きれいな空気へ ~補助金改革が果たす役割とは~
大気汚染は、健康だけでなく経済にも重大な影響を与えています。 Image: Getty Images/iStockphoto
- 大気汚染はグローバルな危機です。世界保健機関(WHO)が定める安全基準値を超える濃度の微小粒子状物質(PM2.5)により、世界人口の10人に9人以上が影響を受けています。
- 大気汚染は健康に影響を与えるだけでなく、労働生産性や認知能力、農業生産性の低下など、経済にも重大な影響を及ぼします。
- 化石燃料はPM2.5汚染の主な原因である一方で、各国政府は毎年6億ドル以上を化石燃料への補助金として支出。この資金は、大気汚染問題を解決するために活用できるはずです。
米国ニューヨーク、英国ロンドン、中国の北京、インドのデリー、ケニアのナイロビでこの記事をお読みの方は、おそらく世界保健機関(WHO)が定める大気汚染の安全基準値(PM2.5については5 µg/m³)を超える空気を吸っています。また、世界人口の90%はこの安全基準を超える大気汚染レベルの地域で暮らしているのです。一部の地域では汚染濃度が20倍も高く、汚染レベルの上昇は続きそうです。
今日、大気汚染の影響を受ける人々が、歴史上かつてないほど増えています。大気汚染は喘息、気管支炎、肺がんなど、呼吸器・循環器系の疾患との関連があり、あらゆる形態の戦争や暴力による死亡者数を上回る命を奪っています。また、毎年700万人の早死を引き起こす、健康に対する最大の環境リスクでもあります。
大気汚染はもはや、健康や環境上の課題にとどまりません。大気汚染濃度が高いと、労働生産性と認知能力の低下に加え、農業生産量が減少すること明らかになっています。そのため、GDPの増加がもたらすであろう繁栄を損なう、重大な経済問題でもあるのです。
経済協力開発機構(OECD)の最新研究は、最先端の統計的手法を用いてヨーロッパにおけるPM2.5濃度が10%上昇すると、実質GDPが0.8%減少すると推定しています。この結果から、大気汚染を削減する政策は経済成長に確実に貢献し、経済生産性の観点からも正当化されることが示唆されます。アジアやアフリカなど大気汚染の深刻な地域においては、大気浄化がもたらす利益はさらに大きくなるでしょう。
大気汚染の原因は多様であり、地域によって異なります。しかし、普遍性と汚染における大きな役割において際立っているのが、化石燃料です。
化石燃料は、世界的なPM2.5の大気汚染に他のどの単独要因よりも大きな影響を与えています。さらに、その使用が広く普及しているだけでなく、多額の補助金も投入されています。各国政府は化石燃料への補助金として毎年6億ドル以上を支出していますが、この資金は大気汚染やその他の開発課題の解決に活用できるはずです。
こうした補助金は、化石燃料の使用を促進し、よりクリーンな燃料への移行を阻害するだけでなく、すでに過剰な公的赤字をさらに悪化させます。さらに悪いことに、裕福な世帯ほど化石燃料を多く消費し、補助金の恩恵をより多く受けているため、補助金は所得の再分配にも逆行しているのです。
補助金改革を成功に導く道
幸いにも、この課題には、信頼性が高く、正当な評価を受けていない解決策があります。化石燃料補助金の改革と目的変更です。これを行うことにより、環境、経済、健康面において即座に利益をもたらすでしょう。しかし、これは間違いなく困難な改革となります。補助金によって低く抑えられたエネルギー価格に慣れている消費者は、燃料費の増加につながる改革に強く反対することが予想されるためです。
一方、大気浄化の恩恵を受ける可能性のある人々からの支持は、これより控えめなものになるでしょう。大気浄化による健康上の利益は不確実かつ知られていないことも多く、今すぐ得られるものでもありません。世論および支持にこのような非対称性があるために、補助金は通常、一度導入されると廃止するのが難しい性質があります。
しかし、補助金の改革は可能です。ただし、政策立案者の性急な行動は避けるべきであり、反対意見や抗議を招き寄せ、撤回を余儀なくされることになりかねません。慎重に検討し、成功を収め続けている改革には、次のような2つの共通原則があります。
- 補助金の廃止によって損失を被り、改革に反対する可能性のある人々を補償する。補助金の目的を変え、より環境にやさしい生産方法や燃料への転換などで損失を被る人々を補償することで、環境に配慮した活動を促進することができます。また、貧困世帯や公共善に利益をもたらす改革の代償として、より裕福な世帯への補償が必要な場合もあります。
- 改革の成功には情報が鍵となる。大気汚染による健康及び経済への影響は、隠れて見えにくく、特定が困難である場合が少なくありません。例えば、発がん性物質に暴露してから発症するまでには数十年かかる場合もあり、因果関係の特定は複雑で不確実なものとなります。信頼できる情報が、環境変化に向けた需要を喚起する上で極めて重要なのです。
過去数十年間の主な環境政策の変化のほとんどにおいて、情報の透明化と開示が先行しています。レイチェル・カーソンの著書『沈黙の春』で有名になった農薬の無差別使用による世論の変化が、米国環境保護庁(EPA)の設立と大気清浄法(Clean Air Act:CAA)の制定につながりました。
同様に中国でも、変化を促す条件を作り出す上で極めて重要だったのが、大気・水質汚染、および製造工場における環境違反に関する公式情報です。ただしその逆もまた真なりで、情報の信頼性に疑念を抱かせてしまえば、変革への支持は失われてしまいます。
大気汚染削減のための補完政策
補助金改革は、補完政策と併せて実施することにより、大気汚染対策としてより効果的になります。多様なアプローチが試みられており、その成功の度合いも様々です。
最も一般的であるのは、固定された基準や技術的要件を定める「命令・管理」政策。身近な例としては、車両が排出できる大気汚染物質の種類や量を法的に制限する車両の排出基準があります。
テクノロジーに基づいて基準を策定するならば、特定の生産方法や汚染防止技術が必要になります。このようなアプローチには成功と失敗が混在しており、法的執行能力が限られているために、コンプライアンス違反が蔓延している開発途上国においてはさほど成功していません。
これよりも高い成功率を示してきたのが、経済的インセンティブを与えて汚職行為を魅力のないものにするアプローチです。
その一例が「キャップ・アンド・トレード」スキーム。政府が一定量の汚染を許可する形で排出上限を設定し、企業はこれらの排出枠を売買することができます。これにより排出価格が設定され、使用されなかった排出枠を売却することができるので汚染削減のインセンティブが生まれます。
このような制度は目新しいものではなく、中国やインドにおける最近の経験から、開発途上国でも成功し得ることが示されています。汚染対策のうち比較的容易なものに的を絞ったソリューションを開発するには、政策上での実験が不可欠となるでしょう。
大気汚染のグローバルな規模とその影響を示す証拠から、各国政府は大気汚染を単なる公衆衛生の課題ではなく、主要な経済的課題として優先的に取り組む必要があります。世界の大半の地域で大気汚染が深刻化している一方で、解決策が存在し、かつ実現可能であることを示す注目すべき成功例もあります。
最も顕著な事例は中国です。中国は2014年に「汚染との戦い」を宣言して以来、10年間で大気汚染を40%以上削減しました。ロサンゼルス、ロンドン、東京など、かつて深刻な大気汚染に悩まされていた大都市の多くも、この脅威に効果的に取り組むことに成功しています。
大気汚染の削減は、経済を活性化し、市民の健康を改善。さらに環境を再生することができるため、人々や地球に計り知れない利益をもたらします。切実に必要とされている補助金改革を加速させることにより、人々に多くの資源を提供し、生活の質を向上させることができます。住みやすい地球で尊厳のある生活を送るための道筋を立てることができるのは、今なのです。
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