次のパンデミックに打ち勝つ方法
新型コロナで命を落とした人と同じ数のハートが描かれている、聖トーマス病院前の「追悼の壁」(英国、ロンドン) Image: REUTERS/Hannah McKay
Amandeep Singh Gill
Project Lead, International Digital Health and Artificial Intelligence Research Collaborative (I-DAIR), The Graduate Institute of International and Development Studies最新の情報をお届けします:
パンデミックへの備えと対応
- 感染症による将来のパンデミックを防ぐため、ワクチン開発や治療・検査法の確立に要する時間を100日以下にするという目標が新たに設定されました。
- その達成には、臨床試験に関するグローバルなプロトコルの合意、スマートな分散型の製造能力の増強、医療従事者の動員が必要です。
- この目標達成に向けたWHOのリーダーシップを支援するには、官・民・学と慈善団体によって形成される「有志連合」が必要です。
英国主催、カービスベイで開催された2021年G7サミットで、将来のパンデミック(世界的大流行)に対応するために、パンデミック発生から100日以内に検査法や治療法の確立、ワクチン開発を行うという野心的な目標が設定されました。この「100日ミッション」は、新型コロナウイルスのパンデミックで見られたものとは大きく異なる取り組みと変化が求められます。
新型コロナウイルスの治療法に関する世界最大規模の国際的な無作為化試験である世界保健機関(WHO)の「連帯治験」の経験を基に、臨床試験のグローバルなプロトコルが合意に至ったのもその一つと言えます。並行して、病原体の性質に応じて様々な方向に増強できるスマートな分散型の製造能力も必要です。また、研究費の無駄をなくし、人材や資源への共同出資を可能にするため、研究開発への投資について連携をさらに深めていかなければなりません。
100日ミッションを達成するためには、人的能力と医療従事者の動員が不可欠です。パンデミックとインフォデミックの新たな時代に備えて、第一線で働く公衆衛生担当者の再教育が必要となるでしょう。コンテンツや研修プラットフォームを共同開発することで、あらゆる国の公衆衛生担当者が集う学習コミュニティを形成することができるほか、この取り組みにより、人の健康が動物の健康や環境と密接に関連していることを認識する「ワンヘルス」アプローチに関する国際的な視野を確立し、公衆衛生対策のデジタル化に対する理解を深めることにもつながります。
医薬品以外の介入方法や新しい検査・治療法を、既存のワークフローにスムーズかつ効率的に組み込むためには、初めの段階から医療従事者を巻き込む必要があります。これは、今回のパンデミックで追跡アプリや同様のデジタルツールを導入した成果がまちまちであったことから得られた教訓です。
最も重要なのは、100日ミッションのスタートラインを正しく設定することです。そのためには、科学的根拠に基づき、デジタル化されたグローバルなパンデミック監視システムを導入する必要があります。このようなシステムにより、異なる情報源からのデータを信頼できる中立的なデジタル・インフラに集約し、パンデミックに発展する可能性のあるアウトブレイクを特定することができます。これは、意思決定者が準備を強化してスタートラインに立つための貴重な時間を稼ぐことにつながります。また、このシステムの「平時」版が常時、静かに稼働していれば、個人や地域社会の継続的な健康管理の向にも貢献します。
このようなシステムは、うまく稼働させるために包括的で協調的かつ巧みなものである必要があります。卓越した研究拠点をいくつかの地域に設置するだけでは不十分で、世界中に公平な分散型ネットワークである「ハブ・アンド・スポーク」を構築することがより効果的と言えます。また、通常の公的なデータソースは、民間セクターからの情報提供や、その他通常利用されていないデータソースと組み合わせる必要があります。信頼を構築・維持する形でこれを実行するには、分散型技術やプライバシー保護技術など機密データにアクセスする新たな方法を導入することが求められます。
また、市民やコミュニティの参加も必要です。人、動物、地球の健康を守る「ワンヘルス」の領域で監視に当たる市民科学者、すなわち「疾病探偵」という、わくわくするようなビジョンがあります。この分野で新しいエネルギーやアイデアが次々と生み出されていることは、これが理想主義的な希望ではないということを示しています。パンデミックの特定、対応、復興への支援を目的としたデータ・イノベーションファンド組織、トリニティ・チャレンジには61か国から340のソリューションが寄せられ、新型コロナウイルス感染拡大による経済的影響から地域社会を復興させるために最高のデータサイエンスソリューションを適用することを目的としたdata.orgの「包摂的な成長と復興のチャレンジ」には、108か国から1,200件以上の応募がありました。
何とかしようという意思はあるので、それをうまく導いていく必要があります。G7の呼びかけに対するフォローアップは、3つのトラックに沿って進めることができます。
1. G20、国連、WHOの活動をG7の対策と織り交ぜ、より広範な政治的支援と合意の基盤を形成する政治・外交トラック。特に、G7加盟国の英国、ドイツ、日本や、G20加盟国のイタリア、インドネシア、インドにとっては、世界が次のパンデミックに備える上で、今後2年間、協力しリーダーシップを発揮する機会となります。
2. 学際的な視点を取り入れ、グローバルなパンデミックシステムの様々なモジュールのための研究開発アジェンダを形成する科学技術トラック。このトラックには、これを実現するための中立的なデータアーキテクチャと高度なAI(人工知能)モデルの開発も含まれます。G7の科学アカデミーが強調しているように、緊急事態における健康データの使用には、ガバナンスメカニズム、インフラ、テクノロジーに基づく原則に沿った行動が必要です。
3. 一般市民、イノベーター、公共の精神を持った民間企業に働きかけることで、国際機関や政府の枠を超えた幅広いコアリションを形成するパブリック・エンゲージメントトラック。新世代の科学者、技術者、起業家、市民社会グループをパンデミックの監視や対応に取り込むといった課題もこのトラックの一部とすべきです。次のパンデミックに最終的に打ち勝つためには、現在よりもさらに広範なイノベーションの基盤が必要です。
カービスベイG7会議の成果は、WHOのパンデミックの事前準備および対応に関する独立委員会(IPPPR)の報告書およびG20のローマ宣言で形成されたモメンタムを維持するものです。また、英国の「グローバル・パンデミック・レーダー」やWHOの「ベルリン・ハブ」などのグローバルな監視プラットフォームへの取り組みも発表されています。科学、データ、アナリティクスを基盤とした、2年の実施ロードマップを調整することが次のステップとなるでしょう。データ共有の協定基準やプロトコル、そして既存の検知・監視システムへの連結など、共通の政策フレームワークを構築する上でWHOのリーダーシップは非常に重要です。公的機関、学術機関、民間セクター、慈善団体の有志が集結すれば、次のパンデミックを回避すべく、早期に成果を生み出し、2023年のG7およびG20サミットにおける採択に向けたスキームが提供されるようWHOを支援することができます。
本記事の共同執筆者は以下の通り。
ハラ・アウディ氏(トリニティ・チャレンジCEO)、ルパート・ルイス氏(ロイヤル・ソサエティ主任科学政策担当者)、ビラル・マティーン氏(ウェルカム・トラスト科学・健康重点領域臨床技術部長)、ダニール・ミハイロフ氏(data.orgエグゼクティブディレクター)、ペイリング・ヤップ博士(I-DAIR主任科学者)
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