デジタルヘルスの発展に向けて、健康関連データの価値を解放せよ
デジタルヘルスは世界の医療を変える可能性を秘めている Image: Kelly Sikkema on Unsplash
- データはデジタルヘルスケアに不可欠な要素です。開発者やサービス事業者が効果的なソリューションを構築・展開するためには、健康関連データが必須となります
- ところが、個人や組織は多くの場合、健康関連データの共有に消極的です
- 健康関連データの価値を解放するためには、すべてのステークホルダーに対して情報共有が有益であり、安全かつ信頼できる方法で実現可能であることを示す必要があります
ヘルスケアにおけるデジタル革命は、世界中の人々に健康増進と長寿を約束しています。新しいデジタルツールは、医師や患者が病気を予測、予防、治療するのに役立ち、費用効率と効果の高い、各患者に適した医療への扉を開くことを可能にします。
病院運営をはじめ、医療機器、ワクチン、その他の医薬品の生産といったヘルスケアセクター全体のデジタル化は、医療機関の効率向上、在宅医療の改善、日々の健康やウェルビーイングの支援強化につながり、私たち一人ひとりに恩恵をもたらします。
デジタルヘルスケアに欠かすことのできない要素はデータです。開発者やサービス事業者が効果的なソリューションを構築し展開するためには、健康関連データが必要不可欠となります。ただし現在のところ、デジタルヘルスケアがもたらし得るメリットは十分に実現されておらず、それはデータの詰まりが大きな原因となっています。
健康関連データの共有に対する消極性
個人や組織は多くの場合、健康関連データの共有に消極的です。これはもっともなことでしょう。健康に関する情報は、機密性の高い私的なものだからです。ヘルスケアのデータ価値を開放して、社会的利益のために研究者やその他の人々が役立てるべく確実にアクセスできるようにするためには、すべてのステークホルダーに対して情報共有が利益につながり、安全かつ信頼できる方法で情報共有が可能なことを示す必要があります。
まず、健康関連データの最も重要な提供者である個人は、健康に関わる個人情報を他者と共有することについて往々にして何のメリットも感じていません。この状況を変える必要があります。
ヘルスケアの分野では、データの個人所有が話題になっています。医療記録やその他の情報の管理の大半が病院や健康保険事業者などの組織によって行われていた過去に比べると、劇的な変化です。しかしこれまでのところ、個人所有への移行は適切に実行されていません。医療や看護は専門性の高い分野であることに由来する情報の非対称性があり、各データ所有者が情報をどう活用すればよいか、また、そうすることで何を得られるのかをほとんど知りません。
健康関連データの共有に対する報酬は、健康の増進
データを共有することで得られる「報酬」が、健康の増進であることはいうまでもありません。高齢者に多くみられる生活習慣病は、大抵の場合、危険なレベルまで進行してから症状が現れるため、タイムリーなモニタリングと評価が極めて重要です。日本で「人生100年時代」といわれるように、寿命がますます伸びている世界では、データを駆使した早期発見が加齢に伴う健康上の危機を阻止する最良の手段だと考えられます。
しかし抽象的な議論で人々を説得し、個人データの共有に同意を得ることは困難です。個人にとっての具体的メリットを示し、自らコントロールしているという自覚を明確に持ってもらえるような、特別な取り組みが必要です。
日本では荒尾市がある実験を行っています。提携病院を受診した際に患者やその家族がスマートフォンで電子健康記録(EHR)の情報を確認できるようにするもので、検査結果や処方薬、その他の情報をモニタリングできるようになっています。高齢人口の増加に伴い医療や介護の財源確保に苦闘している自治体は、このシステムによってコスト削減を可能です。節減できた資金は、人々のより健康的な生活を支援するプログラムに転用できるため好循環が生まれます。
日常生活関連データが与える健康関連データへのインパクト
デジタルヘルスケアは、患者や医療専門家だけの問題ではありません。健康に大きく影響する日常生活関連データは広く分散しているため、医療以外の分野を巻き込むことも必要です。日本の高松市では、公共セクターと企業共通のデータ連携インフラを構築することでこの難しい課題に対応しようとしています。
保険・介護事業を展開する日本のSOMPOホールディングスの子会社であるSOMPO Light Vortex社は、新型コロナワクチン接種証明書および個人健康記録(PHR)用アプリを開発しました。このアプリは、高松市のデータインフラに接続されています。地方自治体が管理する信頼性の高いプラットフォームに健康や生活習慣に関する幅広いデータを統合することで、防災をはじめウェルビーイングといった分野でメリットをもたらすことが期待されています。
健康関連データは相互運用性が必須
効果的なデジタルヘルスケアを提供するためには、各国政府や医療機関が保有するデータの相互運用性が確保されることが重要です。例えば日本の場合、200以上の地域のヘルスケア情報ネットワークが存在しますが、それぞれに独自の電子健康記録(EHR)システムとなっています。政府が助成するこれらのシステムは、大部分が有用な情報や治療に関する情報を提供できておらず、システムを利用する医療機関や患者はごく限られています(200のネットワークのうち財務的に自立可能なものは10にとどまるとする報告もあります)。有名なテック企業の個人健康記録(PHR)プロジェクトが頓挫したことが示しているように、世界的にみても、EHRやPHRの普及は障壁に直面しています。
長崎県がさまざまなステークホルダーとの強力な連携のもとに立ち上げた地域の健康情報ネットワーク、あじさいネットは、最も成功しているネットワークの一つです。ある病院からスタートしたこのシステムは、医師会がその運営に積極的に参加しており、長崎県があじさいネット経由でアクセスできる情報の量は増加しています。現在は、検査結果、画像データ、初診時および処方箋の詳細など、日常的な医療情報まで参照可能になっています。あじさいネットの登録患者と参加機関の数は増加し続けています。
デジタルヘルスのほかの側面と同様に、相互運用性にも官民連携が必要です。日本を含め、公的健康保険制度が所有している情報へのデジタルアクセスを国人に提供する政府が増えています。こうした状況においては保健当局と企業が連携して、新しいデジタル・プラットフォームに広範な情報源から情報が取り込まれること、公平な運営が行われること、単一の強力なテクノロジー事業者による「ベンダーロックイン」を防ぐことを徹底する必要があります。開発者は、長期的には国境を越えた相互運用性も視野に入れなければなりません。
健康関連データの分析はサステナブルに
ビジネスモデルがサステナブルであることも重要であり、そのビジネスモデルの開発には産官学が幅広く連携する必要があります。長崎のあじさいネットは、健康関連情報のデジタルネットワークとしては公的助成に依存していない珍しい事例です。日本ではこのほか、公共セクターと企業が連携して実施されている地域のヘルスケアプロジェクトがあります。武田薬品工業が展開する教育プログラムはその一例で、東京大学と連携したヘルスケア領域における未来のグローバルリーダーを育成するプログラムがあります。
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターでは、この度、ステークホルダーや他領域を支援し、デジタルベースの個人健康記録の推進とより効果的な活用を促進するツールキットを整理しました。このツールキットは、各国政府と企業が幅広く参加して行われた議論がベースになっています。関心のある方は、世界経済フォーラム発行の最新の報告書で詳細をご覧いただけます。報告書に収められたヒントから貴重な情報が導き出され、グローバルヘルスへの貢献につながることを願っています。
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