自然と生物多様性

増大する自然破壊のリスクを前に - 国際機関の情報開示の新枠組み

green forest with sunbeam in a story about protecting nature

自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は、企業が自らの活動が自然に与える影響を把握し、開示することを支援する。 Image: Getty Images/iStockphoto

Tetsuji Ida
Senior Staff Writer and Editorial Writer, Kyodo News
本稿は、以下会合の一部です。 持続可能な開発インパクト会合2023
  • ビジネスが自然に与える影響は深刻化してきており、企業が経済活動を進める上で大きなリスクとなっている。
  • 自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は、企業が自らの活動が自然に与える影響を把握し、開示することを支援する。
  • 日本でその動きが見られるように、TNFDの枠組みは、自然関連リスクの開示を進める上で日本企業のデフォルトスタンダードになる可能性が高い。

世界の機関投資家や企業などが参加する国際組織「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が、企業や金融機関が、自らの活動が自然に与える影響を把握し、開示するための初の国際的な枠組みを公表した。

生態系の破壊や生物多様性の消失が気候変動と並ぶ重要な地球環境課題となる中、大企業や金融機関は、サプライチェーン全体を通じて自然へのインパクトやリスク、機会の把握と開示を強く求められる時代となった。その取り組みが、企業の資金調達や企業価値の評価、ひいては収益に大きく影響を与えることになる。

背景にあるのは、企業活動などによる自然破壊のリスクの増大だ。鉱物資源の採掘や、農産物や畜産物の生産、工場での水資源の大量使用などビジネス活動がもたらす自然破壊が深刻化し、生物多様性の消失も急速に進んでいる。

一方で自然の生態系に直接依存するビジネスも非常に多く、増大する自然破壊がビジネスにとっての大きなリスクとなり、ビジネスの存続自体を脅かすまでになってきた。

自然に依存する世界のGDP

2020年1月に世界経済フォーラムが公表した「自然関連リスクの増大:自然を取り巻く危機がビジネスや経済にとって重要である理由(Nature Risk Rising: Why the Crisis Engulfing Nature Matters for Business and the Economy) 」によると、世界の総GDPの半分以上の44兆ドルに当たる経済価値の創出が自然とそのサービスに依存しており、彼らのビジネスは、自然が失われることのリスクにさらされている。特に、建設、農業、食品・飲料品に関連する企業の依存度が高い。

このような事態を背景に、気候変動に関する情報開示に関する「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の試みに倣って、自然分野での情報開示を進めることを目指して、2021年に、世界自然保護基金(WWF)や国連環境計画(UNEP)などのイニシアチブで設立されたのがTNFDだ。

企業自らが、その存続基盤である自然を毀損し続けることはできないとの認識に立ち、適切なリスク管理によって、自然を破壊するビジネスから、ネイチャーポジティブな活動に、世界の資金の流れを変えることがTNFDの目的だ。

TNFDは、世界各国の専門家が参加する議論を経て、4回に渡ってベータ版を公表、各界の意見などのフィードバックを経て、最終版の公表に至った。

TNFDが目指す自然分野のリスク開示の重要性は、2022年12月、生物多様性条約第15回締約国会議でまとまった、新たな生物多様性保全の国際枠組みである昆明・モントリオール生物多様性枠組みの交渉過程でも議論になった。

日本政府などの反対も一因となって、欧州連合(EU)などが求めた「開示の義務化」の明記は見送られたものの、新枠組みには情報開示に関する目標が盛り込まれた。

新枠組みの「目標15」は、「生物多様性に係るリスク、生物多様性への依存及び影響を定期的にモニタリングし、評価し、透明性をもって開示すること、これをすべての大企業及び多国籍企業、金融機関については要求などを通じ、事業活動、サプライチェーン、バリューチェーン及びポートフォリオにわたって実施する」と明記。各国政府に「生物多様性への負の影響を徐々に低減し、正の影響を増やし、事業者(ビジネス)及び金融機関への生物多様性関連リスクを減らすとともに、持続可能な生産パターンを確保するための行動を推進するために、事業者(ビジネス)、特に、大企業や多国籍企業、金融機関については確実に行わせるために、法律上、行政上又は政策上の措置を講じる」とした。

このような状況を見れば、TNFDの枠組みは、各国企業が自然関連リスクの開示を進める上でのデフォルトスタンダードとなるだろうと思われる。

新枠組みは、TCFDの枠組みにならって「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4本柱から成る。

企業や金融機関が実際にリスクを特定するためのアプローチとして、TNFDは「LEAP」というアプローチを示した。具体的には、企業が自らのビジネスが関連するリスクが存在する場所を特定(Locate)し、依存度や影響を診断し(Evaluate)、リスクと機会を評価し(Assess)、開示を準備(Prepare)するというものだ。中でも最も重要なものが、自らの活動が関連する場所の特定「Locate」だ。

開発行為やインフラ建設のように、企業活動が直接、自然に与える影響だけでなく、原料調達などを含むサプライチェーン全体で自然への影響を把握、開示し、削減する努力が求められる。これは、食品や鉱物資源などの原料の多くを海外から輸入に依存する日本のような国の企業や金融機関にとって特に重要となる。

海外から安価だが粗悪な製品が流入し、真剣な企業の努力が無にされることがないような法的な枠組みを政府が整備することも必要だ。

自然リスクへの対応に乗り出す日本企業

自然に関するビジネスリスクの把握や削減への取り組みにおいて、日本企業はユニリーバやネスレなどの欧州企業に比べて遅れを取ってきた。しかし、TNFDの議論が進むにつれて、こうした課題に真剣に取り組む企業も出てきた。

飲料メーカーのキリンホールディングスは、TNFDが公表した試作版の枠組みに基づくリスクの開示を2022年7月に行った。これは、世界初のことだという。同社は、LEAPのアプローチに基づいて全事業を点検し、自然への依存や影響が大きい3つの優先地域を洗い出した。

日本の長野県のワイン用ブドウ畑、淡水関連のリスクが大きいオーストラリアの工場の周辺、紅茶の茶葉を調達するスリランカの紅茶農園がこうした地域に該当。現在、SBTNの手法に基づく目標の設定も進められている。

また、宮城県・南三陸町の林業組合は、FSCの国際認証を取得した森林において、WWFジャパンとともにTNFDのパイロットテストに参加し、FSC認証林が提供する情報が、TNFDプロセスによってリスク開示をしようとする企業に有用な情報を提供できることが分かったと報告している。

TCFDが求める自然リスクの開示に伴う取り組みは、多くの企業や金融機関にとって未知の領域であり、経験も少ない。実現にはコストがかかり、多くの課題が残ることも事実である。

しかし、ネイチャーポジティブへの取り組みにかつてない機会を見いだすことができる企業は少なくない。TNFD自然リスクとともに機会の同定も求めている。

多くの企業がTNFDの提案を真剣に受け止め、新たな枠組みの策定を、自然と人間が共存し、ともに豊かになることができる新たな経済と社会の実現への重要な足がかりとしていくことが必要だ。

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