南米から広がる「ご近所看護」。人種間のヘルスケア格差を乗り越える
社会の構造をより公正に、より暮らしやすくする動きは、自然と人と人を引き合わせるのだろうか。 Image: Getty Images/iStockphoto
高齢化が進む日本で度々話題となるのが、ヘルスケアの課題。ケアの受け手が増えていく社会において、誰がどのようにその仕組みを支えるかは、喫緊の課題とも言えるだろう。
一方、そうした健康リスクを事前に下げるための「予防ケア」にも注目が集まっている。体調を崩してからのリスクやコストが大きいからこそ、健康な身体を維持するための投資を重視する考え方だ。
そんな予防の観点に注目するのは、高齢化社会だけではない。米国メリーランド州の都市・ボルチモアでは、人種間のヘルスケアアクセスの平等化を目指すプログラム・Neighborhood Nursing(ご近所看護)が広がりをみせている。人々の生活エリアに看護師が赴き、無料のヘルスチェックを初期ケアとして提供するサービスだ。これを入口として、何か異常があればより詳細な検査や公的なサービスへとつなぐ役割を担っている。市民からの依頼があれば、自宅やオンライン上での個別診断も行う。
日常の中で健康状態を確認できる機会を設けることで、乳幼児の死亡率や早期死亡率の低下、ワクチン接種率の向上、うつや不安症状の改善を図っている。また、コミュニティ・ヘルスワーカー(Community Health Workers:CHW)とも協働することで、地域の文脈に沿ったケアの提供を目指しているのだ。
この取り組みは、黒人系の市民が住んでいるジョンストン・スクエア地区のアパートを週に一度訪問することから始まった。同州では黒人系の人々に対して居住地域が制限された歴史があり、現在でも人種間での貧富の差が大きいなどの課題が残っている。根強い人種間格差に対処すべく、州政府も2023年12月から住宅政策に乗り出したところだ。
こうした背景を抱えた地域で無料のヘルスチェックを提供することは、貧困によってヘルスケアにアクセスできない状況を解消することにつながる。特設の会場を設置して来てもらうのではなく、住宅街や職場、学校、図書館、遊び場など普段から人がいる場所に直接看護師が足を運ぶことで、病気や保険の有無、年代、職業にかかわらず万人に開かれたサービスを提供することができるのが強みだ。事前登録も必要でないため、通りすがりにヘルスチェックを受けることもできる。
コミュニティ・ヘルスワーカーとして働くTerry Lindsay氏は、Neighborhood Nursingの活動初期について、米メディアNPRに対しこう語った。
「私たちが活動を始めて最初の数週間は、住民から『あれは誰だ?』と思われていました。でも今では、家のドアを開けて『さあ入って座ってよ』と言ってくれます」
この取り組みは、コスタリカにおける実践をモデルにしているという。コスタリカでは、1980年代から財源縮小に伴って社会全体のヘルスシステムが後退し、1991年に麻疹が流行。その後、1994年に初期ケアの提供を重視したヘルスシステムの改革が宣言された。この体制転換により、ヘルスケアにアクセスできる市民は改革以前の25%から、2006年時点で93%にのぼるなど成果をあげてきたのだ。
ボルチモアやコスタリカと同様のアプローチが、日本では「コミュニティナース」という名称で広がりつつある。この取り組みでは、専門的な知識を持っていなくとも誰でも“ナース”として参加し、地域住民の健康を向上させる活動を自ら実践することができる。決まった型はなく、各地域で独自の活動が行われているのだ。
社会の構造をより公正に、より暮らしやすくする動きは、自然と人と人を引き合わせるのだろうか。課題は違えど、顔のわかる関係性の構築がレジリエンスのある社会づくりに繋がることは共通するはずだ。
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