急成長する旅行・観光産業 政策、資源、インフラの整備が進む反面、オーバーツーリズムへの不安が浮上

発行済み
2019年09月04日
2019
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世界経済フォーラム パブリック・エンゲージメント・リード 栃林直子
Tel.: 03-5771-0067 Naoko.Tochibayashi@weforum.org

  • 世界経済フォーラムが隔年発表している「旅行・観光競争力レポート」によると、旅行・観光産業は順調に成長、多くの国がスコアを伸ばす。
  • 世界全体で旅行・観光競争力が高まっているものの、国別にみると政策、資源、インフラの充実度に著しい差があり、適切に対応しなければ旅行・観光産業の急成長によってその差は拡大する。
  • 今年の旅行・観光競争力指数ランキングでは、2017年と同じくスペインが世界第1位。以下、フランス、ドイツ、日本と続き、5位にはイギリスに代わってアメリカがランクイン。
  • 今年の「旅行・観光競争力レポート」の詳しい内容はこちらでご覧いただけます。

2019年9月4日、南アフリカ、ケープタウン – 世界経済フォーラム(以下、当フォーラム)は本日、「旅行・観光 競争力レポート(TTCR)」の最新版を公表。世界140カ国を対象に、世界全体の旅行・観光産業における相対的な長所に基づき、各国の競争力をランキング化しています。

旅行・観光競争力指数ランキングは、10年以上にわたって当フォーラムが実施している、旅行・観光産業のベンチマーキング調査。今年は、旅行・観光産業の力強さが目立ちました。その一方で、旅費の安さや旅行者への障壁の少なさなどの条件が持続不可能なレベルまで求められる、いわゆる「限界点」が近づいている懸念も。国際観光客到着数が予想よりも2年早い2018年に14億人を突破したことを踏まえると、この限界点も予想以上に早く訪れることになる可能性は否定できません。

旅行・観光産業は予想を上回るペースで成長を続けており、人気が高い観光国では既存のインフラやサービスで今後の需要に対応できるかという不安が芽生えてくるでしょう。さらに新興の観光市場でも、関連機関が対応を進めているものの、旅行者の急増などが地域に負の影響を及ぼす「オーバーツーリズム」への危惧が生じてくるでしょう。

現在、TTCRの旅行・観光競争力指数ランキングの上位10カ国は、「海外からの到着客数」の3分の1以上を占め、昨今の観光客数の集中状況が分かります。これを上位4分の1の国にまで拡大すると、占める割合は3分の2以上になります。旅行・観光産業の急伸に加えて、ランキング上位の国に観光客が集中していることにより、人気が高い観光国は、たとえインフラとサービスで比較的高スコアを獲得していても、観光客の受け入れによる負担も大きくなっています。

2019年の旅行・観光競争力の概要

今年のTTCRでは世界的に旅行・観光産業の競争力が高まっていることが明らかになりましたが、これは重要な動向であるといえるでしょう。なぜなら、World Travel and Tourism Council(世界旅行ツーリズム協議会)によると、2018年に旅行・観光産業が世界のGDPに占めた割合は10%以上であり、世界の就労人口にもほぼ同じ割合を占めていたからです。この貢献量は、アジアを中心に世界で中流階級が増加することから、今後10年でさらに約 50%上昇する見通しです。

ランキングの上位10カ国では、イギリスだけが2017年から順位を下げる結果に。イギリスは自然・文化資源のオンライン検索の減少とビジネス環境の低下により、競争力を増しつつあるアメリカに次ぐ6位にランクを落としました。イギリスとアメリカの順位が入れ替わった以外は上位10カ国では2017年から順位の変動はなく、スペイン、フランス、ドイツが他を牽引しています。

当フォーラムのモビリティ部門長であるクリストフ・ウォルフは次のように語っています。「2019年は、旅行への障壁が減少するとともに旅行にかかる費用が低下したことから、多くの国で旅行・観光競争力が飛躍しました。これをチャンスと捉えれば経済と開発の両面で利益を生み出せますが、長期的に利益を得るためにはインフラ整備や環境保護とのバランスを取ることが欠かせません」。

本レポートでは、全体的な経済競争力と旅行・観光競争力との関連性についても考察。生産性が高い高所得国の平均スコアは、低〜低中所得国の平均スコアよりも約38%高いという結果が出ています。TTCRは高所得国と同じ水準の自然資源を有する低所得国に対して、その自然という資産を活用して旅行・観光産業に直接投資を行うとともに政策手段を講じれば、より広範な経済発展を促進できると提案しています。

TTCRでは、世界の旅行・観光産業のGDPの98%を占める140カ国を対象に、4つの領域(「効果的な環境」「旅行・観光の政策と促進要件」「インフラ(社会基盤)」「自然・文化資源」)に基づいて各国をランキング化。4つの領域は合計で14の項目で構成されており、それらの項目に基づいて各国の総合的な旅行・観光競争力のスコアを算出してランキングにしています。

地域・国別の特徴

アジア太平洋

アジア太平洋は今年のランキングで旅行・観光産業が最も急成長した地域のひとつで、世界全体の旅行・観光産業においてもその重要性を増し続けています。また、アウトバウンド消費額が世界最大の地域でもあり、その大半は同じアジア太平洋地域内で消費されています。

アジアで旅行・観光競争力が最も高かったのは2017年に続いて日本(今年の世界全体での順位:4位、2017年からの順位変動:→0、以下同じ)で、世界全体でも4位にランクイン。日本は近年、国際観光客到着数と国際観光収入でも順位が急上昇しています(それぞれ12位と9位)。中国(13位、↑2)はアジア太平洋では他国を大きく引き離して最大の旅行・観光経済国となっており、世界全体でも2017年から順位を2つ上げて13位に浮上しています。フ ィリピン(75位、↑4)も競争力を高めており、世界全体では順位を4つ上げて75位となりました。

準地域別にみると、今回、アジア太平洋で旅行・観光競争力が最も高かったのは東アジア太平洋。世界でも2番目に競争力が高い準地域です。また、東南アジアは総合的に世界平均を上回るスコアを出しています。南アジアはアジア太平洋で唯一、世界平均に及ばなかった準地域でしたが、スコアの上昇率は最大でした。

南北アメリカ

南北アメリカは2017年に比べて競争力が向上、世界平均を上回るスコアを記録しました。これは主に「自然・文化 資源」と「旅行・観光の政策と促進要件」で高いスコアを記録したことが理由です。南北アメリカのランキング上位4カ国はアメリカ(5位、↑1)、ブラジル(32位、↓5)、カナダ(9位、→0)、メキシコ(19位、↑3)で、この4カ国が同地域の旅行・観光産業の大部分を占めています。

トップのアメリカ(5位、↑1)は、世界全体でも順位をひとつ上げて5位にランクイン。アメリカは経済規模の大きさと競争力の高さから旅行・観光産業のGDPが世界最大で、世界全体の20%以上を占めています。これに大きく貢献しているのが高い水準にある「自然・文化資源」で、ランキングで他の先進国の多くを引き離す要因にもなっています。しかしながら、これらの項目ではスコアが高いものの、「環境持続性」と「価格競争力」では今回も全体的に下位のままでした(それぞれ100位と119位)。

南北アメリカで順位が最も大きく向上したのはボリビア(90位、↑9)で、世界全体で順位を9つ上げて90位になり ました。
特に大きく改善されたのが「価格競争力」(109位→61位)で、航空券税と空港使用料を引き下げたことが順位を上げる結果につながりました。また、ビザ取得条件を緩和したことで「国際的な開放度」も大きく向上(88位→72位)。南アメリカで最も高いスコアを獲得したのは、その最大の旅行・観光経済国であるブラジルです。ブラジルにとっての観光客誘致の武器はその素晴らしい「自然資源」と「文化資源」(それぞれ2位と9位)で、それ以外の項目ではスコアがそれほど高くないことを考慮すれば、その強みの大きさが分かるでしょう。

準地域別にみると、北・中央アメリカは競争力では南アメリカに勝りますが、スコアの伸びでは劣っています。南アメリカでは3カ国を除くすべての対象国で2017年よりも競争力が高まる結果が出ています。

ヨーロッパ・ユーラシア

ヨーロッパ・ユーラシアは今回も旅行・観光競争力が世界で最も高かった地域で、6カ国が世界全体のランキングの上位10カ国に名を連ねています。特に顕著なのが西ヨーロッパで、今年も旅行・観光競争力が世界で最も高い準地域となっており、2017年にすでに高かったスコアが今年さらに伸びています。

西ヨーロッパで唯一、順位を落としたのがイギリス(6位、↓1)で、2017年よりもひとつ順位を下げました。その主な理由は、アメリカが競争力を増したことと、「デジタル需要(観光関連のオンライン検索)」のスコアが下がったこと、「ビジネス環境」でもスコアがやや下がったことです。

スペイン(1位、→0)は引き続き世界1位。フランス(2位、→0)も、「文化資源とビジネス旅行」で高スコアを獲得したことから、2017年と変わらず2位となりました。西ヨーロッパ最大の旅行・観光経済国であるドイツ(3位、→0)は世界全体で3番目に競争力が高い国となっています。ヨーロッパで競争力が最も高まったのはセルビア(83位、↑12)で、順位が12も上がっています。

中東・北アフリカ

中東・北アフリカ地域(MENA)は2017年に比べて旅行・観光競争力が向上しており、15カ国中12カ国がスコアを上げています。しかし、主に「自然・文化資源」と「国際的な開放度」の結果が思わしくなく、今年もスコアが世界平均には達しませんでした。

MENAで最もスコアが高かったのは今年もUAE(33位、↓4)で、「情報通信技術の普及度」と全体的なインフラの整備度で好成績を収めた結果、非常に高いスコアを獲得。競争力が最も向上したのはエジプト(65位、↑9)で、2017年から9つ順位を上げています。サウジアラビア(69位、↓6)はMENA最大の旅行・観光産業のGDPを誇りますが、「国際的な開放度」のスコアが伸びず、競争力が低下しました。

オマーン(58位、↑8)は「安全とセキュリティ」において世界全体で3位にランクインしました。イスラエル(57位、↑4)は「健康と衛生」と「人的資源と労働市場」で MENAのトップとなっています。カタール(51位、↓4)は税率の低さと整った法制度から「ビジネス環境」でMENAの最高スコアを獲得しており、この項目では世界全体でも8位に入りました。

サブサハラ・アフリカ

サブサハラ・アフリカは今年競争力が最も低かった地域で、対象国となった36カ国中33カ国でスコアが世界平均を下回りました。順位が最も高かったのはモーリシャス(54位、↑1)。「ビジネス環境」で高スコアを獲得するとともに、「健康と衛生」と「国際的な開放度」でもその他の国に比べてスコアが高かったことがその主な要因です。モ ーリシャスに続いてスコアが高かったのは、南アフリカ(61位、↓8)とセーシェル(62位)です。

アフリカは今年の順位こそ低かったものの、今後10年では2番目に高い成長率を示す地域になると予想されており、旅行・観光産業への国際的な投資が活発化する可能性があります。これに加えて、比較的開発が進んでいない自然資源が豊富にあるため、自然を中心とした観光が盛んになる可能性も大いに秘めています。

ルワンダ(107位、↓10)は「安全とセキュリティ」の項目においてサブサハラ・アフリカで最高順位。この項目では世界全体でも 31位にランクインしましたが、2017年に比べて22下がっており、総合順位も11下げています。タンザニア(95位、↓4)もサブサハラ・アフリカで競争力が高い国のひとつで、「自然資源」ではサブサハラ・アフリカで1位、世界全体でも12位に入っています。

準地域別にみると、競争力が最も高かったのは南部アフリカで、「旅行者サービスインフラ」「旅行・観光の優先度」「価格競争力」の3項目で他の準地域を上回っています。2番目に競争力が高かったのは東部アフリカ。西部アフリカは、競争力自体は3番目となりましたが、2017年に比べて競争力は最も向上しました。

限界点への対応を

人気が高い観光国の中には、すでにオーバーツーリズムの負担の兆しが訪れているところも少なくありません。例えば、パリのルーヴル美術館は昨年5月に休館しましたが、その理由は、訪問客の混雑がひどく対応が困難で安全上問題があるとして、従業員たちがストライキを実施したからです。イタリアのベネチアでは、市内でのクルーズ船の航行に対して住民から不満が噴出していたのを受けて、クルーズ船の航路を変更して本島への立ち入りを禁止する計画が打ち出されました。スペインでは、過度な観光客の集中によって平穏な日常生活が送れないとして、住民から反発の声が上がっています。

新興市場も観光による負担を感じ始めています。例えば、タイでは最近、有名な観光名所であるマヤ湾が閉鎖されましたが、その理由は観光客の増加に伴って生態系が著しく破壊されてしまったからです。

こうしたケースをみると、競争力がある旅行・観光経済国では観光が活発化しすぎて環境収容力を超えたり管理政策が十分な効果を発揮できなくなったりする「限界点」は近いかもしれません。その結果、競争力低下するおそれや、成功が仇となる危険性があるのです。

当フォーラムの航空・旅行・観光部門長であるローレン・アッピンクは次のように語っています。「旅行・観光産業 がもたらす利益を長期的な視点で考えて、自国の経済に明るい未来が訪れるように取り組む必要があります。旅行・ 観光産業には経済を活発化させる力がありますが、そのためには、観光資産を適切に管理できる政策を立案しなけれ ばなりません。そしてそのような管理政策には、多様な利害関係者による総合的なアプローチが求められるのです」。

インフラをはじめとする観光資源への投資が適切に行われなければ、さまざまな問題が立ちふさがって長期的な競争力が失われるおそれがあります。当フォーラムでは、2020年に立ち上げ予定の Data for Destination (「目的地デー タ」(仮訳))プロジェクトを通じて、オーバーツーリズムが旅行・観光競争力に及ぼす影響についての調査を継続していく予定です。

<参考>

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