世界経済フォーラムの取り組み

貿易停滞からの脱却

遠い未来を見据えることで、持続可能で包括的な成長と開発に向けて貿易が果たす役割を強化することができるのです。

遠い未来を見据えることで、持続可能で包括的な成長と開発に向けて貿易が果たす役割を強化することができるのです。 Image: Getty Images/iStockphoto.

Børge Brende
President, World Economic Forum
本稿は、以下会合の一部です。世界経済フォーラム 年次総会2023

2023年を迎え、「分断された世界における協力の姿」をテーマに、スイスのダボス・クロスタースで世界経済フォーラムの年次総会が開催される中、世界の貿易と投資の未来は不透明な状況にあります。地政学的緊張と産業政策は、開かれた経済に長い影を落としています。

グローバル経済と社会が、広範囲にわたり厳しい景気後退の瀬戸際に立たされている今、私たちがより良く協力し合える確証が必要です。過去の利益を侵食する脱グローバル化政策を回避するために、成長、開発、持続可能な成果をもたらす貿易と投資の重要性を再確立させなければなりません。

貿易システムの亀裂は、データと物語の断絶にも表れています。世界の商品とサービスの貿易量はともに過去最高を記録。米国と中国、米国と欧州、中国と欧州の間での輸出入も過去最高となっていますが、このデータの本質にあるのは分裂と離脱です。このような状況は明らかに投資家に影響を与え、投資フローは減少傾向が続いています。

新たな国家安全保障、技術や環境の危機に対処するためには、間違いなく変革が必要です。しかし、グローバルな貿易システムから分断され切り離されることは、経済的にも、グローバル・コモンズの課題に対応する能力においても、大きな代償となるでしょう。新型コロナウイルスの感染が広がる中、グローバルサプライチェーンには課題があったものの、防護具をはじめワクチンや治療薬のイノベーションと生産に不可欠な原動力であることを、私たちは目の当たりにしました。

今日の状況は、景気後退の回避に必要な団結力が著しく欠けています。地政学的な要因に囚われないために、政策立案者は2つの戦略を考慮する必要があります。一つは、政治から目を移すこと。もう一つは、現在の地政学的思考を超えることです。

第一の戦略は、貿易と投資が合法的に行われている場所での日々の行政実務を改善することが焦点です。すべての関税を撤廃するよりも、過度に複雑な書類作成などの障壁を取り除く方が大きな利益をもたらすことはよく知られていることです。2013年に、バリ島での世界貿易機関(WTO)閣僚会議で貿易円滑化協定が採択されて以来、協調的な取り組みが進められてきましたが、貿易プロセスをデジタル化・自動化する新しい形態の「トレードテック」の導入により、その取り組みは加速しています。

あまり話題になることはありませんでしたが、2021年のWTOサービス国内規制に関する合意は、貿易コストが少なくとも2倍高い国際サービス分野において、国内と同様の改革に向けた道を開くものでした。そして、今回の世界経済フォーラム年次総会では、開発のための投資円滑化に関する実質的な交渉の終結が発表されるかもしれません。これにより、100カ国以上が参加して国際的な投資手続きを簡素化する協定が結ばれ、世界の企業の大多数を占める中小企業にとっては、大きな変化となります。貿易と投資の合理化は、開発途上国がより多くの恩恵をもたらすことになりますが、先進国でも貿易によって低所得者層の買い物コストが3分の2に削減されたことを忘れてはならないでしょう。

大国間の緊張というハイポリティックス(高次元な政治)を避けながら、環境と社会における成果を向上させるために、貿易が果たす役割は多くあります。国境を越えたサーキューラー・エコノミの成長を促進するには、廃棄物投棄の阻止に努めながら、プラスチックから電子機器に至るまで、リサイクルや再利用戦略を成功させるために必要な規模を確保する慎重な措置が必要です。労働者にとって良い成果をもたらすには、企業のサプライチェーンのデューディリジェンスと規制基準の施行を組み合わせなければなりません。

現在の地政学的思考を超えるという第二の戦略は、国際貿易・投資の経済的、哲学的、人間的基盤に目を向けることです。長期的な視点から、どのような貿易の枠組みが環境と開発の分野で最も効果的な成果をもたらすでしょうか。その枠組みは、具体的に産業政策にどのような影響を与えるでしょうか。また、リショアリングによるリスクの集中ではなく、必需品の生産をアフリカ、中南米、南アジアなど世界各地に分散させることで、世界のレジリエンス(強靭性)を高めることができるのでしょうか。

問題は多様で山積みですが、透明性ある審議プロセスで取り組むことで、これまで貿易に関する議論で頻繁に見られた利益ベースのルール交渉や、ルール不遵守を巡るいさかいから一歩前進することができるでしょう。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書は、少なくとも気候政策がとるべき方向性と、それに向かい私たちが歩調を合わせる意識をもたらしましたが、貿易に関しては、これに相当するものは存在しません。

世界貿易機関(WTO)は、強力な権限を持つ事務局長の下、国際貿易と投資に関するグローバルな発想と実践を結集するための最良のハブであり続けています。これまでの経験から、地域ごとに、あるいはその他のモジュール方式で進展を図ることが最善だと思われるケースもあります。しかし、規範を共有するシステムを維持する上で、ハブとなる存在が重要であることに変わりはありません。

ダボス・クロスタースで開催される世界経済フォーラムのコミュニティ会合では、貿易と投資に関するマルチステークホルダーTo-Doリストを提示します。魔法の杖はありませんが、日々の障害に対処し、遠い未来を見据えることで、持続可能で包括的な成長と開発に向けて貿易が果たす役割を強化することができるのです。

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