「二酸化炭素排出ゼロ」宣言した日本。グリーン成長戦略でこれから何が起こる?
エネルギー産業分野の再生可能エネルギーの導入が脱炭素に向けた大前提。特に注目されるのが洋上風力産業。 Image: Nicholas Doherty on Unsplash
世界的に見て温暖化対策をリードしているとは言えない状況が続いていた日本でも、2020年10月を機に、潮目が大きく変わり始めた。
菅義偉首相の所信表明演説で、2050年に二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすると宣言されると、12月にはそのためのロードマップと言える「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を経済産業省が中心となって策定。
これに経済界・産業界も大きく反応し、日本全体で脱炭素に向けた動きが加速している。
なぜこれほど大きなうねりが起きているのか。
特集「脱炭素とはなにか」では、日本の脱炭素戦略とその取り組みの現状について、全6回にわたってさまざまな角度の視点をお届けする。
第1回では、これまでの日本の気候変動対策の状況とグリーン成長戦略の意味合いについてだ。
三菱総合研究所サステナビリティ本部の石田裕之研究員と井上裕史研究員に聞いた。
「2050年二酸化炭素排出ゼロ」宣言の意味
日本は、東日本大震災後に原子力発電所を停止させた分、火力発電所の稼働を拡充したことの影響もあり、2013年に温室効果ガス(二酸化炭素)の排出量が年間約14億トンとピークを迎えた。
それ以降、2019年までの間に6年連続で二酸化炭素の排出量は減少。2019年の排出量は、二酸化炭素の排出量を算定し始めてから最小となった。
2019年12月、スペイン、マドリードで開催されたCOP25で不名誉な「化石賞」を受賞した日本ではあるが、こう見ると現実的に気候変動対策をしているようにも見える。
とは言え、2019年の二酸化炭素排出量は約12億トン。いまの削減ペースを維持した場合、パリ協定における日本の目標値「2030年に2013年比26%減(※)」は達成できても、2050年までに二酸化炭素の排出量をゼロにすることは難しい。
※4月22日、菅首相はパリ協定における日本の目標値を2013年比46%減に引き上げることを表明しました。
2050年に二酸化炭素の排出量をゼロにするためには、何かを変えなければならないことは明らかだった。政府が脱炭素社会に向けた大きな方針を発表したことは、国内と国外、それぞれに対する意味があったと石田研究員は語る。
「国内では、これまで二酸化炭素の排出量を2050年までに2013年比で80%削減するという目標を示していました。これは裏を返すと2割は排出しても良いということでした。カーボンニュートラルとなると、基本的にもう排出してはいけない。そこが強いメッセージになって(国内の)経済界が大きく反応したと認識しています。加えて、ヨーロッパが中心となった世界的な脱炭素の潮流に取り残されてしまうという危機感が世の中に認知されてきたのだと思います」
”ここ数年、世界では二酸化炭素の排出量を削減する取り組みや労働者の人権問題など、企業にもSDGs(持続可能な開発目標)に対する理解が一層求められるようになっている。
2021年3月には、アメリカ企業のアップルが自社製品を製造する110の工場で使用する電力を、2030年までにすべて再生可能エネルギーに切り替えていく方針を発表。大きな話題となった。
経済産業省の資料を見ると、2016年から2018年のたった3年間で、世界のESG投資の規模は約23兆ドルから約31兆ドルへと1.4倍に拡大。日本国内だけでも、0.5兆ドルから2.2兆ドルと4倍強も拡大している。
海外の潮流、そして変化の兆しが見られていた国内状況が重なったことで、政府の脱炭素宣言によって国内での脱炭素の流れが一気に加速することになったと言えるだろう。
環境対策ではなく「経済成長戦略」
井上研究員は、国が策定したグリーン成長戦略について、
「総論としては、『経済成長につなげていかなければいけない』というところが、これまでのエネルギー戦略から一歩踏み込んでいるところだと思います」
”とポイントを指摘する。
グリーン成長戦略では、これから先の成長が期待される14の重要分野が示されている。その中でも、二酸化炭素の排出ゼロに向けて大前提となるのが、発電に関連したエネルギー産業の改革だ。
日本が排出している二酸化炭素のうち、約4割が発電などのエネルギー産業由来。この分野では再生可能エネルギーの導入が脱炭素に向けた大前提となるが、その中でも特に注目されるのが洋上風力産業だ。
石田研究員は、
「洋上風力は官民協議会が設置されるなど、全体的に盛り上がっている空気感を肌で感じています。これがある種、民間企業にとっては投資判断のシグナルになっている側面がある」
”と語る。また、井上研究員は
「水素など個別テーマで国と議論しているものもありますが、今回、洋上風力は官民協議会で議論したものがきっちり盛り込まれていました。そういう意味でも、官民できちんとターゲットを決めて、戦略的に進んでいる点で、洋上風力が一丁目一番地にいるのかなと思います」
”と成長戦略の策定に食い込んだことを評価していた。
官民協議会の資料では、全国で2030年までに洋上風力で1000万kW、2040年までには3000万〜4500万kWの出力を目指すとしている(原子力発電所は1基あたり約100万kW)。
ただし、再生可能エネルギーの利用にはいくつか制約があり、国内の電力需要を100%カバーすることは現実的ではないという見方が根強い。そのため成長戦略では、2050年の段階での再生可能エネルギーの割合が発電量全体の50〜60%程度になると見込む。
残りの約半分のうち、30〜40%は、火力発電に二酸化炭素貯留(CCS)やカーボンリサイクルを組み合わせた技術と「原子力発電」(割合は不明)。残りの10%は、水素・アンモニア発電でまかなう想定だ。
再生可能エネルギーは、気象条件に応じて出力が変動する。電力系統を安定させるリスクマネジメントとして、火力発電のようなタービンを動かすことで電力を出力するタイプの電源は一定数必要とされている。
水素やアンモニア発電は、まさに火力発電の代わりとなる発電手法として期待されているが、現在も技術開発が続いている分野であり、先が読めない側面もある。
「電力システムを維持するためにはタービン系の発電機がそれなりに必要です。そうなると、CCSと火力発電を組み合わせて使うか、燃料自体を(水素などの)カーボンフリーにするかしか選択肢が残りません」(井上研究員)
”EVだけではない、鍵握る「電化」技術
二酸化炭素の排出量をゼロにするためには、エネルギー産業以外の産業現場で生じる二酸化炭素も削減する必要がある。
対策の基本となるのは、ハイブリッド車やEVの導入を初めとした「電化」技術だ。
これまで燃料を消費していたものの電化が進めば、エネルギー産業の脱炭素化と一体となって、エネルギー産業以外でも脱炭素化が進むことになる。なおこれに伴い、電力需要は現状から30~50%増加する公算だ。
ただし、どうしても電化しにくい産業はある。もともと日本が2050年で80%減を目標と掲げていた状況で、残り20%に入るとされていた産業だ。
「例えば、鉄鋼産業や貨物の運搬の中で航続距離が長い船舶などは電化が難しい。そういったところは、水素技術(水素を燃料などの代わりに使う技術)なども含めて進めていかないと全体として二酸化炭素の排出がゼロにはならないでしょう」(石田研究員)
”こういった分野は、技術開発に時間がかかることが想定され、不確実性も残る。
製造業の中には、世界中がその製品の恩恵を受けながら、炭素が含まれる原料を使っている以上どうしても二酸化炭素を排出してしまうものも多い。CCSで地中に二酸化炭素を埋め戻すにしても、規模が膨大だ。
今はまだ発電部門などによる二酸化炭素の排出の割合が多いため、大きく問題視されることは少ないものの、いずれこの課題に直面することになることは間違いない。
このように、カーボンニュートラルを目指すと言っても、分野ごとに課題はさまざまだ。
「少なくとも、技術的なイノベーションがなければカーボンニュートラルの実現は難しい。一方で、足元で何もしなくていいのかというと、決してそういうわけではありません。技術開発を起こすための取り組みも必要ですし、足元からきっちり取り組んでいけるような課題というのもたくさんあると思っています」(石田研究員)
”菅政権が示したグリーン成長戦略は、少なからず社会の意識を変えたことは確かだろう。
描いたビジョンをどのように実現していくのか。
政府は現在、グリーン成長戦略の改定に向けて、14の重要分野の目標や対策の更なる深掘りを進めている。
*この記事は、Business Insider Japanの記事を転載したものです。
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