計画に移住予定地の両側にある二つの村の住民が反発し、ジョベルを含めた三つの村の間の紛争につながり、死者も出ている。移住予定地に国連が建設した給水施設や住居は、反対する人たちによって一夜にして破壊され、今は草むらの中に荒れ果てた姿となっている。ジョベルの人々のわずかな望みだった計画は頓挫したままだ。

ギニアビサウ環境省で地球環境問題に取り組むジョアン・チェデュナさんは「気候危機の影響に対応しようにもこの国には技術も資金もほとんどない。既に取り返しのつかない被害が出ている。先進国は、気候変動枠組み条約の中の「損害と損失のための基金」に十分な資金を拠出し、貧困国の人々の命を救う努力を強めるべきだ」と訴える。

国連によるとギニアビサウの年間の温室効果ガス排出量は世界全体の0.09%でしかない。中でもジョベルの人々の排出量はほとんどゼロに等しい。先進国の人々が引き起こした気候危機で真っ先に大きな影響を受けるのは、ほとんど温室効果ガスを出していないジョベルの村人のような人々だ。この巨大な不正義は、われわれに国際社会で「気候正義」を早急に実現することの重要性を示している。

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危機に瀕する村水をめぐる争い

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