カーム・テクノロジーと拡張現実の未来
拡張現実と空間コンピューティングでは、テクノロジーがますます目に見えないものになっていくでしょう。 Image: Reuters/Loren Elliott
- 「カーム・テクノロジー」は、目に見えず、無意識的に使えるテクノロジーで、中断や支障を起こさず、重要な情報を伝える必要がある時にだけ、表に現れて注意を引きつけます。
- 拡張現実と空間コンピューティングは、物理的世界とデジタル世界のシームレスな行き来を可能にする次世代テクノロジーです。
- 拡張現実は、現実に取って代わるものでも、人間の想像力を奪うものでもなく、人間の能力の拡張を約束するものです。
1996年に、マーク・D・ワイザー氏とジョン・シーリー・ブラウン氏は、「カーム・テクノロジー時代の到来(The Coming Age of Calm Technology)」と題する批判的論文を発表していますが、「カーム・テクノロジー」とは一体何でしょうか。
目に見えず無意識的に使え、中断や支障を起こさないテクノロジーと要約することができるカーム・テクノロジーは、バックグラウンドで作動し、重要な情報を伝える必要がある時にだけ表に現れて注意を引きつけ、私たちが真に重要なことと繋がれている状態を保ちます。
拡張現実(AR)と空間コンピューティングの新時代は、こうした方向に向かって進化していくでしょう。それは、テクノロジーが目立たずに働くことで、私たちがデバイスに埋もれてしまったり、人間らしい感情を失ってしまったりすることなく、現実世界に完全に没入することができるようになることを意味します。
先見性と適応性あるカーム・テクノロジー
ワイザー氏は、カーム・テクノロジーがいかに先見性と適応性のある技術であるかを説明しています。このテクノロジーは、必要とされている状況を整理して指示しなくても、すぐさま状況を理解して作動しますが、そのときが訪れるまでは静かに待機しています。
アップルのVision Pro(ビジョンプロ)ヘッドセットは、このコンセプトを如実に表している良い例です。アップルは、ビジョンプロ専用の革新的なテクノロジーである「EyeSight(アイサイト)」を開発。このテクノロジーは、誰かが近づくとディスプレイ上にユーザーの視界を映し出し、ユーザーはヘッドセットを外さなくても相手が見えるというものです。
つまり、ユーザーの現実世界とデジタル環境が同時に繋がり、新しい方法で世界を融合させ、タスクと活動の間を行き来することができるということです。
ウェアラブルデバイスによって、私たちの身体は徐々に拡張し、物理的な境界がほとんど見えない状態に近づいています。こうした進化の中で、カーム・テクノロジーは、私たちのコミュニケーションを形作り、日常生活に価値を加える計り知れない可能性を持っています。
アップルのビジョンプロは、コントローラーを使わずに、目と手、そして声だけでアプリやデジタルコンテンツを操作することができます。人間とコンピュータのインタラクションにおける大躍進といえます。
これが、快適で自然なインタラクションの形を生み出します。例えば、手を伸ばして物理的な物体に触れて動かすといったような物とのかかわり方の延長線上にあるもので、仲介ツールや周辺機器を必要としません。
ウェアラブル・コンピューティングの父として知られるスティーブ・マン氏は、1970年代からパーソナルコンピュータを設計、製造し、身に着けてきました。マン氏は、私たち人間がどれほどコンピュータにコントロールされてきたかを指摘した上で、本来はコンピュータが私たちに合わせるべきだと述べています。
ビジョンプロは、その自然で直感的なインターフェースや、現実との間でダイヤル調整を行い、目下のタスクに最適な没入レベルを選択できる点で、ほかのヘッドセットとは一線を画しています。
物理的な現実において通知にさっと目を通すことから、瞑想やエンターテインメント体験で自分の全空間を完全に満たすことまで、現実を選択したり、カスタマイズすることができます。
ARが人間の能力を拡張する
拙著「拡張現実:テクノロジーが新しい現実をつくる方法(Augmented Human: How Technology Is Shaping The New Reality)」では、ARは、現実に取って代わるものでも、人間の想像力を奪うものでもなく、人間の能力を拡張するものだということを論じています。
透明なカヤックについて少し考えてみましょう。それは、大きく開いた窓として機能し、カヤック(境界面)が消えてしまうような錯覚を与えます。これが、目に見えない境界を介してカヤックの漕ぎ手に没入する感覚を生み、周囲との繋がりを感じさせます。
この透明なカヤックは、アイウェアと空間コンピューティング上のARがもたらす可能性を象徴的に示しています。それは、今日私たちがスマートフォンで慣れ親しんでいる体験を超えるものです。
私が初めてAR体験をデザインし始めた18年前、私たちは、まだコンピュータのモニターとウェブカメラを介してデスクトップにつなぎ留められていました。その後、テクノロジーは、スマートフォンやタブレットに移行し、今ではアイウェア、そしてその先へと進化しています。最終的には、ARのスクリーンが姿を消し、私たちはこの新しいハイブリッドな現実に直接没入することになるでしょう。
以下に、アイウェア上のAR体験のベストプラクティスを促進する、4つのデザイン原則を紹介します。
関連性を持たせる
ユーザーが周囲の環境とつながり、その環境を広げ、状況に応じた体験を提供を目指すこと。ユーザーのいる場所、行動、時間帯を考慮します。テクノロジーが妨げにならず、むしろ補完・拡張する役割を確実に果たすようにするために、ユーザーの状況を考えながらデザインすることが非常に重要です。
現実に根ざす
現実世界の環境が少なくとも60%は見えるようにすること。ARコンテンツがユーザーの物理的な周囲環境を完全に遮断しないように留意する必要があります。ほかの人と社会的な関わりができる方法を入念に考えることも大切です。
容易に実現可能にする
ユーザーの視野を目に見える情報で混乱させないようにすること。ウェアラブル機器に接続された空間オーディオや触覚(接触フィードバック)を適宜使用して、認知面の過剰負担、特に、通知を最小限に抑えることが重要です。どのように、体験を五感に広げることができるかをよく検討して下さい。
楽しみながら発見する
ユーザーの気を散らすのではなく、綿密に考えられたグラフィックスや複数の感覚を刺激する手がかりを使って、ユーザーの周辺環境の探索を促します。App Clips(アップクリップス)などのミニアプリを使って、人々が最小限の労力で効率的に日常のタスクをこなせるようにします。通知は、ユーザーの行動や周囲の環境に応じた適切なものだけを送信します。
ワイザー氏は「21世紀の希少な資源は、テクノロジーではなく注意力である」と公言しています。
私たちは、環境、身体、精神が、新しいテクノロジーによって拡張され続ける中で、本当に大切なものに注意を向けることが重要です。
ARの進化は極めて重要な転換期を迎えています。何でもデザインすることができる今、何をつくり出すのかという問いに立ち向かう必要があるでしょう。新たに発見されたこれらの能力が、人類を豊かにし、進化させ、高めるために最善の形で使われることこそが、私の願いです。
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Hazuki Mori and Soichi Noguchi
2024年12月20日