中東・北アフリカの大学は、どのように地域を世界の次なる技術ハブに変えられるか
MENA地域ではここ20年間に大学の新設が相次いでいます。 Image: REUTERS/Susan Baaghil
現代の経済イノベーションのエコシステムとして一般に最も認められているものは幾つかありますが、そのなかでも大学は中心的存在です。古くから大学は保守的なものと見られてきましたが、現在のこのエリート機関は、例えばシリコンバレーやルート128、ケンブリッジシャーといった地域の中核になっています。
その影響力はこれまで、往々にして計画的でも予測可能でもありませんでした。世界で最も価値のある上場企業5社が、大学中退者によって設立されたのも、その例です。では、計画を立てることによってこのプロセスをより効率的にすることは可能なのでしょうか?
第四次産業革命の技術はほぼすべての国で産業に激変を招いており、生産や経営、ガバナンス、雇用の全システムで変革が起こることを予告しています。世界は再び、技術の新時代の到来を目の当たりにしていますが、この変化は私達全員の未来に影響を及ぼすことになるでしょう。
この混乱に対する備えという点で、他国に先んじている国があります。
中東と北アフリカ(MENA)の多数の国を含む賢明な国々は、将来を見据えた国家改革プログラムによってこの混乱に対応しようとしています。オマーン2040はその一例で、このスルタン国家は、最優先事項のひとつとして「知識ある社会と競争力ある有能な国民を生み出す包括的教育、生涯学習、科学研究」を打ち出しました。アラブ首長国連邦セントレニアル2071のビジョンはもうひとつの例です。このプログラムでは、教育や、先進技術と工学への重点的取り組みを通じてUAEを世界最高の国にするという、極めて重要な目標が掲げられています。
サウジアラビアのビジョン2030は、野心と範囲の点でまさに改革といえます。野心的国家と呼ばれるテーマは、このビジョンの3つの重要テーマのひとつ。その中心となるのが、巨大な未来都市NEOMという先見的な構想と、同国の新しい観光戦略を主導する紅海開発公社です。これらプロジェクトの純然たる規模と広範さから、それを実現するには、まさに新しいイノベーションと技術が中心となる必要があります。
MENA地域ではここ20年の間に、大学新設が相次いで行われました。2002年にはクウェートで湾岸科学技術大学が、2009年には筆者の所属するキング・アブドゥッラー科学技術大学(KAUST)が誕生。このほか、カタールではハマド・ビン・ハリファ大学(2010年)、オマーンでは国立科学技術大が2018年9月に設立されています。
こうした科学技術大学(UST)は世界的に、質の高い研究と徹底したイノベーション重視をそれぞれ独自に組み合わせることで、伝統的な大学を上回る優れた成績を上げています。これは次のグラフで実証されています。
これら教育機関の新設にあたり、各国指導者が自国の国家改革プログラムを視野に、資金調達を行っている事例もあります。こうした改革計画では、大学はその実行に適した唯一無二のメカニズムになります。つまり、野心的な国家改革を生み出し、科学技術と産業のパイオニアの間の連携やパートナーシップ、シナジーをいわば必然的な軸として改革を進めるうえで、大学は優れた特効薬となるのです。とはいえ、本来保守的なこの教育機関に、21世紀に必要な役割を担う適切な態勢が整っているのでしょうか?
世界の次なる優れた技術ハブになるか?
筆者の回答は、条件付きで「イエス」。MENA地域のUSTは、性質的にも地理的にも、この課題を引き受けるのに理想的な位置にあります。地理的には、シリコンバレーと深圳の中間に位置し、世界の次なる優れた技術ハブを生む可能性を有しています。設立からの歴史が浅く、敏捷かつダイナミックで、外向き志向なことに加え、時代遅れの慣習という重荷を背負っていません。しかも、第四次産業革命を動かす研究の最前線に立っています。
例えばKAUSTは、科学知識の探求と前進、ならびに、食糧、水、エネルギー、環境という国と世界の4つの戦略分野における科学知識の広範な普及および公正な利用を目的に、設立されました。KAUSTはさらに、コンピューターによるシミュレーションとモデリングをそのDNAに取り込み、先の分野の発展を支援する重要プロセスの最適化に取り組んでいます。
こうしてKAUSTでは、世界最強のスーパーコンピューターとしてトップ15位内にランクインしている2台のスーパーコンピューターの使用を開始。2018年の時点で、自校の研究者とその直接の協力者のためにそうしたマシンを運用する世界で唯一の大学でした。国外から採用されたKAUSTの教員のうち、46%という前例のない割合の研究者が、コンピューターサイエンスを主要研究分野としています。KAUSTは今後、AIと機械学習に関する新たなイニシアチブを策定し、科学的発見および工学設計と同様のポートフォリオへの適用を図る予定です。
最高峰のUSTと同様、KAUSTでも多国籍企業の研究センターを援助する環境を整えており、SABIC、ダウ、サウジアラムコといった企業が既に、KAUSTキャンパスの特定用途研究技術パークに施設を置いています。
KAUSTは26のパートナーとの間に計55の産業パートナーシップを締結。ここに、国の経済目標に合わせて規模の拡大が可能な、産業研究エコシステムの端緒を見ることができます。さらに、地域として考えた場合や、パイオニア的大学の共同体を想定した場合、この地域のUSTが世界の科学技術エコシステムになる可能性や、東洋と西洋の世界的ハブになる可能性は、十分にあります。
そのDNAにおける起業家精神
USTは基本的に、起業支援機関でもあります。そして、MENA地域に拠点を置く私達のUSTは、地域のニーズを掘り起こし、かつ地域の枠を越えた国際主義を推進するスタートアップ企業を支援します。
その実現には、資金と指導の両面でサポートが必要ですが、KAUSTでは、創業資金(20万ドル未満)から、初期段階(最大200万ドル)まで、ハイテク部門のスタートアップ企業に投機的な資本投資を実施し、これらベンチャー企業の長期的戦略パートナーにもなっています。
このアプローチは既にかなりの成果を上げています。MEDADテクノロジーはスタートアップ企業の成功例のひとつで、エネルギー消費を抑えた安価な飲料水を生成する、太陽光による海水脱塩プロセスを発明しました。ファルコンビズは、航空機、ヘリコプターと3Dソフトウェアソリューションを自動統合する無人航空システム(UAS)を用いた3D調査とマッピングを専門とするサウジアラビアの登録企業。またアイリステクノロジーは、窓に差し込む太陽光を電力に変換するスマートなソーラーウィンドウに取り組むスピンアウトです。
なぜ条件付き「イエス」なのか?
USTは実際に、数々の問題に直面しています。第1に、USTは常に適応力を求められます。改革のインフルエンサーとして設立された当初なら、難しいことではありません。ところが、USTが機関として成熟するにつれ、取り残されてしまうリスクがあります。驚くべきペースと広範さで改革が進む中東では、ことさらこれが当てはまります。よって、大学が国家改革に敏感であり続けるならば、その組織文化に敏捷性を根付かせなければなりません。
組織の自律性対ステークホルダーへの説明責任という問題もあります。
サウジアラビア政府の基金のおかげでKAUSTは財務的に独立していますが、監視の対象にならないわけではありません。KAUSTのようなUSTは絶えずその価値を証明し、かつてない程その影響に関心を抱くステークホルダーに投資の成果を実証する必要があります。これに関連して、基礎研究の本質的価値も示さなければなりません。最終的に経済改革の原動力となるイノベーションに、基礎研究は決して欠くことができないものだからです。
そして組織の指導者は、相反するさまざまな利害を乗り越え、バランスを取ることが必要です。そうした利害対立とは、例えば、短期的な経済性と学究的な長期展望、組織の自律性とステークホルダーへの説明責任、地域的課題と世界的な課題、学問上の理想と政治的・社会的な現実、短期的視野と長期的視野などです。
よって国家改革計画を目前に大学、特にUSTの位置づけを行うには、大学に対する伝統的概念の変革も必要になります。現代の大学は、20世紀の組織モデルを捨て外に向けてつながっていくことを求められます。同じくイノベーションの重要要素である積極性、そしてリスクをとる組織になることも欠かせません。また、大学のガバナンスと運営体制には、これまで以上の弾力性と柔軟性を要します。これらを土台に、リスクや創造性、そして最終的に改革を生むイノベーションが出現するからです。
これら21世紀の大学に何よりも必要なのは、適応を受け入れ、固定的慣習にしがみつきがちな組織の体質に抵抗することです。端的に言えば、最も成功する大学というのは、その性質が変革的になります。そのためには、大学が開放的になり、社会やステークホルダーとの関与を強めることが必要だと考えます。
大学の枠を越えて国レベルで見た場合、他国より成功する国とは、国家改革上の優先事項を実行しつつ、学問的にUSTが繁栄し得るエコシステムを創出できる国だと思われます。国家改革による変革の一環として大学をどう位置づけることが可能か。サウジアラビアやこの地域の他の国々が先導役となってこれを実証している理由も、ここにあります。
技術革新や、人口動態の変化、持続可能性に関わる優先事項、そして恐らくは予見できないその他の影響を考えると、今後10年の間にもたらされる世界は、今日では、想像がつかないものになるかもしれません。このシナリオでは、研究を行う大学の持つ社会的、経済的な重要性が格段に高まる可能性があります。ただし、大学がコミュニケーション力を高め、かつ、社会の側が大学の補完的役割を理解し、これを守ることが前提となります。
USTは、単に社会と経済の改革に貢献するだけの存在ではありません。大学に対する概念そのもの、そして21世紀における高等教育機関の位置づけをも変えつつあるのです。
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