加速するAIの進化が切り開く、ヘルスケアの新境地
日本の医師起業家たちが、医療現場におけるデジタル・トランスフォーメーションを加速させています。 Image: Daniel Sone/Unsplash
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ヘルスとヘルスケア
- 医師起業家が立ち上げたスタートアップが、日本における医療AIの開発を加速させています。
- がんの早期発見からインフルエンザや心疾患の診断に至るまで、AIは、医師の診断スピードと精度を向上させる大きな可能性を秘めています。
- 医療におけるAI活用のモメンタムをより高めていくことは、医療業界の慢性的な人手不足、高齢化、地域間の医療格差といった課題を解消すると期待がかかります。
めざましい速さで進化する人工知能(AI)の活用が、ヘルスケア分野で拡大しています。矢野経済研究所の調査によると、AI搭載型医療機器の数の増加とAIアプリケーションの多様化に伴い、2027年には、国内の診断・診療支援AIシステム市場規模が165億円に拡大すると見込まれています。
この勢いを牽引するのは、医師たちが立ち上げたスタートアップ。ヘルスケア分野における課題を知り尽くした医師起業家たちが、豊富な疾患データや診療ノウハウをAIに学習させることで、医療現場におけるデジタル・トランスフォーメーションを加速させています。
AIを医師の優秀なアシスタントに
がんの早期発見のために使われる消化器内視鏡は、日本メーカーが世界シェアの98%を占め、内視鏡検査の知見とともに日本が世界をリードしています。専門の医師でも10年の経験が必要と言われるほど、内視鏡で撮影した画像からがんを見つけ出す診断は難易度が高いとされる中、こうした医師の技をAIに担わせるべく技術開発が進められています。
日本のスタートアップ、AIメディカルサービスは、内視鏡で撮影した胃や大腸の画像を基にがんと疑われる部分を特定し、将来がんに転じる確率を示す、画像診断支援AIを開発しています。静止画と動画の両方を即座に解析するこのAIは、医師が内視鏡検査を行いながらリアルタイムで病変部位を確認するのを助けます。人による画像診断では、がんの見逃し防止のため、医師は日々何千枚もの画像診断をこなしています。それでも、早期の胃がんの約20%は見落とされているのが現状です。こうした画像やデータを診断する際の作業負担の軽減と診断精度の向上を目的に開発された同社の内視鏡AIは、画像1枚をわずか0.02秒で分析。4秒かかる専門医による目視の画像分析とは、圧倒的なスピードの差があります。
この内視鏡AIは、全国100以上の医療機関から収集された20万本におよぶ胃などの高解像度動画を基に学習し、約94%の精度でがんの有無を判定することができます。確定診断を下すのはあくまで医師だとし、「人とAIが一緒に検査することでがんの発見精度を高めることができる」と、同社の創業者で胃腸・肛門科の医師である多田智裕氏は語ります。世界経済フォーラムは、世界の最重要課題に取り組む革新的なテック企業として、同社を「テクノロジー・パイオニア・コミュニティ 2021」に選出しています。
人とAIが一緒に検査することでがんの発見精度を高めることができる。
”また、季節性インフルエンザの診断をサポートするAI医療機器の開発も進められています。「nodoca(ノドカ)」は、咽頭画像と体温や自覚症状をAIが解析することで、インフルエンザに特徴的なのどの様子や症状などから十数秒でインフルエンザ検査の判定を出します。従来の鼻咽頭検査とは異なり、検体を採取する過程がないため痛みも伴いません。
インフルエンザに感染するとできる咽頭の濾胞(ろほう)と呼ばれる独特の腫れ物は、視診で判別するためには熟練の医師による診察が必要とされています。名医の技術をAIで再現することを目指し、nodocaを開発したスタートアップのアイリスは、50万枚を超える咽頭画像でAIを学習させ、問診の内容と組み合わせて総合的に判定を出すシステムを作り上げました。同社を立ち上げたのは、AIの力で医師間の技術格差をなくすことを目指す、救命救急の専門医である沖山翔氏。AIを搭載した医療機器として薬事承認を取得したnodocaによる診断は、AI医療機器を用いた診断に公的保険が適用される、日本初の事例です。
また、AMIが開発した「超聴診器」は、胸に10秒当てるだけで心音センサーから得た情報をAIが判断し心疾患の有無や種類を解析し、医師の診断をサポートします。心音・心電をデジタル化し、データを送信することができる超聴診器は、医療現場で急速に広がるオンライン診療の新たな可能性として、遠隔聴診を実現すると期待されています。
官民連携で医療の最適化を図る政府
厚生労働省は、2017年に、ゲノム医療、画像診断支援、医療品開発や手術支援など6つの領域を、医療AIを導入すべき重点分野に定めました。その翌年、政府は、医療分野におけるAI活用を推進するプロジェクト「AIホスピタル」を立ち上げ、医療の最適化や医療従事者の負担軽減に向けた取り組みを進めています。日立製作所、日本IBM、ソフトバンクをはじめとする企業5社が参画するこの官民プロジェクトでは、セキュリティの高い医療情報データベースの構築や、AIによるインフォームドコンセント補助や音声認識で診療記録を文書化するシステムの開発などが進行しています。
実用化に立ちはだかる壁
AI医療機器の開発が加速する中、課題となっているのが、実用化に向けた承認審査に要する時間の長さです。2月時点で、日本で薬事承認・認証を取得しているAI医療機器は約30件。新たなAI医療機器を実用化するために必要な審査には1年以上かかるケースもある上、承認後も機器がバージョンアップする度に審査が必要となり、医療現場で活用されるまでの道のりは平坦ではありません。
また、AI医療機器への保険適用が進んでいないという点も、病院がAI技術を導入する際の障壁となっています。保険が適用されないAI医療機器が使われた医療行為に対し、医療機関は公的医療保険からの診療報酬を受け取れないため、厳しい経営状況にある医療機関ではAI技術の導入が現実的ではないのです。
こうした課題解決に向け、AI医療機器の審査承認スキームの確立と承認の迅速化を求める協議会が発足。16社の企業が参画し、AI医療機器を社会実装する上で現場が直面している課題を提言しています。また、政府は、プログラム医療機器の実用化を促進する戦略「DASH for SaMD」を打ち出し、支援体制の強化を急いでいます。
AIを未来のヘルスケア変革に繋げる
10月、世界保健機構(WHO)は、「AIの設計・展開・使用の中心に倫理と人権を据えること」を求める新たな指針を発表。AIを医療に適用する際に必要な6つの考慮事項を示しました。年齢や性別、人種など実社会の構成が正確に再現されていないために起こる、非倫理的なデータ収集や偏りの助長などのリスクを最小限に抑える必要性を訴えています。
医療におけるAI活用のモメンタムをより高めていくことは、医療業界の慢性的な人手不足、高齢化、地域間の医療格差といった日本が抱える課題を解消し、未来のヘルスケアを変革すると期待がかかります。
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