新興テクノロジーは、いかにして人類が直面する危機を軽減するか
テクノロジーはさまざまな危機から人類を救うカギとなるのでしょうか。 Image: Iewek Gnos on Unsplash
Smriti Kirubanandan
Global Director & Head, Strategic Marketing Healthcare and Lifesciences, Tata Consultancy Services最新の情報をお届けします:
テックとイノベーション
- 新たに誕生するテクノロジーは、人類にとって大いなる希望であり、さまざまな機会を提供してくれる存在です。
- 新興テクノロジーは、プラスの変化をもたらす大きなな可能性を秘めている一方で、人類が直面する複雑な危機に対しては新たな課題やジレンマを生み出します。
- 包摂的で責任あるアプローチをとることで、新興テクノロジーの力を危機への対処や危機の軽減に活かし、より強靭で公平な社会へのパラダイムシフトを実現できます。
世界中で技術革新が続く中、新たに誕生するテクノロジーは人類にとって大いなる希望であり、さまざまな機会を提供してくれる存在になっています。新興テクノロジーはプラスの変化をもたらす多大な可能性を秘めていますが、その一方で、人類が直面する複雑な危機に対しては新たな課題やジレンマを生み出します。本稿では、新興テクノロジーと人類が直面する危機のダイナミックな関係にスポットを当て、そこから生じる機会と倫理的な課題を解説します。
大きな可能性を秘めた新興テクノロジー
AIとオートメーション
AI(人工知能)と自動化は、さまざまな産業において効率性、生産性、利便性を高めて革命をもたらす可能性を秘めています。AI駆動システムには、反復作業の自動化、意思決定プロセスの改善、顧客体験の向上というメリットがあります。しかし、AIや自動化が普及すると、これまで人の手で行ってきた作業を機械が代替することになるため、雇用が奪われる懸念が生じます。AI化や自動化に踏み出すのであれば、従業員のリスキリングやアップスキリングを積極的に実施する必要があります。従業員が新しい業務にスムーズに対応できるように配慮し、従業員のウェルビーイングや経済状況への影響を可能な限り抑えるようにしなければなりません。
IoT
IoTとは、日常にあるさまざまなモノをインターネットと接続して収集を可能にし、データの交換を効率的に行えるようにする仕組みを指します。多種多様なモノが相互に接続されている状態になれば、ヘルスケアや運輸、エネルギー管理などの幅広い分野で進化が起こる可能性があります。しかし、IoT化されるモノが増えれば、データプライバシーやデータセキュリティの面での懸念も大きくなります。
IoT機器によってセンシティブな情報が大量に収集されると、サイバー攻撃や不正アクセスを受けるリスクが高まります。個人情報を保護するためのセキュリティ対策を強化し、安全かつ倫理的なIoT技術の活用を目指すことが重要です。
バイオテクノロジーと遺伝子工学
バイオテクノロジーと遺伝子工学はヘルスケア、農業、環境サステナビリティの向上において今までにない大きな可能性を秘めています。例えば遺伝子組み換えには、農産物の増産、耐病性品種の開発、医療の進歩といったメリットが期待できます。しかし、遺伝子操作、バイオテクノロジー悪用の危険性や自然生態系の変化に起因する影響には倫理上の懸念が伴います。例えば、食の領域では代替肉などのプラントベースフードが大きなブームを起こしています。その背景には、健康志向の高まりのほか、環境負荷の軽減や食肉の消費量削減に対する意識の高揚があります。代替肉のメリットは確かに大きいですが、その栄養摂取についての詳しい研究はまだ行われていません。
バイオテクノロジーの分野では、想定外の事態を防ぐとともに社会的信用を失わないために、イノベーションの追求と技術の責任ある利用とを両立させることが不可欠です。
VRとAR
VR(仮想現実)とAR(拡張現実)はアクセシビリティやイノベーションのあり方を変える技術です。例えば、家族と親密な関係を維持する上で役立つほか、ヘルスケアでは手術などの重要度の高い場面で威力を発揮します。しかし、仮想世界にあまりにも没入しすぎると、社会的に孤立したり、依存状態になったり、現実世界との関係が崩壊したりする事態を招きかねません。個人と社会のウェルビーイングを低下させないために、仮想世界がもたらすメリットを享受する一方で現実社会とも健全な交流を保つバランスが必要です。例えば米国では「孤独」の蔓延とそれが心身の健康に与える深刻な影響についての啓発が大きく進められています。
量子コンピューティング
従来のコンピューターでは現時点では対応できない複雑な課題を解決する可能性を秘めているのが量子コンピューティングです。コンピューターの計算能力に革命をもたらすとの期待が高く、暗号技術や創薬、最適化などでの応用が見込まれています。その一方で、既存の暗号化方式が破られるというサイバーセキュリティ上のリスクが懸念されています。量子コンピューティングの進歩に伴い、センシティブな情報を保護するために新しい暗号アルゴリズムを開発する必要性が生じてきます。
新興テクノロジーと人類が直面する危機の関係性
社会にもたらす影響
新興テクノロジーの導入は、社会に劇的な変化をもたらす可能性があり、労働市場や社会のダイナミクス、権力構造までもが様変わりするかもしれません。新興テクノロジーによって社会に存在する不平等が拡大しないようにするために、新興テクノロジーには誰もが公平にアクセスできるようにするとともに、デジタル・デバイド(情報格差)対策に取り組むことが欠かせません。新興テクノロジー導入による社会的影響として浮上しつつある課題としては、例えばChatGPTや予測AIの浸透によって人間同士のつながりが失われたり思考や直感を使う機会が減ったりすることが挙げられます。
また、AIバイアスやアルゴリズムによる意思決定やプライバシー侵害などの倫理的な課題も発生しています。公平・公正な社会を実現するために、これらの課題にも対処していくことが求められます。
環境に与える変化
新興テクノロジーは、環境サステナビリティの推進や気候変動への対応に貢献する可能性を秘めています。その反面、新興テクノロジーの開発と展開が環境に負荷を与えることもあります。電子機器への需要の高まり、データセンターでのエネルギー消費の増大、電気・電子機器廃棄物の増加が持続可能な開発における課題となっています。
世界経済フォーラムがまとめた「グローバル目標達成のために技術をつなぐ:政府の行動枠組み(Harnessing Technology for the Global Goals: A framework for government action)」では、地球温暖化に起因する自然災害に対するレジリエンス(強靭性)の強化や二酸化炭素排出量の削減、ネットゼロ達成に必要な対策の策定においてデジタルテクノロジーが重要な役割が果たすと指摘されています。また、製造業や農業などの各産業において作業プロセスをオートメーション化したり効率性を飛躍的に向上したりする上でデジタルテクノロジーがどのように貢献するかも解説されています。さらに、AIシステムには、2030年までに世界全体の二酸化炭素排出量を4%削減することに貢献する可能性があることも示されています。
テクノロジーの進歩は、地球温暖化に対する解決策の実現に深く関わってきますが、その一方でデジタルの進展に伴い、廃棄物の増加や資源の浪費、二酸化炭素排出といったテクノロジーの普及の弊害も顕著になってきます。
倫理的な課題
新興テクノロジーが普及すると、個人情報やプライバシー、セキュリティに関する課題も浮上してきます。人道的な目的でのデータ活用と個人の権利の保護を両立させることが重要です。新興テクノロジーは人類が直面する危機を緩和する可能性を秘めていますが、その恩恵は社会経済的地位やジェンダーや地理的位置にかかわらず誰もが公平に享受できるようでなければなりません。デジタル・デバイドを是正して包括的なアクセスが実現できるような取り組みを進めていくことが必要です。
また、適切な倫理的枠組みがない状態で新興テクノロジーを導入した場合には、想定外の事態が発生することを念頭に置いておく必要があるとともに、予防策が想定外の事態を招くおそれがあることも理解することが求められます。既存の危機を深刻化させたり、新たな危機を生み出したりすることがないように、潜在的なリスクを特定し、慎重な管理のもとで新興テクノロジーを展開していかなければなりません。
新興テクノロジーと人類が直面する危機の関係性に対応していくには、分野横断的なアプローチを実施していく必要があります。加えて、各国政府、国際組織、企業、公共部門、市民社会など、さまざまなステークホルダーが連携していくことも欠かせません。これらのステークホルダーが協力し合いながら、新興テクノロジーの可能性を活用して人類が直面する危機に効果的に対処していくのです。さらに、倫理に関する明確なガイドラインと規制を策定し、危機シナリオの中で新興テクノロジーをどのように開発・展開していくかを制御していくことも不可欠です。
新興テクノロジーと人類が直面する危機の関係性からは、機会と課題の両方が生まれてきます。包摂的で責任あるアプローチをとることで、新興テクノロジーの力を危機への対処や危機の軽減に活かし、より強靭で公平な社会に向けたパラダイムシフトを実現できるのです。
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