健康な脳が、経済に貢献する理由とは
世界経済における人間の脳の役割はこれまで以上に注目されており、世界中の企業と個人にとって脳の健康が優先事項となってきています。 Image: Getty Images/iStockphoto
Harris Eyre
Lead and Harry Z. Yan and Weiman Gao Senior Fellow, Neuro-Policy, Baker Institute for Public Policy., Rice University- 「ブレイン・エコノミー(脳の経済)」とは、個人的及び集団として、脳の健康が経済成長の重要な原動力であると主張する、新たな経済信念体系です。
- 脳の障害は、世界経済に毎年5兆ドルの損失をもたらしていると推定されています。
- 既存の介入策を拡大することにより、1億3,000万年以上分のより質の高い生活を手に入れることができます。
精神障害、薬物使用障害、神経障害を含む脳の健康障害は、世界の疾病負担の最大15%を占めており、心血管疾患と肩を並べています。
脳障害は、世界経済に年間5兆ドルの損害を与えていると推定されており、そのコストは2030年までに16兆ドルに増加すると予想されています。その一方で、多くの国において、大多数の人が効果的な脳の健康増進、サービス、サポートを受けることができません。
マッキンゼー・ヘルスインスティチュート(McKinsey Health Institute)は、現在、世界で起きている精神障害の負担に対処することができれば、1億3千万年分の質の高い生活を取り戻し、1年ごとに20万ドルの経済的価値を付加することができると試算しています。
経済的手段として脳の健康を高める
脳の健康がもたらす経済効果を意味する「ブレイン・キャピタル」と、地域社会、社会、国が貢献する集合的な脳の力によって成長と安定がもたらされる経済システムを意味する「ブレイン・エコノミー」という考え方は、変化し続ける世界を乗り切るための新しい概念です。認知機能を向上させる政策や投資は、生産性を向上させ、創造性や経済的ダイナミズムを刺激し、よりレジリエント(強靭)で適応力があり、意欲的な人々を生み出すことができます。
脳の健康への投資は、早期に始めるべきです。脳のシナプス結合の半分以上は3歳までに形成。刺激的な活動、適切な栄養摂取、積極的な社会的交流などの早期投資により、認知的及び感情的に強固な基盤を築くことができます。これを裏付けるように、食べ物から吸収される全エネルギーの最大75%が、この時期に脳で消費されているのです。
健全な脳の発達における脅威は、子供が成長するにつれ、脳の基盤をも脅かします。他の慢性疾患とは対照的に、精神障害や薬物使用障害は若年層に偏り、精神障害の75%は24歳までに発症。家庭と教育システム、さらに職場は、脳の基盤を強化する機会を提供し、生涯を通じて脳の資本を構築し維持します。
脳の健康を促進する
教育者及び政策立案者は、早期教育を利用しやすくし、乳幼児期から脳の健康に良い環境を作ることで、脳の経済を活性化させることができます。フォニックス、語彙力、読解力といった基礎的な読み書き能力が、効果的なコミュニケーションや批判的思考の基礎を築くのです。
数の数え方、数の認識、基本的な演算などの数字能力は、数学的推論や問題解決の基礎となります。マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究によると、公立のプリスクール(未就学児を対象とした保育施設)に通った生徒は、通わなかった生徒に比べて、高校で少年院送致や停学処分を受ける可能性が低く、卒業する可能性が高いことが明らかになりました。
幼稚園の頃から脳の健康を守る要素を明確に教え込み、子どもたちが思春期を迎えるまで一貫してそれを強化することにより、健康、キャリア、家庭生活、社会において生涯にわたって成功し、有益な脳の健康のための強固な基盤を築くことができます。高校の卒業までに学業環境で過ごす、およそ14,000時間において、脳の健康資本を強化することも、損なうこともできるのです。
ブレインヘルス・イニシアチブ(Brain Health Initiative)の「脳の健康のための学校(Schools for Brain Health)」のような革新的なプログラムは、教師、幼稚園から学業を卒業するまでの生徒、家族、地域社会に対し、脳の健康に良いライフスタイルの促進、脳の病気の危険因子への対処、さらに、脳の発達とパフォーマンスの最適化を後押ししています。このような取り組みは、青少年が学校と家庭において直面する特有の課題をサポートし、脳の健康と将来のための強固な基盤を築くために不可欠です。
親および養育者は、肯定的な社会的情緒スキルを育むことにより、家庭内で脳の資本を強化することができます。家族における支援と刺激的な家庭環境は幼児期の成功の原動力であり、社会的スキル、衝動制御、学習成果の向上につながることが、研究により示されています。
米国の成人の約64%は、18歳までに少なくとも1種類の幼児期有害体験(ACE)を経験したと報告しています。さらに、ほぼ6人に1人(17.3%)の成人が、4種類以上のACEを経験。ACEによる慢性的なストレスは、子どもの脳の発達に影響を与え、長期的に注意力、意思決定、学習能力を阻害する可能性があります。
同時に、適切なサポートにより、子どもたちはポジティブな対処スキルを身につけ、トラウマの影響から身を守る情緒的回復力を養うことができることを科学が示しています。思いやりのある大人が、トラウマに配慮し、脳にポジティブな方法で、子どもたちに対応するために必要なスキルを身につけることを後押しするプログラムも複数あります。例えば、セサミワークショップの「 Building Resilience in Children and Families(子どもと家族のレジリエンスを築く)」、チャイルド・マインド研究所の「Healthy Minds, Thriving Kids(健全な精神、繁栄する子供たち)」、シンシナティ小児病院・医療センター、マッキンゼー・ヘルス・インスティテュートの「 Strong Resilient Youth(強くレジリエントな青少年)」などです。
職場は従業員の脳の健康をサポートすることにより、脳の資本を促進し、従業員が最高のレベルで働けるようにすることができます。分析的思考は、脳の健康状態が良好であることを示す重要な指標であり、雇用主が最も求めるスキルのひとつでもあります。
今日、第一線で働く人が、明日はCEOになるかもしれません。だからこそ、彼らの脳の健康に投資する必要があるのです。また、将来の労働力の課題に対応するために、子供たちが身につける能力について考えることは、親にとっても非常に重要です。
世界経済フォーラムは、官民を問わず50を超える世界的な組織と協力し、従業員の包括的な健康を高めるための課題とベストプラクティスを特定しています。これは、雇用主が従業員の健康と福祉に積極的に投資することにより、世界のGDPを最大12%増加させる可能性があるという前提に立ったものです。
このイニシアティブはさらに、職場におけるホリスティックヘルスへの介入を推進・評価するための枠組み及び測定法に焦点を当て、組織が同じことをビジネス・ケースとして説明できるよう支援しています。
さらに、この動きは勢いを増しています。これは、第79回国連総会科学サミットの「ブレイン・デイズ(Brain Days)」を含め、ブレイン・エコノミーへの移行を進めるために、世界的なステークホルダーが招集されていることからも明らかです。
脳の健康を促進する3つのステップ
気候変動やメンタルヘルスといった個人的・社会的危機の増大に直面する中、今日の世界を生きるには不屈の精神力が必要です。これらの課題に対処するための戦略には、以下のようなものがあります。
脳の健康に優先的に投資し、神経多様性を受け入れる社会をつくる。幼少期から脳を健康にする習慣を促進し、生涯にわたってそれを強化する。脳障害の予防、治療、回復のための効果的なプログラムを利用しやすくする。
すべてのグローバルリーダー、そして一人ひとりが、ブレイン・キャピタルを促進し、世界的なブレイン・エコノミーの継続的な成長を促進する役割を担っています。より良い脳の健康のための土台を築くことで、私たちは皆、豊かな未来に向かって前進することができるのです。
謝辞:マッキンゼー・ヘルスインスティチュートのグローバルリーダーであるエリカ・コー氏、シニアアドバイザーのシェカール・サクセナ氏による本記事への貢献に感謝します。