健康を脅かす気候変動 - 健康の公平性の実現に向けて
人類の健康を脅かす最大の脅威となっている気候変動。農作業に従事する人々は、他の人に比べ、より多く熱中症にかかっています。 Image: Reuters /Lucy Nicholson
Shyam Bishen
Head, Centre for Health and Healthcare; Member of the Executive Committee, World Economic Forum- 気候変動は、大気汚染による非感染症や感染症を急増させ、多くの健康被害をもたらしています。
- 2030年までに年間20億〜40億ドルに達すると見込まれている医療コストを抑えるためには、政策変更が急務です。
- 健康の公平性は、社会から疎外され、潜在的にリスクの高いコミュニティへの影響を軽減する上で特に優先すべき課題です。
気候変動は、人間の健康をかつてないほどに脅かしています。地球の地表面の平均温度が上昇するにつれ、自然災害や異常気象はより頻繁に起き、激しさも増しています。大気汚染や水質汚染は環境破壊を加速させ、気候変動に敏感な病原体の増加は感染症の蔓延も悪化させています。
また、気候変動は、肺がんや呼吸器疾患による死亡率を高めるなど、これまでその関連性が理解されていなかった大気汚染による非感染症疾患を急増させています。さらに、極端な暑さや汚染された環境は、それによる健康リスクが高い業種に従事する人々の能力や生産性の低下を引き起こします。私たちは皆、気候変動がもたらす健康への脅威にさらされていますが、その影響は、特に、有色人種、先住民コミュニティ、子ども、高齢者など、十分なサービスを受けられず、潜在的にリスクにさらされているグループに偏っています。
差し迫った危機に見舞われていながら、目の前の課題に取り組む準備は十分に整っていません。世界が直面している社会政治的な危機は、こうした長期的な課題への取り組みを遅らせており、そのことがすでに、人類と地球の健康、世界経済に深刻かつ不可逆的な影響を及ぼしています。
気候変動による医療コストは、2030年までに年間20億〜40億ドルに達すると見込まれています。このことは、医療従事者に大きな負担をかけ、人々の健康状態の悪化と生活費の上昇により個人の購買力を損なわせます。重要なのは、この試算には、食料・農業、水、衛生といった健康を左右する分野のコストが含まれていないこと。実際には、全体のコストははるかに高くなる可能性があります。
大胆な政策変更と投資がなされなければ、気候変動、生物多様性の喪失、天然資源の消費といった危機が複雑に絡み合い、食料と水の安全保障をさらに悪化させるでしょう。その結果、気候変動の影響を受けやすいコミュニティの生活が脅かされ、気候変動の緩和策の進展は妨げられます。こうした健康リスクを軽減し、現在と将来の世代のウェルビーイング(幸福)を守るためには、断固とした行動を今すぐに起こす必要があります。
重要なことは、気候変動による健康への影響は平等とは言い難く、十分なサービスを受けていないコミュニティがその影響を最も大きく受けているということ。歴史的に、人種や民族による差別があった地域は、持続的な投資と、気温上昇やホットスポットを緩和するための緑地が不足しているために、猛暑の影響がより大きいことが明らかになっています。
低所得地域は、住宅インフラが脆弱で、環境ハザードに晒されるリスクが高く、気候の極端現象への備えや回復のための資源が限られていることが多いため、さらなる課題を抱えています。米国の農業従事者の大部分を占めるラテン系移民労働者は、暑さに晒される割合が高いために、熱に関連した疾病の発症が20倍も増加するという驚異的なリスクに晒されています。気候変動は、最も脆弱で不利な立場にあるコミュニティに偏った影響を与え、社会的・経済的格差と健康格差を拡大しているのです。
気候変動によるリスクは、グローバルなサプライチェーンにとどまらず、あらゆる部門やビジネスに広範な影響を及ぼします。企業の戦略、財務、事業運営、従業員の福祉にも影響を与える可能性があるため、企業は、自社のビジネスによる気候変動の加速を軽減する責任と、グローバルな変化を促進する機会の創出という、2つの役割を担っていることを認識する必要があるでしょう。今、実質的な気候行動を起こすことは、道徳的な義務であるだけでなく、ビジネスの持続可能性を長期的に確保し、地球の健康を守るために戦略的に必要なことです。
気候危機に取り組み、健康の公平性を提唱するためには、団結した行動が必要です。単一の組織、企業、部門が、単独でこれらの課題に立ち向かうことはできません。すべての人に恩恵をもたらす包括的で持続可能なソリューションのためには、業界や地域を超えた協力、イノベーション、協調が不可欠です。全てのアクターが協力することで、よりレジリエント(強靭)で公平な未来を築くことができるのです。
極めて重要なことは、気候変動の影響を最も受ける人々に届くような、研究やインパクトのある革新的なソリューションに投資すること。6月に持たれた、米国の医療保険大手カイザー・パーマネンテと世界経済フォーラムによる対話シーリズ「気候と健康(Climate and Health)」の最初のセッションでは、いくつかの取り組みが紹介されました。例えば、米国連邦政府のプログラムであるJustice40イニシアチブは、連邦政府による投資の総利益の40%を、社会から疎外され、十分なサービスを受けられないことで不利な立場に置かれているあるコミュニティに向けることを目指しています。
グーグルのようなテクノロジー企業も、グーグルクラウドのイニシアチブ「クライメート・インサイト・ソリューション(Climate Insights solution)」を通じて貢献しています。こうした取り組みは、特に気象条件の変化に脆弱なパブリックセクターの機関が、潜在的な気候リスクに対する理解を深め、レジリエンスを高め、より適切な土地管理や計画を行うのに役立ちます。
公正で持続可能な世界の創造を目指す企業ネットワーク「社会的責任を果たすビジネス(Business for Social Responsibility)」は、こうした取り組みの必要性を認識し、イニシアチブ「気候変動の闘いの中心に健康の公平性を据える(CHECC:Centering Health Equity within Climate Change)」を立ち上げました。このイニシアチブは、多様な組織のリーダーを招集し、気候変動対策において健康の公平性を優先する共同計画を策定し、実施することを目的としています。この取り組みは、様々な団体の創造性、専門性、資源を活用して、気候正義とコミュニティの健康資源への公平なアクセスを確保ながら、より緊急な気候変動対策を促進することを目指しています。
気候変動が健康に及ぼす影響から生じる複雑な課題には、政府、企業、科学者、市民社会、コミュニティなど、さまざまなステークホルダーの力を結集したジナジー効果と、包括的な戦略が必要です。この多様で包括的なアプローチにより、革新的でエビデンスに基づく実践を共有・改善し、影響を拡大することができます。
カイザー・パーマネンテと世界経済フォーラムは、気候変動と健康に関する行動における研究とイノベーションの重要性に焦点を当て、9月21日に開催されるクライメート・ウィーク・ニューヨーク(Climate Week NYC)の期間中に、対話シーリズ「気候変動と健康をつなぐ(Climate and Health)」の第2回目のセッションを共催します。ハイブリッドで開催される同セッションでは、健康格差の主な要因である気候変動に関する理解を深めるための研究アジェンダを推進する、オピニオンリーダー、研究者、政策立案者、実務者によるパネルディスカッションが行われます。
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