持続可能な「9兆ドル産業」へ~食品サプライチェーンの取り組み~
世界人口を養うことのできる膨大な量の食料を供給するには、複雑で相互に結びついた食品サプライチェーンが必要です。 Image: REUTERS/Isabel Infantes
- 食品業界の規模は9兆ドルにのぼり、私たちの生活に欠かせないものとなっています。しかし、そのサプライチェーンもまた膨大かつ複雑です。
- 多層構造をとる食品サプライチェーンの複雑かつ相互に結びつく性質が、持続可能性の実践の妨げとなる可能性があります。
- 供給や価値創出を損なうことなく、食品サプライチェーンに持続可能性を導入する方法に関する指針を提供する研究が増えています。
食品産業は、現代の生産と消費の大部分を担っています。2024年までに、グローバル食品市場は9兆1,200億ドル規模になり、年率6.7%で成長すると予想されています。
農場から私たちの食卓まで商品を届ける食品サプライチェーンは、極めて複雑です。川上、川中、川下の様々な立場の関係者が関与しており、そのすべてが主要な原材料、商品、多様な品目を供給し、最終製品に変える責任を負っています。
この状況をさらに困難にしているのが、グローバルソーシングやアウトソーシングの傾向です。企業間の相互依存関係やプロセスは様々であり、そこには、協力関係や対立関係も存在しているからです。
決定的なのは、多くの食品企業が、競争上の優位性を獲得するために、持続可能性の概念をサプライチェーンマネジメントに組み込むことに苦慮していることです。よりサステナブルなものにするために、企業は広範な多層サプライネットワークの一部として、複数の供給と需要のリンク、リバースループ、多数の関係者との多方向の相互作用や交換、非線形ダイナミクスなど、経済、社会、環境のパフォーマンス指標に影響を与える可能性のある要素を考慮する必要があります。
複雑なネットワークとしての食品サプライチェーン
懸念が高まっている課題として挙げられるのが、サステナビリティの実績と実践に対する2次、3次、4次のサプライヤーの影響です。規制の弱い国々におけるサプライチェーンの上流に位置するサプライヤー(すなわち下位のサプライヤー)やサブサプライヤーは、サプライチェーンの持続可能性に関する懸念の原因として非難されることがよくあります。サステナビリティの管理を主導する企業にとって、管理が難しいのがこうした上流のサプライヤーです。こうしたサプライヤーに関する情報が不十分であったり、彼らに対する影響力が十分でなかったりすることがあるからです。
サステナブルな事業慣行の実践は、様々な要因によって妨げられる可能性があります。例えば、1次サプライヤーより先のサプライチェーンが見通せないこと、関係者間の信頼の欠如、企業をまたぐ関係管理の複雑さ、多くのステークホルダーやより広範なパフォーマンス目標が関わる拡張サプライネットワークの管理に伴うリスクなどです。さらに、通常は大手小売バイヤーに力が偏るため、力の不均衡や力の依存関係が常に存在します。
また、食品サプライチェーンは生鮮農産物や加工食品など、多種多様な製品を提供しています。このため、季節性、品質や量のばらつき、賞味期限の制約など、製品に関連する様々な課題が生じることがよくあるのです。さらに、食糧不足、収穫前・収穫後のロス、持続不可能な土地・水・エネルギーの利用、食品廃棄、食品詐欺、気候変動といった課題に加え、食品サプライチェーンは強制労働や非倫理的な取引慣行など、その他の持続可能性に関する課題にも直面し続けています。
多層食品サプライチェーンでサステナブルな慣行が失敗する理由
持続可能性の向上には、金銭的なコストと非金銭的なコストの両方がかかります。持続可能性の基準を遵守するには、構造的な変革が必要です。例えば、ある製品の持続可能性基準を満たすためには、特定の資源、材料、作業方法を排除する必要があるかもしれません。
また、多層サプライチェーンにおけるパートナー間の知識のギャップも課題です。多層食品サプライチェーンの複雑な相互関連性は、持続可能性に関する知識の伝達やその実施を妨げる可能性があります。重点分野を決定する際、企業はネットワーク内の他の部分に関する情報に目を向けるより、自社にとって重要なことを基準にすることが多いものです。
持続可能性のためのインフラ整備が不十分であることも一因です。サステナブルなインフラへの投資は、まだ、さまざまなレベルの関係者全員が共同で専念する投資として広く考えられる段階に至っていません。
輪作や被覆作物の生産といったある種の有機農法が明らかに非現実的であることも、食品バリューチェーンの上流でサステナブルな取り組みが失敗する理由のひとつです。こうした農法を取ろうとするにも、農家の権限は限られています。例えば、ケニアでの調査によると、零細コーヒー生産者は、土地の使用と所有に関する規制のために輪作を実践できないことが明らかになっています。このため、貸借農園で栽培できる作物の種類は制限されます。同様に、堆肥化するための十分な原料を農場で入手できないため、農家が意図的かつ論理的に環境に有害な可能性のあるNPK肥料を使い続けるという選択につながってしまっています。
しかし、多層サプライネットワークに属する企業は、こうした課題に対処することができます。以下にその方法を示します。
多層食品サプライチェーンにおけるサステナブルな慣行の改善
- 食品サプライチェーン全体におけるサステナブルなイノベーションの普及:原材料から配送先まで、サプライチェーンのすべての段階において、持続可能性を志向したイノベーションが必要です。これには、食品の品質、家畜からの二酸化炭素排出の削減、土壌管理の改善、農業技術、食品の生産と流通の方法における全体的な変更などが含まれます。
- サプライチェーンのマッピング: サプライチェーンの各段階において、企業のサプライチェーン活動が持続可能性に与える影響を包括的に認識することが重要です。サプライチェーンの上流、中流、下流の各関係者を詳細にマッピングし、理解することが不可欠となります。それによって各関係者が直面する主要な持続可能性の問題を特定し、それらに個別に対処するための取り組みに優先順位を付けることが重要です。
- 持続可能性のパフォーマンス測定:サプライチェーン内の全関係者が賛同するコンプライアンス基準とベンチマーク(基準)を策定することも重要です。この取り組みには、様々な基準に基づいてサプライヤーを評価する一連の審査や査定が含まれる場合があります。これには、行動規範や慣行といった要素に加え、食品生産や労働条件といった特定の活動がサステナブルな基準を満たしているかどうかの調査も含まれます。サプライチェーンの持続可能性リスクを特定、評価、管理、開示するため、これらのパフォーマンス指標をサステナビリティ情報開示の国際基準である「GRIスタンダード」や「サプライヤー自己評価質問票(SAQ)」に従って策定することができるでしょう。
- 持続可能性に関する能力開発:持続可能性の課題に取り組む上で、環境、経済、社会の観点から持続可能性の問題を具体的に取り上げた研修や能力開発プログラムを開発することは極めて重要です。このようなプログラムは、企業レベルだけでなく、個人レベルでも持続可能性に対する認識を向上させ、サプライネットワーク全体の行動変容につながります。
サステナブルな食品の調達、生産、供給を促進するためには、生産や付加価値活動の設計や管理方法に関する喫緊の懸念に対処する必要があり、地球に関する深い分析を継続的に行うことが不可欠です。そうすることで、入手可能で栄養価の高い食料と、地球を犠牲にすることのない未来を確保することができるでしょう。
共著者について:本寄稿文は、テスリム・ブコエ博士(バース大学、プロジェクト・オペレーションズ・マネジメント准教授)、イン・ヤン博士(ニューカッスル大学、オペレーションズ・サプライチェーン・マネジメント教授)との共著です。