世界経済フォーラム パブリック・エンゲージメント・リード 栃林直子
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2019年10月9日、スイス、ジュネーブ – 世界的な金融危機から10年間が経過し、中央銀行によって10兆ドル以上の資本が注入されたにもかかわらず、生産性上昇率は低迷、または横ばいの状態に留まっています。この前例のない措置は、深刻な経済不況を回避したものの、それだけでは、民間および公共セクターにおける生産性向上を促す投資に向けて、資源配分を行うには不十分です。金融政策が行き詰まり、活力を失う中で、各国経済は、研究開発の促進、現在および将来の労働力の技能基盤の強化、新たなインフラの開発、新テクノロジーの統合などを実現するには、財政政策および公的インセンティブを導入することは、きわめて重要です。
1979年から発表されている世界競争力レポートでは、生産性向上の要因と長期的な経済成長の評価を毎年実施。この評価は、12の柱に分類した103項目の経済指標に照らしながら、141の経済国の競争力の現況をマッピングした世界競争力指標(GCI)に基づくものです。各指標については、0から100までの段階を使い、経済国が競争力の理想的な状態、または「最先端」の状態にどの程度近づいているかを示します。
2019年、シンガポールは84.8点(+1.3)のスコアを獲得し、米国を追い抜き、世界で最も競争力のある経済大国となりました。このほか、香港特別行政区(3位)、オランダ(4位)、スイス(5位)がトップ5に並んでいます。141の経済国の平均は61ポイントで、40ポイントは「最先端」の国を指しています。世界経済が低迷の危機に直面している現在、世界の競争力の格差はますます広がることが懸念されます。地政学的状況の変化や貿易摩擦の増大は、不安定な状況を長引かせ、景気後退を引き起こす可能性があります。しかし、本年度のGCIで最も良い結果を残した中には、シンガポール(1位)や指標が最も改善されたベトナム(67位)など、貿易転換による貿易摩擦(対立)の恩恵を受けた国もあるようです。
「国際競争力指標4.0は、イノベーションが競争力の鍵となる、ニューエコノミーの繁栄の羅針盤となるものです。本レポートは、伝統的な成長の定義にとらわれるのではなく、インフラやスキル、リサーチと開発、そして取り残された人々への支援を経済政策において強調する国々こそが成功をおさめる事を、明確にしたのです」と、世界経済フォーラムの創設者・会長、クラウス・シュワブは語ります。
このレポートは、総合的なアプローチを適用し、四半期の結果や選挙周期による影響を超えた要素に対して、短期の検討事項のバランスを調整するべきだと、各国の政策立案者の認識を促すものです。たとえば、指標の結果を見ると、革新的な経済大国を含め、労働政策と教育政策がイノベーションに大きく遅れを取っている国がほとんど。政府は、技術的統合による想定外の影響を正確に予測し、第四次産業革命において人々を支援するべく、補助的な社会政策を施行する必要があります。同レポートでは、韓国、日本、フランスのようにイノベーション能力が高い国、あるいは中国、インド、ブラジルのように能力の発展が著しい国では、人材基盤と労働市場の改善が必要だという事実を明らかにしています。
また、いくつかの開発途上国や新興経済国の経済基盤が非常に不安定であり、衝撃に対して脆弱であることを強調しています。貧困の撲滅のスピードが遅くなり、人類のほぼ半数が必要最低限の生活レベルの維持にも苦労していることを考えると、生活水準の向上にとって重要なのは常に変わらず、持続可能で生産性を高める経済成長であることを再認識させます。
また、政策立案者は、正しい方向に成長を定める上でさまざまな選択を迫られていることも明らかに。「質の高い」政策や公的投資を通じて、不平等、気候変動、技術格差といった課題に積極的に取り組むことが重要です。経済的、社会的、環境的要因の間のトレードオフは、成長における短期的かつ偏狭な視点によるものですが、持続可能な発展に対して総合的かつ長期的なアプローチを取ることで、これを緩和できる可能性もあります。たとえば、スウェーデン、デンマーク、フィンランドは、世界で最も技術力が高く、革新的かつダイナミックな経済大国ですが、それ以上に、優れた生活条件や社会保障を提供し、同等の競争力レベルの国よりも団結力とサステナビリティが強いのも特徴です。同等の競争力を持ちながらも、社会的・環境的要因については結果が大きく異なる国においては、成長だけでなく、低炭素経済と包括的経済を構築する取り組みが今すぐに始められなければならないと、同レポートは述べています。
現在、最も懸念されているのは、政府や中央銀行が金融政策を利用して経済成長を刺激する能力が衰えていることです。そのため、生産性の向上、社会的モビリティの促進、所得格差の削減を実現する競争力強化政策の施行がますます重要になっているのです」と、世界経済フォーラムのニューエコノミー・アンド・ソサエティ・センター長、サーディア・ザヒディは語ります。
地域、および各国のハイライト
100点中84.8点のスコアを獲得したシンガポールは、競争力の最先端に最も近い国です。このほか、上位10ヵ国には、米国(2位)、日本(6位)、ドイツ(7位)、イギリス(9位)などのG20経済国が並んでいますが、G20の中ではアルゼンチン(2位下がって83位)が最下位にランクインされています。
アジア太平洋地域には競争力の高い国が多く、世界で最も競争力の高い地域に位置付けられていますが、その後に僅差で、ヨーロッパと北米が続いています。アジア太平洋地域では、GCIの12の柱項目の中でも、インフラ(95.4)、ヘルス/医療(100)、労働市場(81.2)、金融システム(91.3)、公共機関の質(80.4)など7つの分野でトップ10にランクインするほか、世界で最も開放的な経済市場であるというアドバンテージを活かして、シンガポールが地域・世界ランクでトップの位置にあります。次に、香港特別行政区(3位)、日本(6位)、韓国(13位)が続きます。中国は28位(BRICSでは最高ランキング)ですが、今年最も順位が向上した国(ベトナム)は67位でした。このランキングを見れば、地域における競争力の状況がいかに不均等であるかがわかります。この地域は、世界で最も技術的に進んだ経済国が存在するものの、イノベーション能力(54.0)とビジネスダイナミズム(66.1)の平均スコアは比較的低く、ヨーロッパや北米に遅れを取っています。
米国(全体で2位)は、ヨーロッパと北米のリーダーとして位置づけられています。トップの座は明け渡したものの、イノベーションの強大国としての地位は揺るがず、ビジネスダイナミズムの柱項目で1位、イノベーション能力で2位にランキングされています。以下、オランダ(4位)、スイス(5位)、ドイツ(7位)、スウェーデン(8位)、イギリス(9位)、デンマーク(10位)が続きます。同地域の経済大国の中では、カナダ(14位)、フランス(15位)、スペイン(23位)、イタリア(13位)などがランクインしています。最も順位を上げた国はクロアチア(63位)です。
南米・カリブ海地域では、チリ(70.5、33位)が安定したマクロ経済環境(他の32の経済国とともに1位)、開放的な市場(68.0、10位)が強みとなり、最も競争力のある経済国に挙げられます。次に、メキシコ(48位)、ウルグアイ(54位)、コロンビア(57位)の順となっています。ブラジルは、この地域で最も景気が上向きの国であるにもかかわらず71位に終わり、ベネズエラ(前回から6位ダウンし、133位)とハイチ(138位)の順位は上がっていません。同地域では、さまざまな分野の改善に取り組んできたものの、制度面での質(地域の平均スコアは47.1)とイノベーション能力(34.3)では依然として立ち遅れている状態です。
中東と北アフリカでは、イスラエル(20位)とアラブ首長国連邦(25位)が地域のトップで、カタール(29位)、サウジアラビア(36位)が続きます。最も経済状況が改善された国はクウェートで(8位上がって、46位)、イラン(99位)とイエメン(140位)は下降気味なようです。同地域ではICT導入が進んでおり、健全なインフラを構築している国が多いのが特徴です。しかし、革新的かつ創造的な経済を作り上げるため、同地域の国を改革するには、ヒューマンキャピタル(人的資本)への投資を増やす必要があります。
ユーラシアの競争力ランキングでは、ロシア連邦(43位)がトップで、カザフスタン(55位)とアゼルバイジャン(58位)が続きますが、この2国は大きく成績を上げています。金融開発(52.0)とイノベーション能力(35.5)に重点を置くことで、地域の競争力を高め、構造改革に向けたプロセスが進むことになると考えられます。
南アジアでは、インドが68位というランクになっています。スコアが比較的安定しているにもかかわらず、このような結果になったのは、これまで下位だった国々で急速に改善が進んでいることが原因でしょう。同地域のランキングは、スリランカ(同地域で最も向上した国で84位)、バングラデシュ(105位)、ネパール(108位)、パキスタン(110位)の順となっています。
トップがモーリシャス(52位)のサブサハラアフリカ(サハラ砂漠以南の地域)は、全体的に競争力が低く、今年の評価対象である34ヵ国のうち25ヵ国の経済が50ポイントを下回っています。地域内で2番目に競争力のある南アフリカは60位に順位を上げ、ナミビア(94位)、ルワンダ(100位)、ウガンダ(115位)、ギニア(122位)も大幅な改善が見られます。同地域の経済国の中では、ケニヤ(95位)とナイジェリア(116位)も実績を上げていますが、目覚ましいスピードで発展する国が他に存在するため、相対的に順位を落としています。明るい話題としては、ヘルスに関する指標が2ポイント以上上昇した25ヵ国のうち14ヵ国はサブサハラアフリカ(サハラ砂漠以南の地域)で、健康的な寿命の格差是正に向けて前進しています。
本年度のレポートのその他の注目点
同レポートでは、指標によるランキングのほか、世界経済の現状に関する洞察も明らかになっています。市場集中度については、米国、中国、ドイツ、フランス、イギリスのビジネスリーダたちは大企業の市場支配力がこれまでの10年間で強化されていると考えている、ということを示しています。
熟練した従業員の確保については、G7 経済国の中で唯一米国がトップ10にランキングされ、このカテゴリーにおいて世界で最も優れた経済国であることを示しています。次にイギリス(12位)、ドイツ(19位)、カナダ(20位)、フランス(41位)、日本(54位)、イタリア(63位)の順となっています。中国は40位でした。
世界の経済大国は、テクノロジーガバナンスにおいて改善の余地があります。自国の法的枠組みがデジタルビジネスモデルに適応しているかが問われたとき、G20 経済国の中でトップ20入りしたのは4か国のみです。米国(1位)、ドイツ(9位)、サウジアラビア(11位)、イギリス(15位)の順となっています。中国はこのカテゴリーでは24位でした。
新しい世界経済の競争力指標4.0について
世界経済フォーラムの 「世界経済の競争力指標4.0」 は、競争力のベンチマーク設定を行ってきた40年間の経験に基づいて、経済の生産性基準となる要素を評価する指標を組み合わせたもので、長期的発展を判断する最も重要な決定要因として広く認識されています。GCI4.0フレームワークは、12項目の生産性の主な原動力(または柱)を中心に構築されています。12の柱項目は次のとおりです:制度、インフラ、ICT導入、マクロ経済の安定性、ヘルス/医療、スキル(技能)、商品市場、労働市場、金融システム、市場規模、ビジネスダイナミズム、イノベーション能力12の柱項目を中心として、103の個別指標で構成されています。
新しい経済と社会の未来を作るプラットホーム
「世界競争力レポート」は、世界経済フォーラムの 「新しい経済と社会の未来を形成するためのプラットホーム」 の旗艦出版物です。同プラットホームは、繁栄し、包括的で公平な経済と社会を発展させる機会を提供します。「成長と競争力」、「教育、技能、労働」、「平等と包括性」という相互に関連した3つの分野で、新しいビジョンを共創することに重点を置いています。協力しながら取り組むことで、ステークホルダーが複雑な問題に対する理解を深め、新しいモデルや標準を形成するとともに、体系的な改革のための拡張性のある協力的行動を推進することができます。
現在、世界の100以上のトップ企業、100の国際組織、市民社会、学術機関がこのプラットホームを通じて、第四次産業革命経済における競争力に対する新たなアプローチを促進。将来の労働力のための教育とスキルを導入するとともに、新たな労働者主体、ビジネス主体の雇用政策を構築し、公平で包括的な新しい経済への統合を進めており、10億人規模の経済的機会の改善を目指しています。
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