水素の活用という難解なパズル
水素は以前から注目されていましたが、その活用に伴う課題は未だ解決されていません Image: Intel Free Press / Flickr
- 脱炭素化の解決策として再び注目が集まっている水素ですが、その活用に伴う根本的課題には、未だ解決されていないものがあります。
- これらの根本的課題は、20年前にも水素のハイプサイクルの妨げとなり、それ以降水素ブームは鳴りを潜めてきました。
- 今、水素に期待が置かれている理由とは?
2020年、水素は、ゼロエミッションを達成するための極めて優れた燃料として大きな復活を遂げました。電化が難しい様々な経済分野の脱炭素化も、水素であれば実現できるかもしれないという期待が高まっています。欧州の新型コロナウイルス・グリーン・リカバリーの経済対策や、ジョー・バイデン氏のクリーンエネルギー計画においても、再生可能エネルギーによる水素の生産が焦点のひとつとなっています。しかし、そこには大きな課題が残されています。
水素を手頃な価格で輸送、供給、貯蔵する方法は、未だ発見されていないため、水素はその力を最大限に発揮できずにいます。
水素は、これまでも注目を浴びては失望を買うというサイクルを繰り返してきました。現在、主導権を握っているのはEUです。しかし20年前、その最大の支持者は米国と日本でした。
当時、水素の活用を実現することができなかったのはなぜでしょうか?
これまでのハイプサイクルからの教訓
水素の物理的特性は、輸送と貯蔵を困難にさせています。水素を極低温にしたとしても、液体水素の体積エネルギー密度はガソリンのわずか25%。気体水素に至っては、現実的な圧力下ではガソリンの体積エネルギー密度の10%にしかなりません。そのため、水素を容器で運ぼうとすると、さまざまな課題に直面することになります。
1. 圧縮水素
容器に圧縮水素を貯蔵し、運ぶという手段があります。しかし、密度が低い水素には、非常に大きな容器が必要となります。また、圧縮ガスの貯蔵には規模の経済が働かず、容器の大きさは貯蔵するガスの量に比例します。そのため、大量の水素を貯蔵するには、重くかさばる容器が必要なのです。
数字で見ると、その評価は壊滅的です。炭素繊維を用いた複合材料など高価で超強力な素材を容器に使用しても、容器の総重量のうち水素燃料が占めるのはたった5%。安くも、小さくも、軽くもないということは、地上を走る車両にとっても不利ですが、燃費を向上させるため抗力を減らすよう、軽くて小さいことが求められる飛行機にとっては大きな課題です。
重量を車や飛行機ほど気にせずに済む海洋輸送においてさえ、圧縮水素燃料の大きさは深刻な問題をもたらします。今日の通常のディーゼル船において、貯蔵量に占める燃料の割合は約4%。しかし、圧縮水素を使用するとなると、燃料が船の貯蔵量の40%を占めることとなり、商品を大量に運べるという船の能力が損なわれます。
2. 極低温液体水素
液体水素を容器に入れ、輸送するという手もあります。そうすれば、加圧に耐え得る高価で重い容器は不要です。しかし、問題は、水素を液化するには極低温の-250度まで冷却する必要があるということ。この温度が低くなりすぎないよう保つためには、水素の一部を絶えず気化(ボイルオフ)させる必要があるため、低温化は、コストがかかり維持が難しい方法なのです。
圧縮も、液体水素の貯蔵も、ガスの圧縮または冷却により余分なエネルギーがかかります。さらに、どちらの方法も特殊な機器を必要とし、導入にはイニシャルコストがかかります。実際に、水素駆動自動車の幅広い普及を妨げてきたのも、電気自動車用急速充電ステーションの最大10倍かかる水素燃料補給ステーションのコストなのです。
3. 水素パイプライン
容器を用いず、パイプラインで水素を供給することもできます。長期的にはこれが最も安価な方法ですが、成熟した水素パイプラインシステムを導入するコストは、本来ならば多くのユーザーが負担すべきところ、現状、水素ユーザーがまだ少数であるために、各ユーザーが高額なコストを負担しなければならなくなります。
専用の水素流通パイプラインシステムを構築するには、数兆ドルの費用がかかる可能性があります。例えば、ドイツのパイプライン事業者グループは、天然ガスパイプラインを改造し、2030年までに1,200km長の水素グリッドを6億6,000万ユーロをかけて建設する計画を発表しました。これは、郊外のガスパイプラインの設置するのに、1マイルあたり100万ドルの費用がかかるという経験則とも一致します。しかし、ドイツだけでも、天然ガスのパイプライン網の全長が53万kmもあることを考えると、1,200kmは控えめな数字です。アメリカには、計300万マイル長の輸送および供給用ガスパイプがあり、各家庭までガスを届けています。
模索されているひとつの近道は、天然ガスパイプラインを純水素の供給向けに改造することです。しかし、水素は性質上、鉄、鋼、溶接部などパイプラインを構成する多くの要素に反応し、脆化させてしまいます。さらに、最小の分子である水素は通常のパイプから漏れてしまうため、損失や安全上の危険が生じます。そして、水素を圧縮してパイプラインで輸送するための手頃な価格の機械も不足している状況です。これらの根本的な問題を解決するための取り組みが進められています。
4. 長期間の水素の貯蔵
輸送の問題を差し置くとして、もし水素を長期間貯蔵できれば、状況の改善は容易になるのでしょうか?
良い知らせは、岩塩空洞や岩石洞窟のような場所であれば、大規模かつ低コストで長期間の貯蔵が可能だということ。しかし、このような場所は地理的に限られています。ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンスによると、「今日の世界経済において、水素が天然ガスに取って代わるとしたら、同じレベルのエネルギーセキュリティの実現には、2050年までに6,370億ドルのコストをかけて3~4倍の貯蔵インフラを建設する必要がある」とされています。大量の水素を貯蔵することは壮大な課題のひとつであり、堅牢な水素経済を実現するための必要条件でもあります。
今、改めて水素への期待が高まっている理由
これらの課題があってもなお、水素は投資価値が大きいと言えるでしょう。電気は未だ人為的な炭素排出量の3分の1にしか貢献できておらず、水素は私たちの経済の他の分野の炭素排出量削減に向けた最良の手段のひとつです。気候変動の緩和は、私たちが持ちうる策のすべてを講じるべき非常に重要な問題です。
再生可能電力のコストが劇的に下がったため、今後10年の間に、競争力のある価格で二酸化炭素の排出なしに水素を生産できる望みも出てきました。水素はすでに工業原料として使用されているため、「二酸化炭素を一切発生させずに水素を生産する」という課題を解決するだけでも、可能性が拡大するでしょう。石油化学プラントなど水素が使い捨てされる場所では、近くで生産されたゼロCO2の水素を使うことで、輸送、供給、貯蔵の必要性を減らすことができます。そして、産業界における既存のグレー水素をグリーン水素に替えるだけで、年間8億トンの二酸化炭素を削減できます。近い将来の部分的脱炭素化の実現に向けた水素の幅広い普及については、現在のガスパイプラインのインフラを大きく変えることなく、天然ガスに水素を最大20%まで混合して供給することが可能です。これらは、滑り出しとしては良いものの、目指すべきゴールはさらに先にあることは明らかです。
政策立案者や民間企業は、水素の輸送、供給、貯蔵における課題を軽視してはなりません。このような取り組みは幅広い研究開発に及んでいます。例えば、新しい水素貯蔵媒体として有望な金属水素化物と呼ばれる素材の種類に関する研究や、輸送しやすいよう水素をアンモニアまたはメタノールに変換し、その誘導体分子を燃料として使用したり、顧客の希望する場所で水素に戻したりする取り組みなどです。また、水素の分散生産を通じ、長距離輸送の必要性を根本的になくし、難題を一刀両断するような取り組みも存在します。
水素が私たちの経済全体の脱炭素化において重要な役割を果たすためには、水素の供給および流通チェーン全体に及ぶイノベーションが不可欠なのです。
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