社会的弱者に優しいグリーン移行〜6つの国タイプ別アプローチ〜
グリーン転換に万能なアプローチは存在しません。 Image: NUTCHAPONG WUTTISAK via iStock
● 世界経済フォーラムが新たに発表した報告書では、グリーン移行への取り組みと社会的な成果の接点を明らかにしています。
● この報告書では、グリーン転換において公平性を確保するための各国の強みと課題を浮き彫りにし、6つの公平な転換の典型を特定しています。
● その結果、データや政策ツールキットの不足により、進捗が妨げられていることがわかりました。
● 英国から韓国まで、脱炭素化と経済的公平性の両立を目指す6カ国の状況を紹介しています。
改善に計測は不可欠です。特に、グリーン転換とその潜在的な社会経済的影響においては、計測は欠かせません。
グリーン転換の取り組みや、社会的成果を評価するための指標は存在するものの、この2つを交差させる取り組みの指標はほとんどありません。
世界経済フォーラムの調査では、グリーン移行の経済的公平性のリスクを追跡できるであろう58の指標のうち、体系的に収集され、世界的に公表されているものは、わずか5つ。
BCGと共同で作成した報告書「Accelerating an Equitable Transition: Data-Driven Approach(公平な移行を加速する:データ主導型アプローチ)」では、世界中の経済が公平な移行に取り組んでいるにもかかわらず、データや政策ツールキットの不足がその障壁となっていることを明らかにしています。
グリーン転換における6つの国のアーキタイプ(典型)
グリーン転換において公平性は複雑な影響を及ぼします。これをよく理解するために、この報告書では、6つの国のアーキタイプを提案。公平な転換を可能にするにあたり、各国の出発点の違いを浮き彫りにしました。同じアーキタイプを持つ国々は構造的に似ているため、共有する課題に対して、共通の戦略を活用することができます。
以下がその6つのアーキタイプです。
1. インクルーシブ・グリーンの採用国、英国
高所得のサービス主導型経済は、経済的公平性を確保しつつ、利用可能なグリーン技術を活用し、排出原単位の削減に向けて大きく前進しています。熟練した労働力と高い財務能力が強みである一方、競争力の低下、生活費の圧迫、労働力の高齢化が潜在的な課題です。
例)英国は、世界の温室効果ガス(GHG)排出量の約1%を担っており、Nationally Determined Contribution(NDC・国が決定する貢献)では、2050年までのネットゼロを目指しており、気候変動法により法制化されています。
NDCが掲げる「グリーンファイナンス戦略」は、2030年までに1000億ポンド以上の民間投資を集める可能性を創出し、市場の流動性を高めることを約束。2024年までに石炭火力発電所の段階的な廃止、再生可能エネルギー源の増加、新たな原子力発電容量への投資を計画しています。
政府のGreen Jobs Taskforce(グリーンジョブ・タスクフォース)は、移行期を通じて二酸化炭素排出量の高いセクターの労働者を支援し、新たなグリーンジョブにおいて女性が平等に活躍できるようにすることで、熟練した労働力の創出を目指しています。
一方、英国では公平な移行への課題が浮上。2024年は600万世帯が燃料貧困に陥るなど、生活費の逼迫(ひっぱく)が懸念材料となっています。住宅価格はすでに史上最高額に近づきつつあるだけでなく、エネルギー効率の高い住宅ではさらに高いのが現状です。
2. 新興グリーン導入国、ウルグアイ
イノベーション主導の経済モデルに移行しつつある、産業雇用の多い高中所得および高所得経済圏。この類型に属する国の多くは、大幅な変革が必要なレガシー産業に従事する労働者の割合が高い傾向にあり、リスキリングと転職支援が重要な課題となっています。
例)ウルグアイは世界の温室効果ガス総排出量の約0.1%を占めており、NDCでは2050年までにカーボンニュートラルを達成することを約束。
2010年以降、政府は政令354号などの目標を設定し、再生可能エネルギーによる発電量98%の達成に貢献しているものの、化石燃料は依然として、同国の総エネルギー供給の約45%を占めています。
The Green Hydrogen Sectoral Fund(グリーン水素セクター基金)は、第2のエネルギー転換を加速させ、重工業と輸送におけるグリーン水素の利用を拡大。2040年までに年間19億ドルの収益と3万人以上の雇用を創出すると予測されています。
ウルグアイは、国際労働機関(ILO)のジャスト・トランジション・ガイドラインを試験的に導入。その一環として、経済全体でグリーンジョブを創出する戦略について関係者の理解を深める取り組みを行っています。
また、牛肉の輸出国として、ウルグアイ政府は2021年にグローバル・メタン・プレッジに参加し、2030年までに牛肉生産量当たりのメタンと亜酸化窒素の排出原単位をそれぞれ35%と36%削減することを約束しました。これらの目標に加え、農村部の農家を支援し、メタンの排出削減とアグロエコロジーの生産能力を向上させるためのイニシアティブを展開しています。
3. 化石燃料輸出国、オマーン
化石燃料の使用料と補助金によるエネルギー消費に大きく依存し、排出原単位が高い経済。このグループに属する国々は、STEM(科学、技術、工学、数学)を重視する労働力と強力な財政収支の恩恵を受けている一方で、補助金の段階的廃止と経済の多様化を考慮した財政システムの再構築により、今後数年間は困難に直面する可能性があります。
例)オマーンは世界の温室効果ガス排出量の約0.2%を占めている一方で、最新のNDCでは2030年までに排出量を7%削減することを約束。政府は、2050年までにカーボンニュートラルを達成するため、「National Strategy for an Orderly Transition to Net Zero(ネットゼロへの秩序ある移行のための国家戦略)」を開始しました。
政府歳入の70%から85%を石油とガスが占めるオマーン。2040年までに電力の最大39%を再生可能エネルギーで賄うことを目指す「ビジョン2040」を通じて、この依存度を減らすための経済多様化に取り組んでいます。
国際エネルギー機関(IEA)によると、オマーンは世界第6位の水素輸出国となる可能性を秘めており、その後押しとして、Oman Hydrogen Center(オマーン水素センター)はグリーン水素技術の研究開発を推進しています。
4. 成長経済国、マレーシア
エネルギー需要が増大し、気候緩和と社会経済発展のバランスを取りながら、急速に工業化が進む高中所得国。このクラスターに属する国々は、「人口ボーナス」を享受しやすい一方で、所得格差への対応と、イノベーション主導型経済を刺激するための資金調達の促進が潜在的な課題として残っています。
例)マレーシアは世界の温室効果ガス排出量の0.7%を占めており、最新のNDCでは2030年までに排出量を45%削減することを約束。
また、同国のエネルギーミックスに占める再生可能エネルギーの割合はわずか4%。主な供給源は天然ガス(45%)、次いで石油(27%)、石炭(24%)となっており、同国は、2050年までに再生可能エネルギー容量を70%にすることを約束しています。
政府は2022年にNational Energy Policy(国家エネルギー政策)を発表した上で、低炭素開発を強調し、エネルギー部門の移行が社会経済の進歩に不可欠であることを強調しています。
例えば、マレーシアの国家エネルギー移行ロードマップ(NETR)が、全体的に重点を置くのは公正性と包括性。エネルギー転換が不平等な分配を助長する可能性があることを認識しており、それに応じて政府の政策を方向付けることを意図しています。例えば、2024年初頭、政府は低所得者層にかかるコスト圧の対策支援を目的として、対象を絞った補助金を導入。電力大量使用者の上位1%に対して補助金が減額される一方で、残りの99%に対しては据え置きとなりました。NETRの下で促進される投資により、2050年までにグリーン成長に関わる雇用機会が約31万件創出される見込みです。
5. フロンティア経済国、ケニア
若者の人口が多く、一人当たりの排出量が少ない低所得国で、持続可能な長期成長のための投資が必要な、ケニアのような国。
例)ケニアは世界の排出量の約0.2%を占めている一方で、最新のNDCでは2030年までに排出量を32%削減することを約束しています。
2021年には電力の90%以上が再生可能エネルギーで発電されているものの、農村人口の約3分の1が電気を、人口の約2分の1がクリーンな調理用燃料を利用できないなど、エネルギーへのアクセスが依然として課題となっています。
国産および輸入石炭を活用して発電を拡大する計画は、途上国経済が気候変動目標と開発目標の間で直面するトレードオフを反映。
同国は気候変動の影響に対して特に脆弱で、農業や観光業を含む主要な経済セクターに悪影響を及ぼしています。同国の最新のNDCは、社会的弱者にとって不均等な影響を及ぼすことを認め、女性、若者、その他の社会的弱者が利用できる気候変動資金や融資枠の強化を目指しています。
6 グリーンデベロッパー国、 韓国
グリーンテクノロジーとビジネスモデルの開発をリードする、高度に工業化された技術先進国。労働力、資金、技術面で有利な立場にある一方で、これらの国々は世界最大の二酸化炭素排出国であり、継続的な繁栄を確保するためには、大規模で高齢化する労働力をクリーン産業へと移行させる必要があります。
例)韓国は世界の温室効果ガス排出量の約1.6%を占める、世界第12位の排出国です。最新のNDCは、同国のCarbon Neutrality Act(カーボンニュートラル法)で義務付けられた2050年までにGHG排出量のネットゼロを目指しています。
同国は、2030年までに排出量を2018年比で40%削減するという中間目標を設定。これには、2030年までに石炭火力発電の段階的な廃止、再生可能エネルギー源の拡大、ゼロエミッション車の配備の増大が含まれています。
政府は、これが労働者や地域に与える影響を認識しており、負の影響を受ける人々を支援するための措置を講じています。カーボンニュートラル法自体が、零細企業、失業、再就職支援を規定し、こうした制度的コミットメントに伴う資金確保のためにKorea Climate Action Fund(韓国気候行動基金)が設立されました。
エネルギーミックスに占める原子力の割合は約26%で、石炭が36%、天然ガスが30%、再生可能エネルギーが8%となっています。2021年、政府はグリーンニューディールを発表。再生可能エネルギーとグリーンインフラへの資金提供に加え、グリーン産業の育成に注力しています。
これらの国々について、この報告書では国別のデータダッシュボードを紹介。化石燃料の段階的廃止が電気料金やアクセシビリティに与える影響など、セクター全体にわたって一般的に実施されている脱炭素化政策が社会経済に与える可能性のある影響を評価して指標を特定しています。また、セクター横断的なグリーン移行による経済的公平性リスクへの暴露を追跡できるであろう58の指標のうち、体系的に収集されているのは5つのみ。こうしたことから、この報告書では国レベルの重点分野を特定するため、「理想的な指標」のデータが入手できない場合は代理指標に頼っています。
「本報告書の目的は、選定された国々に有益な第一歩を提供することであり、その第一歩は、追加のデータ収集やその国の主要な利害関係者との協議によって補完することができる」とこの報告書は説明しています。
気候変動問題と経済的公平性の架け橋
これらの典型や各国の例が示すように、グリーン転換に万能なアプローチは存在しません。そして近年、気候政策のコストと便益が不均等に分配されることのトレードオフがどれほどの規模であるのかが浮き彫りになってきました。
例えば、インフラを廃止し、補助金を削減することで化石燃料から脱却しようとする努力により、雇用や生活費への影響が懸念されています。
ラテンアメリカからアジアの一部に至るまで、新興国では脱炭素化と成長の必要性が優先事項として競合しているのです。
これは企業にとっても同様です。この報告書は、カーボンニュートラルへの移行に関連する主要な経済・株式的リスクにおける、世界のビジネスリーダーの認識を示すバロメーターである「経営者意識調査」の結果を示しています。
企業の気候変動対策への参加に最も影響を与えそうな経済的公平性のリスクとして、すべてのセクターで一貫して挙げられているのが「資金調達への不十分なアクセス」。
その一方で、「資本へのアクセスに関連するリスクを考慮すると、技術やノウハウへのアクセス、消費者の商品やサービスへのアクセスなど、より広範な社会的公正に関する懸念が、企業にとっての最優先事項であることがわかります」。
気候緩和行動の社会経済的な影響がこれまで以上に理解されない限り、気候変動対策そのものに対する反発が起こり、国際社会が1.5℃を維持する能力をリスクにさらす可能性があるのです。
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