金融セクターの量子セキュアな移行を導く、グローバル規制アプローチ
量子時代の安全でレジリエントな金融エコシステムを構築する必要があります。 Image: Getty Images/iStockphoto.
Pavle Avramovic
Head of Market and Infrastructure Observatory, Cambridge Centre for Alternative, Cambridge Judge Business SchoolCharlie Markham
Senior Associate, Emerging Tech & Research, Data Technology & Innovation, Financial Conduct Authority- 量子コンピューティングは、2030年代までに190億ドルに達すると見込まれる投資により複雑なオペレーションを進展させ、金融セクターに革新的な機会をもたらします。
- これらの機会を十分に活用するためには、量子セキュリティの脅威を軽減する必要があります。グローバルな規制アプローチが調和の取れた行動のきっかけとなるでしょう。
- 4つの原則と移行のためのロードマップが、対話を促進し、意思決定を導き、量子セキュアな移行に向けたグローバルな規制アプローチに情報を提供する戦略的ツールとなります。
急速なデジタル化が進む現代において、金融セクターは様々な新テクノロジーによる変革の真っただ中にあります。中でも、量子コンピューティングはディスラプティブ(創造的破壊)な機会をもたらす点で際立っています。量子テクノロジーは、特定の複雑な数学的課題を従来のコンピュータよりも大幅に高速に解くことができる可能性を秘めているのです。
量子コンピューティングが重要な理由
金融セクターにおけるディスラプションは、複数の分野で競争優位に立つ機会を生み出す可能性があります。これは、量子イノベーションを活用するために金融セクターが多額の投資を行っていることからも明らかでしょう。投資額は、2022年の8,000万ドルから2032年には190億ドルに増加し、今後30年間で8,500億ドルに達する可能性があると予測されています。この投資急増の背景には、モンテカルロ・シミュレーション、ポートフォリオ最適化、複雑なデリバティブ計算など、金融セクターが追求する進歩があり、2035年までに約7,000億ドルのビジネス価値をもたらす可能性があります。
金融行為規制機構(FCA)のテクノロジー・レジリエンス兼サイバー部門長、スマン・ジアウラ氏は、「量子コンピューティングは大きなチャンスをもたらすと同時に、脅威でもあります。金融セクターは、機密情報を保護するために暗号化に大きく依存しており、その情報が流出すれば、消費者や市場に大きな損害を与える可能性があります。こうした課題に対処するには、量子セキュアな未来へ移行するための真の協力が必要です」と述べています。
この分野のイノベーターたちがこうした機会の活用に注力する一方で、量子テクノロジーを用いたサイバーセキュリティの潜在的脅威に備えることも重要です。このテクノロジーが現在の暗号化方式を陳腐化させ、デジタル・インフラ、通信、データのセキュリティを脅かす可能性があるためです。悪用されれば、サイバーセキュリティを弱体化させるだけでなく、金融サービスの信頼と安定の基盤を侵食し、金融業界におけるデジタル・インフラの安全性に深刻な脅威をもたらします。
課題へのアプローチ
金融セクターでの量子テクノロジーを用いたサイバーセキュリティリスクへの対応は、複雑な課題です。技術的な適応にとどまらず、金融セクターのセキュリティのバックボーンとなっている暗号プロトコルのオーバーホールが必要です。量子テクノロジーが進歩する一方、量子耐性技術の準備はまだ不確定であるため、このプロセスはさらに複雑になっています。
パブリックセクターと企業は、それぞれの領域で検討を進めています。米国は量子セキュアな移行に向けたマイルストーンを2035年に設定しており、米国国立標準技術研究所(NIST)が2024年までにポスト量子暗号ソリューションの標準とガイダンスを確立する国際的な取り組みを主導しています。
各国政府、規制当局、産業界の間で脅威に対する認識が高まる一方、グローバルで調和の取れた規制アプローチを取るための具体的な行動計画は、まだ定められていません。スキルや知識、政策や指針、長期的なサイバーセキュリティの優先順位管理、複雑な金融インフラの移行やアップグレードに伴う高リソース負荷など、量子テクノロジーの複雑性に起因する課題は他にもいくつかあります。さらに、グローバルな金融システムは相互につながっているため、ある分野の変化が広範囲に影響を及ぼす可能性があり、この移行を効果的に管理するためには、調整された情報に基づくアプローチが必要です。
連携したアプローチの必要性を認識し、世界経済フォーラムは金融行為規制機構(FCA)の協力を得て、世界中の金融規制当局や中央銀行、産業界、アカデミアからリーダーや専門家を招集し、国際的な対話を開始しました。一連のラウンドテーブルやディスカッションを通じて、参加者は知識と洞察を共有し、金融セクターにおける量子テクノロジーに関する課題と機会に関する統一的な理解を深めています。
世界経済フォーラムの取締役会メンバーであり、ネットワークおよびパートナーシップ部門長のセバスチャン・バックアップは、「量子経済の時代が間近に迫っており、私たちは、量子経済がもたらす複雑性に対処するためにグローバルな官民連携アプローチを必要としています。私たちは、FCAと協力して、金融サービス部門が量子経済へシームレスかつ安全に移行するためのロードマップを描くというこの機会を歓迎します」と述べています。
グローバルな規制アプローチに必要な4原則
作業プログラムの成果として、同フォーラムは、白書「金融セクターのための量子セキュリティ:グローバルな規制アプローチへの情報提供(Quantum Security for the Financial Sector: Informing Global Regulatory Approaches)」を発表しました。同白書は、産業界と規制当局の双方が移行期間を通じて複雑性を軽減し、それぞれの活動を整合させるための青写真となる4つの指導原則をロードマップとともに示すものです。
- 再利用と再目的化:量子を利用したサイバーセキュリティリスクに、既存のツールやフレームワークを活用して対処することを奨励します。
- 変更不可要件の確立:量子セキュリティの課題に対処するために不可欠な要件を包括的に定義します。
- 分断の回避:市場間の規制の分断を避けるため、グローバルなアプローチに焦点を合わせます。
- 透明性の向上:量子セキュアな移行を可能にするための戦略やアプローチに関する意見交換を促します。
4つの原則は包括的なものであり、ここから安全な量子経済への移行に向けたアクションの候補が導かれます。この移行は、単なる技術的な転換ではなく、金融セクターのステークホルダーとの協力、暗号管理、サイバーセキュリティに対するアプローチを包括的に変革するものです。そのため、この移行は競争ではなく戦略的な道のりであり、国際的な境界を越えたステークホルダーの持続的な協力と力を合わせたアクションが必要となります。
量子セキュアな未来に向けたステップ
本稿で紹介するロードマップは、この複雑な移行をナビゲートするための構造的アプローチを概説し、ステークホルダーが安全な量子経済への移行という複雑なプロセスを開始するための明確な道筋を示すものです。ロードマップは、「準備」、「明確化」、「指針」、「移行とモニタリング」の4つのフェーズで構成されます。各フェーズは前のフェーズを前提として構築され、移行の複雑さの順に進行しつつ相互に関連したものとなっています。
- 準備:量子コンピューティングのリスクに関する認識を高め、内部能力を構築することに重点を置きます。
- 明確化:量子セキュアな移行に向けた理解とアプローチを洗練させます。
- 指針:備えるだけでなく積極的に移行戦略を策定し、グローバルなベストプラクティスを開発します。
- 移行とモニタリング:ここまでに策定された戦略を実施し、適応から革新的な行動に移行します。
量子セキュアな金融セクターの実現に向けた道のりは複雑ですが、量子サイバーセキュリティリスクの深刻さと準備期間が短いことが行動の動機付けとなり、金融セクターのステークホルダーすべてが適切かつ積極的な対策を講じる機会となるでしょう。これら4つの原則とロードマップは、金融セクターが量子経済において安全で安定した信頼される金融エコシステムに確実に移行できるよう、ステークホルダーが協力し続けるための出発点です。
金融セクターがこの変革の旅に乗り出すにあたり、世界経済フォーラムとFCAは、すべてのステークホルダーによる継続的な協力を呼びかけています。このイニシアチブは、量子時代における安全でレジリエントな金融エコシステムの確保に向けた重要な一歩となります。
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