AIと量子コンピューティングで抗生物質耐性に挑む
抗生物質耐性にテクノロジーが果たす役割に注目 Image: Unsplash/Raimond Klavins
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グローバルヘルス
- 耐性菌の課題が大きな局面を迎えています。2019年の国連レポートによると、2050年までに、耐性病原菌が年間1千万人の命を奪う可能性があるとみられています
- AIの生成モデルは広大な化学空間をナビゲートし、人間よりも早く新しい抗生物質を発見することができます
- 新たに登場した強力なAIテクノロジーを取り入れることが、抗生物質の課題への取り組みを成功させる最も有望な近道となるでしょう
世界が新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)から立ち直りつつある今、新たなグローバル課題が影を落としています。それは、抗生物質耐性による危機です。世界各地で人々がマスクを外し、日常に「ソーシャル・ミキシング」が戻りつつある中、風邪の症状でパニックになる人もいるかもしれませんが、やみくもに抗生物質を飲むことは解決策にはなりません。抗生物質を飲めば飲むほど、細菌は抗生物質耐性を持ってしまうのです。2019年の国連レポートによると、2050年までに耐性病原菌が年間1千万人の命を奪う可能性があるとみられています。
抗生物質耐性の課題への取り組みは、新設されたオックスフォード大学のパンデミック・サイエンス・インスティテュートが担う重要なミッションのひとつです。同インスティテュートは、次世代の人工知能(AI)や量子コンピューティングの力を用い、細菌がまだ遭遇していない、または耐性を獲得するのが難しい新薬を発見することに力を入れています。
AIにより抗生物質耐性との闘いに終止符を
AIと量子コンピューティング技術は、連携して新しい抗生物質の発見する速度を速めています。生成モデルと呼ばれる次世代AIのサブセットは、特定の新薬に必要となる最終的な分子について仮説を立てています。こうしたAIモデルは、関連性がある特性、例えば、ウイルスや細菌を結合し中和させる能力のある既知の分子を探すだけに留まりません。基礎データの特性を学習し、まだ合成されていない新しい分子を提示するという高い能力を持っているのです。このデザインは、調査能力とは対照的に、適性を持つ可能性のある分子の数が宇宙に存在する原子の数より多く、調査タスクで扱うよりもはるかに膨大であることから、とりわけ革新的なものです。
AIの生成モデルは人間よりも仕事が早い
AIの生成モデルは、広大な化学空間をナビゲートすることで、従来の方法を用いている人間よりも速く適切な分子を発見することができます。AIモデルは、すでにパーキンソン病、糖尿病、慢性疼痛の患者に役立つ可能性のある調査研究をサポートしています。抗微生物ペプチド(AMP)という小型の蛋白質に似た化合物は、集中的研究されているソリューションのひとつです。こうした分子は、耐性がつきにくく、生物の自然免疫システムの一部として自然由来で生成されるため、次世代の抗生物質として極めて有望です。さらに、「ネイチャー・バイオメディカル・エンジニアリング2021」で発表された最近の研究では、新しい効果的な非毒性ペプチドの調査にAIを使用した結果、わずか48日間で20 種の有望な新薬の候補が生成されました。新しい化合物開発にかかる期間を、従来よりも大幅に短縮したのです。
候補薬のうち肺炎桿菌に使用された2種は、病院で頻繁に見られる細菌で、肺炎と血流感染症を引き起こし、従来のクラスの抗生物質に対する耐性を高めています。このような結果は、従来の研究手法であれば数年かかってようやく判明するものでした。
すでに商業使用されているAMP
IBM、ユニリーバ、科学技術施設会議(STFC)は、研究者たちのAMPへの理解を深めるため、英国のハートリー・センターで行われているIBM基礎研究所のディスカバリー・アクセラレーターを主催しました。ユニリーバは、すでにその新しい知識を使って、これら自然防御ペプチドの効果を高めるコンシューマー製品を製造しています。
さらに、学術誌バイオフィジカル・ジャーナルの論文では、小分子添加物(低分子量の有機化合物)がどのようにしてAMPの効能と効率を大きく高めるかを説明。さらに、IBMの研究者は、高度なシミュレーション法をユニリーバの実験研究と組み合わせ、効能を高めると考えられる新しい分子機序を特定しました。これは、世界で初めての原理証明であり、科学者たちは今後共同研究を進めていく予定です。
AIの生成モデルと高度コンピューターシミュレーションによる原料発見を促進することは、IBM基礎研究所の「発見の加速化」と呼ばれる大規模な戦略の一部です。この戦略では、新たに登場したコンピューティング・テクノロジーによる科学的手法とそれを応用した発見を後押ししています。その目的は、次のグローバル危機への備えとして、あるいは、現在および将来の避けられない危機へ迅速に対処するため、時間と対象を問わず、新しい原料と薬剤の発見を大幅に加速させることにあります。
これは、従来の原料発見のための線的手法が、最先端テクノロジーによって一変した科学的手法のループのひとつにすぎません。AIが新しい原料に望ましい特性について広範に学習した後、新しいタイプのAI、IBMのディープ・サーチが、特定の材料の製造に関する既存の知識を徹底的に調査します。特許や論文に隠されたすべての先行研究を調べ上げるのです。
新しい分子を生み出す生成モデルの潜在能力
続いて、既存データをもとに生成モデルが新しい分子の候補を作ります。生成後は、高性能コンピューターでこの新しい候補分子をモデル化し、想定される分子反応が生じるかどうかシミュレーションが行われます。将来的には、量子コンピューターによりこうした分子シミュレーションがさらに高度化できるかもしれません。
最終ステップは、実験により予測を検証し、実際に分子を開発するAI主導の臨床試験することです。IBMでは、AI、クラウドコンピューティング、ロボットを組み合わせたロボRXNという冷蔵庫サイズの小型化学実験室で、これを実現。研究者がいつでもどこでも新しい分子を創り出せるようにしまています。こうした手法の組み合わせは、一般的な「インバースデザイン(逆設計)」への課題に取り組むのに適しています。ここでのタスクは、望ましい特性または機能を持つ材料を最初に発見、または創り出すこと。それは、大量の候補薬の特性を計算したり、測定したりする手法とは逆のアプローチです。
AIが従来のコンピューティングを超えるわけ
抗生物質の危機は、インバースデザインのグローバル課題の中でも特に緊急性の高い例で、材料を発見する方法への真のパラダイムシフトが求められています。量子コンピューティングの急速な発展と量子の機械学習技術の開発により、従来のコンピューティングの限界を超えて、人工知能の範囲が拡大する現実的な展望が生まれつつあります。初期の事例は、モデルの学習速度、分類タスク、予測精度において、量子の優位性が期待されています。
全般的に見ると、抗菌作用に関わる特徴を学習するための最も強力な新しいAI技術(おそらくは量子加速が利用されたもの)と分子規模の物理モデルと組み合わせて、これまで以上に必須化合物を迅速に作成する最も有望な近道であることは確かです。
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