20世紀を通じ、多くの取り組みが長寿に貢献してきた。そこでは、公衆衛生政策と力強いヘルスケアシステムの構築が焦点であり、医療の専門家、政策当局、非営利団体が主たる役割を果たしてきた。

この偉大な取り組みが、まずは先進国において、そして新興国において平均寿命を改善してきた。21世紀中には、世界の殆どの国が超高齢化社会を経験する。これは素晴らしい成果である。

健康寿命と平均寿命

長寿が達成されつつある現在、次の課題である健康寿命に焦点が当たっている。先進国においてさえ、平均寿命と健康寿命の間には10年間の差が存在する(下図参照)。我々が追求すべき健康とは物理的な状態だけでなく、主観的な満足度、幸福度を含む概念である。我々は、医学的にも、社会的にも、経済的にも、より良いQOL(生活の質)を達成するため、総合的で人間中心型のアプローチを追求するべきであり、人の一生涯に関するあらゆる制度や課題を再検討し、新しい課題とアクションを見つけるべきである。

A 10-year healthy life expectancy gap persists in both developed and developing countries
先進国、開発途上国ともに、平均寿命と健康寿命の間には10年間の差がある
イメージ: World Health Statistics 2015

長寿の目標が平均寿命の延伸から健康寿命の延伸に移るに従い、総合的な分析と様々なステークホルダーによる幅広いアクションが必要となる。そのためには、例えば、新型コロナウイルス感染拡大への対応を考えてみればわかるように、実務家、アカデミア、産業界、政府を問わず、一つの分野や領域の関係者だけでは効果的な解決策を見つけることはできない。

社会負担の少ないスマートなヘルスケアのあり方

ヘルスケアの専門家や普通の人々は、長寿を、ミクロの観点でとらえ、個人のQOLを向上させるものとして歓迎し、前向きな印象を持つ傾向にある。一方、エコノミストや産業人の中には、長寿を、マクロの観点でとらえ、経済的な力を弱め、社会負担を拡大させるとして、悲観的な印象を持つ者もいるかもしれない。しかし、ミクロレベルでの個人のQOLの向上と、マクロレベルでの経済社会活動の活性化を共に実現する策を見つけることは可能であり、そうすべきである。例えば、柔軟で包摂的な環境が揃えば、高齢者でも、年齢や健康状態にかかわらず、働き、生産し、消費し、社会に貢献し続けることが可能であるし、高齢者が積極的に社会参加をすることは、個人の健康状態を改善させるだけでなく、国家や地域の経済力や安定性を増大させることにつながる。

QOLや幸福度の向上に必要な疾病の予防や日常生活支援の中には、公的補助を受けたサービスではなく、通常の生活消費サービスの方が効率的で有効に機能する場合がある。新型コロナウイルス感染拡大への対応でも、過度な隔離政策が経済社会活動を停滞させるだけでなく、社会参加の低下による高齢者のQOLの悪化につながる可能性があることに注意する必要がある。社会負担の少ないスマートなヘルスケア政策を見出すためには、ヘルスケアの専門家とエコノミストの協働が有効である。

P4医療に向けて

超高齢社会においては、P4医療(予測(Predictive)、予防(Preventive)、個別化(Personalized)、参加型(Participatory)の医療)が一層重要となる。P4医療では、地域コミュニティ、学校、職場、高齢者施設を含むあらゆる場所において、個人を継続的にモニタリングし、データを分析し、適切なタイミングで介入できるようにすることが必要となる。そのためには、病院の中の医療機器というよりも、センサー、ウェアラブルデバイス、スマートフォンのようなデジタルツールが、より大きな役割を果たすことになる。製薬会社や医療機器メーカーだけでなく、小売サービス、交通サービス、エンターテイメントのような生活サービスもヘルスケア産業に加わることになる。新たな参入者はヘルスケア事業を実施するために基本的な規範、倫理、ルールを身に着ける必要があることは勿論である。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で、デジタルを活用した遠隔、非接触、非対面のヘルスケアサービスや新たな生活サービスが出てきているが、こうしたサービスはP4医療を実現するための信頼できるツールになっていく可能性がある。

ヘルスケアのサプライチェーンとロジスティクスの強靭化

健康長寿に備えるため、医療物資のサプライチェーンやロジスクティクスの強靭化を図ることが必要である。しかし、新型コロナウイルス感染拡大への対応は、現在のシステムが脆弱であることを明らかにした。多くの国で、マスクや医療用手袋、人工呼吸器、検査キット、様々な医療物資の不足を経験し、製薬会社や医療機器メーカーだけでは、世界レベルでの医療物資需要の爆発に応えられず、国際調達を管理できなかった。その一方、自動車やエレクトロニクスといった非医療産業が、クリーンルーム、エンジニア、地域やグローバルな商業ネットワークを提供し、医療物資の緊急増産を助けている事例も見られる。医療関連産業と非医療関連産業のさらなる協働により、サプライチェーンとロジスクティクスの強靭化を図る必要がある。興味深いことに、資本市場におけるステークホルダーキャピタリズム、ESGやSDGsといったトレンドが、こうした協働を活性化させている。

Life expectancy around the world has almost doubled in the past century
世界の平均寿命は、過去100年でほぼ2倍になっている
イメージ: Our World in Data

マルチステークホルダーアプローチ

昨年、ヘルシンキで開催されたシルバーエコノミーフォーラムのように、健康長寿の実現に向けた方向性や解決策を見つけるためには、異なる経歴や立場の専門家が、同じ目標に向かって協働するマルチステークホルダーアプローチが、アイデアと機会をもたらす意味で有効である。各国の産業界と医療界の伝統を対比してみると、それぞれの行動規範や、インセンティブ、協働のための機会といった点で多くの相違があり、協力を妨げる傾向にある。例えば、社会保障システムや薬事規制は、一般的には、いわゆるアジャイル開発には向かない分野であろう。医師は、若いIT企業家よりも、大企業のMRとは気が合うが傾向にあるのではないか。高齢者向けの介護専門家は地域のボランティアを信頼する一方、外国企業と課題を共有する機会は多くない。こうした伝統的なネットワークを再考し、協働のための新しい機会を見つけるためにマルチステークホルダーアプローチが必要である。

世界経済フォーラムのGlobal Future Councilがマルチステークホルダーアプローチを採用していることは明らかだが、その他にも、健康長寿に向けて同様のアプローチを採用している例をみることができる。日本、フィンランド、シンガポール、オランダ、中国といった国では経済官庁が保健省や伝統的な社会保障関係者と一体となって長寿課題に取り組んでいる。私の経験では、ロンドン、シンガポール、東京、イスラエル、ヘルシンキ、バンガロール、青島、カリフォルニア、ボストンや多くの地域で、ヘルスケアに関するスタートアップピッチや分野横断的なイノベーションイニシアティブが進んでいる。認知症や骨粗しょう症、働き方改革、長寿と金融といった点で、具体的なイニシアティブが世界大で進展している。Global Coalition on Ageingは、健康長寿に向けて、異なる分野、規律、世代の者が協働している例である。Davos Alzheimer’s Collaborative(DAC)は認知症といった、特定の、しかし社会インパクトの大きい課題に焦点を当てている枠組みの例である。ヘルスケアイノベーションハブ(Innohub)は、分野や国境を超えて新たな協働を促すオープンプラットフォームの例である。新型コロナウイルスの感染拡大により、デジタルヘルスや創造的な解決策を含むスマートなヘルスケアの重要性が再認識される中で、健康長寿の実現にむけて、より多くのマルチステークホルダーアプローチを活性化するべきである。