世界に広がる医療現場の人手不足、その解消に向けた5つの対策
非感染性疾患(NCDs)の増加に伴い、2030年には新たに4,000万人の医療従事者が必要に。 Image: REUTERS/Regis Duvignau
医療従事者の不足は、世界中の国々が抱える課題ですが、最も憂慮すべきなのは、状況が悪化の一途をたどっていること。これまでにない病気の型が確認されたり、新しいテクノロジーが導入されたりするために、医療現場では人材のリスキリング(再訓練)やスキルアップが常に必要ですが、その需要に供給が追いついていないことが事態の深刻化に拍車をかけているのです。
人手不足を浮き彫りにするデータも存在しています。
• Global Burden of Disease Study (2017)(世界の疾病負荷研究(2017年版))では、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現に必要な高品質な医療サービスを提供する労働力が確保できているのは、世界の半分の国だけだと推定されています。例えば、アメリカでは2020年には100万人の看護師が、日本では2025年には250万人の看護師が必要。インドでは医師や看護師が390万人以上も不足しています。
• 世界を見渡してみると、医療労働力が均一かつ公平に配分されているとは言い難い状況です。WHOの区分でアメリカ地域は、世界の疾病負荷の10%を占める一方で、世界の医療労働力の37%が集中。これに対してアフリカ地域は、世界の疾病負荷の24%を占めていながらも、労働力は3%にすぎません(下図を参照)。
こうした状況に加えて、非感染性疾患(NCDs)と高齢者人口の増加に伴い、2030年には世界全体で新たに4,000万人の医療従事者が必要になるとみられています。これはつまり、現在の医療労働力を倍増させなければならないことを意味します。
これだけの労働力を確保は、喫緊の課題であるとの認識で事態の改善を図らなければ実現の見込みはありません。早急に対策を講じなければ、2030年には医療従事者が1,800万人不足すると予測されており、その結果、非効率的な労働によって年間5,000億ドルのコストが発生するとみられています。
したがって、医師や看護師のみならず、ヘルスケア従事者を含めた医療業界全体の労働力不足を解消する対策が不可欠。設定されたタイムラインに従ってUHCの目標の達成を目指すには、非常事態として取り組む必要があるのです。
そのためには、医療の人的資源に投資する以外に手段はありません。そのためには、持続可能な資金調達モデルが重要です。High-Level Commission on Health Employment and Economic Growth(医療部門の雇用と経済成長に関するハイレベル委員会)の報告では、医療分野では投資に対し得られる利益は9倍。また、平均寿命が1年延びることで一人当たりのGDPが約4%増加するとされています。
世界に広がる医療の労働力不足は、各国の発展計画における重要優先課題のひとつです。さまざまな関係者の協力による効果的な対応策としては、以下のものが挙げられます。
1. ガバナンスの強化
強固なガバナンスの枠組みを構築して、医療分野での教育と雇用、国際医療交流、医療従事者の移住、革新的な連携モデルの指針を示すことが重要です。持続可能な官民連携を推進するには、財政、教育、訓練など、多岐にわたる良質な資源を利用できるような組織モデルを強化することが求められるでしょう。
2. 新しいテクノロジー
業界では、医療従事者の訓練やスキルアップやエンパワーメントの目的で、eヘルスやeラーニング、AI、VRシミュレーション、IoTの導入が急速に進んでいます。また、在宅医療用の個人にカスタマイズされたウェアラブル機器から、ポイントオブケア技術、ドローン技術、遠隔地医療のための遠隔治療戦略まで、医療を届ける手段が大きく変容しつつあります。その変革はビッグデータとその分析に基づいて急激に進んでいます。そして、これらの新テクノロジーの導入によって新しいスキルが求められるようになり、デジタル医療を提供するための雇用の口が増えてきたのです。
そこで、テクノロジーと労働力を調整するための明確なロードマップ作りが肝要になります。例えばインドでは、シンクタンクのNITIアーヨグが、人工知能に関する国家戦略と新生インド戦略@75において、テクノロジーとイノベーションを中心とした医療関連政策の策定を計画。これは医療資源を増やすうえで大きな意味を持ちます。
3. 業務のバランスの改善
OECDの国際調査では、看護師の79%と医師の76%が、自分たちが持つ高い知識や技能に見合わない業務を行っていることが明らかになっています。世界的に医療従事者の技能が適正に配分されていないため、労働力を合理的に整理し直して、負担が大きい疾患に効果的に対処できるようにしなければなりません。特にNCDsは世界の死亡原因の71%を占め、対策をしないと2030年には全世界で30兆ドルのコストが発生すると予測されています。
看護師や総合診療医に、救命処置の選択、急性疾患の迅速な診断、適切な専門医への紹介などの基礎的な技能の訓練をする方法もあります。これにより、世界で限られた人数しかいない専門医への依存を減らすだけでなく、労働力増強に必要な時間とコストを削減することができます。
4. 新しい医療モデルの構築
病院や診療所のシステムでは、予防医療重視への転換が必要。健康の社会経済的要因を広く考慮した総合的な医療アプローチを導入すべきです。その一方で、「ハブアンドスポーク」型の医療資源の配置や人材育成により、疾病の監視・予防と外来診療に焦点を当てた良質で地域密着型の総合医療サービスを提供する、新しい医療モデルを構築する必要もあるでしょう。これにより、不必要な入院や救急診療が抑えられ、地域社会全体の健康にも良い結果をもたらします。
5. 持続可能性とジェンダーバランス
医療分野の雇用と教育システムにはジェンダーの格差と不平等が存在しています。例えば、WHOによると、世界の医師のうち女性はわずか30%ですが、看護師では70%以上にのぼります。インドでも同様に、看護師の大部分は女性ですが、標準医療の医師だと女性はわずか16.8%にすぎません。一方、ILOのデータでも示されている男女間の賃金格差も懸念すべき問題のひとつとして挙げられます。そこで、積極的な施策により、労働力のバランスをとってジェンダー不平等を是正し、同等の労働に対する男女同一賃金、女性が働きやすい労働環境、女性人材の育成のための投資を実現する必要があります。
国際レベルでは、医療資源をより有効に活用するために、各国の医療教育での協働や交流プログラムを促すことが求められます。例えば、国によっては看護学コースのカリキュラムが類似していますが、文化の違いによって問題が生じることがあります。インドとスウェーデンを例にとると、看護学のカリキュラムにはそれほど差がなく、看護師の交流が大いに期待できますが、言語の壁が障害となっています。しかし、この問題を解決し、医療従事者の交流を支援する調整は難しくありません。
今こそ、政策決定から教育、訓練、財政まで、医療に関わるすべての関係者が歩調を合わせて具体的な課題や目標に取り組み、労働力の生産性を高め、人材のあり方を重視した方策を目指さなければなりません。
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