テクノロジーが長寿社会にもたらす最大のメリットとは
世界経済フォーラムの「健康的な加齢と長寿に関するグローバル・フューチャー・カウンシル」のメンバー Image: REUTERS/Susana Vera
Sofiat Makanjuola-Akinola
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ダボス議題
世界的な高齢化が進んでいます。多くの国で平均寿命が70歳を超え、2020年には歴史上初めて、60歳以上の高齢者の数が5歳以下の子どもを上回りました。
この目覚ましい成果は、公衆衛生や栄養状態、ヘルスケアの改善によるもの。特に最近では、技術革新、ビッグデータ、そしてAI(人工知能)の活用が、健康寿命の延伸や高齢化社会におけるニーズへの対応につながっています。
新たなテクノロジーの台頭により、あらゆる年齢層の人々がより健やかで充実した生活を送れるようになり、健康と長寿につながっています。例えば、身体活動の維持、転倒の検知などによる自立した生活の支援、スマートホーム、病気の早期発見と病状の管理、孤立の軽減による社会とのつながりの維持、長期的な労働参加など、技術革新はさまざまな目的に利用されています。
テクノロジーが長寿社会にもたらすメリットを確実に享受するためには、すべての人に恩恵をもたらす包摂的なテクノロジーを設計する必要があります。
「高齢化にはデジタル時代ならではの課題があります。高齢者の多くはデジタル教育を受けておらず、若者たちのように新しいテクノロジーを使いこなすこともできません」と欧州委員会の民主主義・人口動向担当副委員長であるドゥブラブカ・シュイツァ氏は話します。
「それにもかかわらず、技術革新とテクノロジーの進歩は、年齢に関係なく誰もが生涯新しいツールに適応し続けることを要求します。高齢者のニーズや好みに合わせて作られた革新的なソリューションや支援テクノロジー、デジタルサービスには、人生の質を向上させ、老後の自立した生活をサポートする大きな可能性を秘めています」とシュイツァ氏。
「このメリットを享受するためには、高齢者全員が必要なデジタルスキルを身につけ、好奇心を持ち続けてもらうことが重要です。」
それを実現するにはどうすればいいのでしょうか。私たちは世界経済フォーラムの「健康的な加齢と長寿に関するグローバル・フューチャー・カウンシル」のメンバーを招き、アイデアを出し合ってもらいました。
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「人と人がつながる機会を作る」
AARPリサーチ担当シニアバイスプレジデント アリソン・ブライアント氏、同エグゼクティブバイスプレジデント兼公共政策主任 デブラ・ホイットマン氏
社会との強いつながりは心身の健康の基本であり、長期にわたる孤立状態は1日に15本のタバコを吸うのと同じくらいの悪影響があると言われています。人と人がつながる機会を作ることこそ、テクノロジーが長寿社会にもたらしうる最大のメリットです。
テクノロジーの導入と活用は急激に進みました。パンデミック(世界的大流行)以前よりも、テクノロジーを使いこなしているという人は、50歳以上で44%。デジタルで人と交流したいという欲求は、コロナ収束後も変わることはないでしょう。この潜在力を活用し、社会とのつながり保つ体験をデザインし、誰もが利用できる高速かつ低コストのインターネットサービスを実現する必要があります。
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「適切に歳を重ねる」
全米医学アカデミー会長 ビクター・ジャウ氏
高齢者の生活の質を向上させるデジタルテクノロジーは、大切な人とのつながりを保ちながら適切に歳を重ねるためにも有効です。ひいては、包摂的な労働環境や生活環境を整え、高齢者に健康で生産的な生活をもたらします。
長期的には技術革新とアナリティクスの向上、また、人間の行動や加齢現象に対する知見の蓄積によって治療の上流化が進み、病気の治療から、予防と健康増進へと焦点が移っていくでしょう。
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個人の権利を守りながら「データを公益のために使う」
世界経済フォーラム 第四次産業革命日本センター ヘルスケア・データ政策プロジェクト長 藤田卓仙
スマートフォンアプリによって、新型コロナウイルス感染者との接触の追跡、感染者の位置情報や健康情報の記録、ワクチン接種記録や感染履歴の確認などを行うテクノロジーが実現しました。この情報は必要な人に見せることもできます。
しかし、こうしたイノベーションにはメリットだけでなくリスクも伴います。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、特に大きな打撃を受けたのは高齢者や基礎疾患を持つ人々で、ロックダウンなどのコロナ対策による経済的、精神・心理的な影響も他の人と同じではありません。
コロナ禍で最も大きな影響を受けている人たちに、デジタルテクノロジーというさらなる負担をかけるべきではないでしょう。認知機能が低下している多くの高齢者は、同意などのよくあるテクノロジー関連の問題について、適切な判断を下すための手助けを必要としています。認知機能が低下していない人であっても、スマートフォンなどのデジタルテクノロジーの進化のスピードに対応できていない場合があります。
そこに、日本の経験を役立てることができます。「超高齢化社会」の日本には、高齢者に関するデータが大規模に収集されています。テクノロジーと高齢者の関わりについて信頼性の高い情報が不足しているという問題は、これによって解決できるかもしれません。
世界経済フォーラム第四次産業革命センターは「社会的合意に基づく公益目的のデータアクセス(APPA)」というアプローチを提唱しています。APPAの目的は、個人、テクノロジー開発企業などのデータ保有者、そして、社会全体という三者の利益のバランスを取ること。公益のためのデータ利用が、プライバシーなどの個人の権利を踏みにじる口実になっていないか、APPAが作成した詳細なチェックリストなどのツールを用いて、接触追跡アプリをはじめとするさまざまなテクノロジーを評価します。
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「個人を中心に形成された、さまざまなチャンネルによるヘルスケアの提供」
NEOM ヘルス&ウェルビーイング担当兼バイオテック担当エグゼクティブディレクター マリハ・ハシュミ氏
健康と長寿にとっての最大の躍進は、テクノロジーを血の通ったものにし、幸福で健康的に年を重ねる手助けをすること。これには、人間と機械との協力が必要です。高度なセンサー、健康データ、さらにはAIアルゴリズムによって、病院での診察なしでも医療の専門家が精密な診断や個別診療、オーダーメイドの健康管理、効果的なモニタリングを実施できるようになります。まるで病院が患者一人ひとりのところに来てくれるように、どこでもヘルスケアを受けられます。さまざまなチャンネルによるヘルスケアサービスがそれぞれの個人を中心構築されるため、自分の活動、選択、ライフスタイルのコントロールを自分で決定・把握でき、そのことが包括的な健康につながります。
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高齢者の「人権の十分な行使」
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR) テーマ別エンゲージメント・特別手続・発展の権利担当ディレクター ペギー・ヒックス氏
アシスト技術や介護ロボットなどのテクノロジーは、高齢者が自立・自律的に生活し、他の人と平等に十分な人権を行使できるようにする大きな可能性を持っています。ロボットやモニタリング技術を活用すれば、介護現場における高齢者の虐待や不当な扱いを減らしたり、高齢者の健康についてより多くの知見を得たりすることができるかもしれません。
一方で、テクノロジーへの過度の依存や誤った使い方は、人間性の欠如したケアにつながったり、新たな形の差別やネグレクトを生み出したりする可能性もあります。テクノロジーは安全に設計され、展開されるようにしなければなりませんが、そのためには高齢者が開発に積極的に関与することが必要です。
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ヘルスケアへの「アクセスの普遍性」
ブラジル 国際長寿センター所長 アレクサンドル・カラッシュ氏
新型コロナウイルスのパンデミックから得られた最も重要な教訓は、万人のためのヘルスケア、つまりアクセスの普遍性です。これは、人々に正当な市民権を行使させるということにほかなりません。テクノロジーは政治的に中立ではなく、価値観に無縁でもありません。テクノロジーはグループを団結させるどころか、むしろ分裂させてしまうこともままあります。イノベーションの恩恵を受けていない人々を積極的に探し出していく必要があります。
そのためのツールはもうすでに存在しています。2017年の時点で、ブラジル国内で使われているスマートフォンは1億9,800万台。「プライマリー・ヘルスケア」レベルの診療に簡単かつ安価でアクセスでき、ヘルスリテラシーを大幅に向上させるアプリがあれば、健康と長寿に非常に大きな影響を与えるでしょう。
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「プレシジョン・ケアサービスの拡大」
日本貿易振興機構サンフランシスコ事務所 所長/経済産業省 中小企業庁官房総務課中小企業政策上席企画調整官 中西友昭氏
高齢者介護サービスの重要性が高まる一方で、熟練した介護者の数は増えていません。高齢者介護は熟練者の経験と勘に大きく依存しているため、施設ではその知識の蓄積と新しいスタッフへの伝達に苦慮しています。データを活用して介護の質を改善するという体制が整っている施設はまだ少数。これは投資に向けた適切なインセンティブや法的な仕組みがないためです。
介護施設では、スマートデバイスを使って治療データやリハビリ状況などの高齢者の介護データを収集することができます。またプライバシーに配慮した形でデータアナリティクスを行えば、治療法や認知能力、そして最終的には生活の質を向上させることもできます。介護者のスキルとデータの力を組み合わせたアプローチは、介護を必要とするすべての高齢者のウェルビーイングを実現する「プレシジョン・ケアサービス」の発展につながっていきます。
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「長期間の就労の支援」と予防的ケアの改善
ロンドンビジネススクール経済学教授 アンドリュー・スコット氏
世界的に高齢化が進む中、「エイジテック」と呼ばれる技術に期待と注目が集まっています。エイジテックは増え続ける高齢者が今後も人とのつながりを保ち、活動し、介護を受けられるようにするサービスを目的としています。またロボットが力仕事をしたり、AIが認知機能を支援したりすることで、高齢者がより長い間働けるようにするテクノロジーにも大きな可能性があります。
しかし、エイジテックの最大の可能性は医療にあります。健康的に年を取るということは、長寿化の進む社会でますます重要になってきていますが、そのためには予防医療やモニタリングの改善、早期介入が必要です。将来経済の大きな一角を占めると目される医療という分野において、ビッグデータとテクノロジーは大きな役割を果たすでしょう。
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「エビデンスに基づくヘルスケア提案」と「カスタマイズされた健康増進プログラム」
オプタム(米国ユナイテッドヘルス・グループ)シニアディレクター ニディ・シンビ氏
予防医療の進歩こそ、テクノロジーが健康長寿にもたらす最大のメリットです。ウェアラブル端末や電子カルテから得られるデータを基に、AIや機械学習がシミュレーションを行います。先進的なテクノロジーソリューションによりエビデンスに基づくヘルスケアをポイントオブケアで提案し、最適な治療方針を決定することが、大きな可能性として注目されています。また、医学・行動学の両面のアプローチから一人ひとりに合わせてカスタマイズされた健康増進プログラムを作成したり、適切なタイミングで治療に関するリマインダーや通知を送ったりすることもできます。
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「選択の自由」
ACCESSヘルスインターナショナル コンサルタント A.ビネスワリ氏、同業務開発部長 エイドリアン・メンデンホール氏
テクノロジーが高齢化社会にもたらす最大のメリットは選択の自由です。高齢者は自己決定権を持ち、自分の望むライフスタイルを選択し、尊厳を高めることができます。IoT(Internet of Things)などのテクノロジーの力があれば、高齢者は日常の行動を自分で管理し続けることができます。人と人との触れ合いを代替できるテクノロジーはありませんが、ビデオチャットサービスなどのネットによるコミュニケーションを活用することで、大切な人と連絡を取ってつながることができ、健康やウェルビーイングに影響する社会的孤立や孤独を防ぐことができます。
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「年を取ってもプロとしての充実した仕事を続ける」
ノバメッド創設者・マネージングパートナー兼世界経済フォーラムヤング・グローバル・リーダー デビッド・アレクサンダー・ウォルコット氏
パンデミックの影響で、これまで「デジタル・ディバイド」の外側にいた高齢者たちも否応なしにテクノロジーを取り入れざるを得なくなっています。ロックダウンとソーシャルディスタンス確保が長引く中、高齢者もビデオ通話や、遠隔医療、テレワークをかなり受け入れるようになってきました。このことは労働参加の継続に加え、テクノロジー製品の消費拡大という意味でも経済的貢献の機会となり得ます。先日Tモバイル社が行ったニューヨークの高齢者へのタブレット端末配布のように、こうした変化によって企業が高齢者向けのテクノロジーソリューションへ資本を配分することも増えるでしょう。
高齢者のデジタルリテラシー向上の効果はロックダウン解除後も持続するはずです。そうすればそれは経済成長の波を起こし、年を取っても充実した仕事ができる生活を可能にすると期待されています。
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