データと信頼 - 価値に基づくヘルスケアを実現するためには
米国のヘルスケアを価値主導型に転換すると、医療費の年間平均増加率を最大30%抑えることができます。 Image: Getty Images
- 患者のアウトカムを重視する「価値に基づくヘルスケア」は、過度に負担のかかる現在のヘルスケアシステムに対するソリューションとなります。
- データ収集、報告、分析を標準化するデータガバナンスは、患者を意思決定の中心に据えることができます。
- データの責任ある利用を確実なものにするためには、信頼が不可欠です。
世界は急速に変化しています。経済的な圧力、気候変動、地政学的リスクはここ数年一貫して強まり、グローバルな経済環境を不確実で厳しいものにしています。さらに、先端科学や生成AIのような新たなデジタルテクノロジーの登場は、私たちのあり方を考え直す機会となり、課題とチャンスの両方をもたらしています。
同時に、世界人口が増え続け、平均寿命の延伸に伴い高齢化が進む中、大規模な人口動態の変化が起きています。これは、50年前には想像もできなかったような医学や科学の進歩によるものでもあります。実際、医療費はGDPの伸びを上回り、資源のひっ迫と財政負担の様相をさらに強めています。
こうした変化にもかかわらず、主に1940年代から50年代に確立された先進国のヘルスケアシステムは、当時から大部分は変わっていません。その創設は、人類の健康にとって画期的な出来事でしたが、今日、ヘルスケアシステムは時代遅れで持続不可能なものとなっています。昔よりも薬や治療の選択肢が増え、より高度な技術が利用可能であるにもかかわらず、人口の増加と高齢化のニーズに十分に対応できていません。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は、この危機を加速させ、多くのヨーロッパのヘルスケアシステムを崩壊寸前まで追い込みました。
このような課題を解決するためには、従来の「フィー・フォー・サービス(診療毎の個別支払い)」モデルから脱却し、「価値に基づくヘルスケア」、つまり費やされたコスト単価に対し患者により良いアウトカムを達成した医療提供者にインセンティブを与えるアプローチに移行する必要があると私たちは考えています。2016年の試算によると、米国のヘルスケアシステムをこうしたアウトカム重視に転換することで、医療費の年間平均増加率を最大30%削減できる可能性があります。
医療サービスの量ではなく、アウトカムにインセンティブを連動させることで、患者のより良い健康に帰結するサービスの提供に焦点が当たり、患者はより恩恵を受けることができるでしょう。また、ヘルスケアを提供する側の効率性を高め、バーンアウトを改善する可能性があるとも見られています。将来的な科学的ブレークスルーのもととなる、継続的な資金調達も行いやすくなります。
しかし、現実も見据えなければなりません。こうした移行には、極めて大規模な取り組みが求められます。だからこそ、ヘルスケアの変革を進める最初のステップは、価値に基づくヘルスケアを実現する2つの主要な要素、すなわち、デジタルテクノロジーを通じて収集された実世界データのガバナンスと信頼に焦点を当てるべきです。
データガバナンスの確立
データとデジタルテクノロジーを原動力とする未来に向けて前進を続ける私たちは、ヘルスケアシステムでも同じことをすべき時を迎えています。
私たちはすでに、日々生成されるデータ量の爆発的増加を経験しています。さらに、世界の総データの30%がヘルスケア業界により生成されており、他のどの分野よりも急速に増加しているという報告もあります。
こうしたトレンドには希望もありますが、現在の課題はデータが十分に管理されず、効果的に活用されていないことです。ヘルスケアシステムの大部分において、データは、医師、病院、患者などに分散しており、患者の状態を把握しにくくなっています。また、多くのヘルスケアシステムには明確な分析戦略がなく、2019年の推計では、世界の病院が毎年作成する総データの97%が未利用のままになっています。
現状、ある程度の進歩は見られるものの、患者の転帰が意思決定の基礎となるよう、標準化された医療データを報告、収集、分析する手法を確立させる必要があります。診療報酬、資金調達、処方など、すべての意思決定はデータに根ざし、患者の健康増進という目標に沿ったものであるべきです。これこそが、価値に基づくヘルスケアの核心です。
例えば、ヘルスアウトカムオブザーバトリー(H2O)は、官民25の団体からなるコンソーシアムが運営するプロジェクトで、このコンセプトを実践しています。欧州のいくつかの主要な病院は、標準化された患者の転帰を、患者と医師との対話の中核的要素とし、結果として得られたデータをリアルワールドのデータライブラリーに組み込むことを目指しています。
信頼に根ざす
ヘルスケアは、複雑かつ極めて個人的なものです。これを尊重するために信頼を優先させることが、ヘルスケア変革の成功に必要なもう一つの条件になります。
重要なのは、信頼は行動と行為によってのみ得られるということ、そして、信頼を築くには時間がかかり、維持するには努力が必要で、ほんのささいなことで失われやすいということです。データガバナンスに関して言えば、信頼とは、データを責任をもって使用するためのインフラと枠組みを提供することにより、患者の声と経験を、報告、分析、意思決定の中心に据えることを意味します。
このことは、信頼と共感をもってテーブルに着く協力者の重要性を強調しています。すべてを知っているわけではないものの、データ主導の意思決定ができることを認識しているのが協力者です。臨床試験から患者体験に至るまで、あらゆる段階で確かなデータを作成・共有することに注力すれば、患者にとっての価値の真の意味について、すべての人々の足並みを揃えることにつながります。
困難な課題に直面する中で信頼を築くことは容易ではありません。しかし、患者に力を与え、社会で起きている急速な変化をよりよくサポートするソリューションを再構築することは、私たちすべてが担うべき共同責任なのです。
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